サイハテ森の地図は?
「ええっと、魔王がいた場所は、実は僕たちにもよくわかりません。そもそもサイハテ森は日があまり差さないので、時間や場所の感覚が狂いやすいんです。魔王の遺体らしい灰が残っていた場所はだいたいわかるのですが、生きていた魔王がどこに住んでいたのかはよくわかりません」
「サイハテ森の地図などは無いのですか?」
「それが、魔王が現れる前からサイハテ森はあまり人が近づいてこなかったもので……」
申し訳なさそうに話す、垂れ長帽子の勇者。王女に怒られる、と怖がっているのか勇者とは思えないほど弱々しい声だ。だが、彼は間違ったことなど言っていない。
経済危機と魔王出現のために国民の注目を集めたサイハテ森だが、それまでは誰も近づこうとしない陰気な場所だった。道はでこぼことして歩きづらく、木々が鬱蒼としげっていて日当たりも悪い。遠目から見ても不気味なその場所は医者がさじを投げた病人や町を追われた犯罪者が最後に行き着く場所だとも噂されていた。そんな呪われた場所だからこそ魔王が現れたのかもしれないが、いずれにせよ地図が作られるほど明るい場所じゃなかったのは事実だ。
だからこの勇者を責めないでいてほしい、と思っていると王女は何も答えず考え込むような仕草を見せた。腕を組みながら自分の口元に指を当て、俯きがちに目をしばたかせる。見た目だけは一級の彼女がそうしていると、なかなか絵になるものだ。俺だけじゃなく勇者たちも黙ってその様子を見守っていたが、不意に王女自らが沈黙を破る。
「ここにいる勇者全員に命じます。それぞれ、自分が魔王を倒しに行った時のことを詳しくレポートに書いてルゥに提出してください。何を見たか、何を聞いたか、できるだけ細かく書くのです。私は調べ物をしてくるから、明日までに必ず提出するのです」
言うが早いか王女は颯爽と歩き出す。ワンテンポ遅れてそれを止めようとする俺だが、召使いの俺が不躾に王女の腕を掴むわけにもいかない。呆気に取られる勇者たちの視線を痛いほど感じるが、王女の命令を遂行しないわけにはいかない。
「えーと、聞いての通りです。勇者の皆さんは、俺にレポートを提出してください」
情けなく言う俺に、勇者たちが同情したような目を向けたのはきっと気のせいではないだろう。