ミステリーその2
ミステリーその2:なぜ子どもたちは連れ去られたんですか?
「あのう、だったらなぜ、魔王は人間の子どもを連れ去ったりしたんでしょう? 人間をサイハテ森に近づけたくないと思ったのなら、そんなことしたら逆効果なんじゃないですか?」
勇者の一人がおそるおそる手を挙げながら、そう尋ねる。王女の推理を聞いた者のほとんどが考えたであろう疑問に、俺も頷く。
魔王の出現がサイハテ森に国民を近づかせないため、というのはわかった。しかし、それならなぜわざわざ子どもを連れ去ったりしたんだろうか。そんな目立つことをしたら、せっかく魔王の存在で人間を遠ざけていても意味が無い。現に勇者たちの一団が結成され、サイハテ森に送り込まれたのだ。もし王女の言う通り、亜人たちがサイハテ森に人間を近づけたくないと考えていたなら、彼らは自分で自分の首を絞めたことになる。
それとも。そうやって自分の首を絞めてでも子どもをさらう理由があるとすれば。人間に強い恨みを持っていた亜人たちが、人間に復讐しようと考えていたのだろうか。子どもがいなくなって悲しむ親の姿を見るために。行き場のない怒りや憎しみを、子どもたちにぶつけるために……
「連れ去られたという言い方は正しくありません。おそらく亜人たちは、子どもを『保護』していただけなのでしょう」
脳裏をよぎる恐ろしい想像に、待ったをかけたのは王女の声だった。黙って王女の話を聞くだけの俺と勇者たちを前に、王女は舞台女優のような堂々とした口調と振る舞いで説明する。
「『子どもを連れ去られた』と証言した家は、どれも貧しい家ばかりでした。特に魔王が現れたのは、我が国が深刻な経済危機に陥っていた時。国民の多くが貧困にあえぎ、それまで誰も興味を持たなかったサイハテ森にまで資源を調達しようとしに行こうとしたほど苦しい時代でした。そのため、子どもを育てられる余裕の無い家もたくさんあったでしょう。そういった貧しい親たちはおそらく、自らの手で子どもたちをサイハテ森に送ったのです。『魔王の手先になってしまってもいいから、元気に生きていてほしい』と思ったのかもしれないし、間引きに近い感覚だったのかもしれない。そこは当人たちしか知り得ませんが、いずれにせよ子どもたちをサイハテ森に送る親は少なからず存在した。けれどそれをそのまま口にするのは憚られたのでしょう。ですから親たちは『子どもたちが行方不明になった』と証言して、罪を魔王になすりつけたのです」
貧困に耐えかねて、我が子を魔王の棲む森に送り込む。想像すると胸が締め付けられるような状況だが、そうするしかない状態であったことも理解できる。生活が立ちゆかなくなってしまったら、そんな判断をするしかない場面もあったのだろう。
しかし。今この国の経済は安定しているし、生活できないほど貧しい家も多くはない。それでもサイハテ森から保護された子どもたちは、確かにいた。彼らもやはり、亜人に保護された子どもだったのだろうか?
「それだけじゃありません。子どもたちを見た医師の話によると明らかに故意につけられた傷や火傷を負った子どもも多かったといいます。医師は魔王の仕業だと思っていたようですが、魔王が実在なんかしなかったのは先ほど述べた通りです。そして亜人たちが子どもをさらったり、傷つけたりする理由がないとなれば、残る可能性は一つ」
「親による虐待……」
誰かの呟くような一言に、俺もはっとする。
俺が子どもたちに会いに行った時、俺に対して妙に怯えた行動を取る子どもが多かった。手を振り上げた時に逃げ出したり、異常なほどの警戒心を見せたり。それがかつて暴力的な行為に怯えていたからとしたら、辻褄が合う。
「その通り。残念ながら我が子を愛せない、愛さない親はどこにでもいるものです。そういう親たちから逃れた子ども、あるいは捨てられた子どもが最後に行き着く場所が亜人たちと同じサイハテ森だったのでしょう。森を彷徨っていれば、いずれそこでひっそりと暮らす亜人たちに会うこともある。そうやって出会った子どもたちを、亜人たちは保護したのです」
「しかし、人間嫌いの連中がそんなことをしたんですか?」
やや小馬鹿にしたように尋ねたのは、あの傲慢勇者だ。ふん、と言いたげな彼の様子はやはりいけ好かないものがあるが、王女はそれを咎めもせず話し続ける。
「彼らだって、好きで人間嫌いになったんじゃないでしょう。姿形だけなら人間と亜人に大した違いはありません。彼らが我々を忌み嫌うようになったのは、人間が亜人たちを嫌ったからです。しかし、先入観が少ない上に親の虐待から辛うじて逃げてきたような子どもなら亜人を見下し、差別するようなこともしない。だから亜人は、子どもだけは助けてやろうと思ったのでしょう」
あるいは子どもを殺すのに抵抗があったのかもしれません、と語る王女。その横顔はあくまで冷静なものだが一瞬、深い慈愛のようなものが見えたのは気のせいだろうか。すぐ自信満々の態度に戻ってしまったのでわからないが、それより今は先に話を進めてもらわなければならない。なぜならここまで来て、最大の謎はまだ解明されていないのだから。