亜人は?
「サイハテ森に地図はない、と証言したあの垂れ長の帽子をかぶった勇者が亜人です。おそらく、エルフでしょう」
王女が魔王の正体を見抜き、亜人たちの差別を罰する法律を作ると宣言した数日後のこと。あの場に亜人がいたのは本当なんですか? と尋ねた俺に王女はあっさりそう答えた。心地よいそよ風が王女の頬を撫で、その白い肌をより一層際立たせる。
王城の一角にある小さな庭。現国王、王女の父親が彼女の五歳の誕生日に作らせたこの場所は、四季折々で姿を変える王女のお気に入りの場所だ。かつてはここで幼い俺が王女を相手に走り回ったものだが、今となってはそこまで広い場所ではない。けれどこの場所でなら王女は珍しく素直になってくれること、そして召使いの俺の話を聞いてくれることは、大きくなっても変わることはなかった。
「エルフを人間と見分けるポイントは色々あります。背中にくぼみがあるとか、長い尻尾があるとか。しかしその中で最もわかりやすいのが、尖った耳です。背中側の特徴は服でごまかせますが、耳を隠すには帽子しかありません。それで、帽子をかぶったんでしょう」
亜人たちは人間とほとんど同じような見た目をしているとはいえ、多少の違いは見受けられる。あれから亜人のことを少しだけ勉強してそう知った俺だが、勇者たちの中には帽子だけじゃなくて兜をかぶっている連中もいた。だから帽子だけでは断定はできないのでは? と反論した俺に王女はさらに話を続ける。
「それだけじゃありません。あの盾です」
「盾が、どうしたんですか?」
「この国で盾と言えば丸い盾、通称『ラウンドシールド』が一般的です。しかしあの勇者が持っていたのは『カイトシールド』と呼ばれるもの。亜人の一種で、馬と仲が良い種族であると言われるピクシーは馬に関する道具が発達していたそうです。そんな彼らが『馬に乗った状態でも身を守れるように』と開発されたのがあの、下に長く伸びた四角形の盾だったそうです。武器商人にも聞いてみましたが、あんな形の盾を作っている人間などこの国にはいないとのことでした。とくれば、この国に住んでいるけれどこの国の人間ではない亜人であると推理できるわけです」
王女が不意にしゃがみこむと、何かを拾い上げるような仕草を見せる。その手には、三つ葉のクローバーがつままれていた。親指と人差し指でくるくると緑色の葉を回転させるその姿は、年相応の可憐な美少女にしか見えない。こんな少女が、よく盾の種類なんぞに気がついたものだ。そう思ったものの、なにせ相手はクレモンティーヌ王女。武器方面の知識に造詣を持っていてもおかしくはない。
「他の勇者のレポートを見たところ、一人『何者かに王家の紋章入りマントを盗られたがすぐに取り返した』という証言がありました。おそらくはその時にマントのデザインを覚えて複製し、勇者たちが『魔王は死んだ』と思って引き上げる時、さもその一員のように合流したのでしょう。全ての亜人が勇者に紛れ込んだわけではないでしょうが、とりあえず一時しのぎにはなりますからね。とはいえ、亜人に保護されていた子どもたちに長く秘密が守られるとは思えないし、亜人の話が出るのも時間の問題ではあったでしょう。けれど、それを全ての国民が簡単に受け入れてくれるわけではない。だから、早急に亜人を保護する法律を作らなければなりませんでした」
そこまで言うと、王女は不意にクローバーを投げ捨てて立ち上がる。愛くるしい顔をきりりと引き締まらせたその姿に、俺は目を奪われた。そのまま王女は俺を見つめながら、穏やかに話してみせる。
「法律を作ったところで、そう簡単に亜人への偏見をなくすことはできないでしょう。とはいえ、罰則があるとないとでは大きく違います。例え表面上だけでも差別をなくすことができれば大きな一歩。これから先の道のりはまだ険しいでしょうが、少しでも前には進んだはずです」
言いながら王女が長い髪をさらりとかき上げ、片耳にかけた。その何気ない、しかし色っぽさを感じる仕草に俺の心臓が高鳴る。俺は今、使用人であるという自分の立場を忘れて一人の人間として王女に向き合っていた。その心境が、俺の口を滑らせる。




