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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

雨の穴からさしこむ光

作者: 印堂宗光

 おや、わたしの番ですか。


 付き添いできただけの人数あわせなんですがねえ。


 いいから、なにか話せ。あいかわらず、きみは強引ですね。そんなことだから奥さんに逃げられて――わかりました、話しますから巻き舌で唾を飛ばすのはやめてくださいよ。


 ちょっと待ってくださいね。今、考えますので。


 平々凡々の人生を送ってきたので――小中校大とエスカレーター式でその後は親戚の経営する会社に就職の波瀾万丈とは無縁の生活を送ってきたので他人さまにお話しするようなことはないのですが……あ、ありました、それでは、しばし、昔話にお付き合い願うとしましょうか。


 あれは小学四年の夏休みのことです。

 当時もすでに異常気象といわれてましたが、今よりはマシでわたしたちはよく外で遊んだものです。

 

 安全性に配慮がかけるぶん、刺激の強い遊具が公園にあって、足を擦りむいたり目眩にへたりこんだり、小さな犠牲と引き換えに充実した休みを堪能していました。


 虫取りもしましたね。

 再開発の波に呑まれる前で、神社仏閣や田んぼや畑が多く残っていたので、お店に行かずとも、小さなクワガタ――コクワガタというのですか――くらいなら簡単に捕まえることができたのですよ。


 でもね、小学生に夏休みは長すぎる。

 姉の本棚にある恋愛漫画(?)はまだ早い。

 暇潰しに最適なゲームは利用制限がある。親の目を盗んで深夜にこっそりとおもっても、九時十時にはうつらうつらしてるんじゃ無理な話です。

 普通のことをしてても飽きがくる。

 刺激が欲しくなる。

 中二病のプレ段階みたいなものですかね。

 インディアンの死体を探しに線路を歩いた少年たちみたいにちょっと日常を変えたくなったのですよ。


 ええ、それが今回のテーマのかくれんぼです。

 もちろん、こんなのはとっくにやりつくしています。

 もういいよもなにも、隠れる場所は限られるから決まりきったところを巡回するだけです。マンネリもいいところです。

 ですが、学校近くの公園や団地でなく初めての場所でやれば話は別です。

 それでわたしたちはくりだすことにしたのですよ。

 噂の心霊スポットに。


 そこは潰れた旅館です。

 女性の霊がでると噂されていたので、痴情のもつれで殺された人がいたのかもしれませんね。ま、当時のわたしにはしるよしもないことですが。

 さすがに、建物内を探訪はするのは気が引けました。

 怖いというより、汚ならしいという感覚ですね。

 強がりじゃないですよ。

 無鉄砲だからきたわけですし。

 で、敷地でかくれんぼです。


 わたしは池のある庭の地蔵の裏手に隠れました。

 愛嬌のある笑みを浮かべた地蔵です。

 これは後でわかったことですが、仕事で旅館に泊まるようになってその庭が一般的な日本庭園とやや違うことに気づきました。

 調べてみると浄土式庭園という様式らしいです。

 極楽浄土をイメージした庭です。

 わたしのような俗物にはこれのどこが極楽なのか皆目見当がつきませんが、心霊スポット向きの庭園ではあります。


 ――ところがです。

 息を殺して隠れていても、いっかな鬼がこない。

 もういいよといってから優に十分以上経っている。気が急っているからの錯覚ではなく、腕時計で確認した事実です。

 足音もしないのはいくらなんでも変だ。

 もしかしたら、再放送のアニメが観たくなって帰ったのかもしれない。

 それで忘れられたのかもとおもったわけです。

 鬼役の子は控えめにいって抜けてるところがありましたから。

 真相は、アイスキャンディーを欲張って二本食べたのが祟った鬼が繁みで唸っていたために待ちぼうけ喰らってただけなのですがね。

 

 痺れを切らしたわたしはたちあがりました。

 そして、しばらくは状況が飲みこめず、呆然とたちつくすことになります。

 旅館がありません。

 光景が一変していました。

 土ぼこりの舞う隘路を挟んで、昔話で見るような古めかしい家屋が並んでいるではないですか。

 人気はありません。

 朽ちてたらゴーストタウンとおもったでしょうね。

 出払っていることはすぐにわかりました。

 風にのって笛の音が聞こえてくる。

 祭り囃子の音です。どこかもの悲しげな音でした

 突ったっていても仕方がないのでわたしは音のする方向へ歩きだします。

 ああ、その前にお地蔵さんに手をあわせたのでした。

 これもなにかの縁とお供えした飴はなくなっていました。


 そうそう、建物にはビラが貼ってありました。

 ミミズが這ったような字です。カタカナです。一文字一文字は読めるのに文脈ととらえた途端にわからなくなる。

 オナカガ×××。

 タベタイ、タベル、クワセロ、ワタシニ×××。

 シンタク、×××ナレバヨイガ×××ナレバ。

 オトメ×××シテ、キモン×××セヨ。

 シヌハイットキノク、×××ハエイゴウノ。

 フングルイ、ムグルウナム、×××。


 こんな具合です。明治や昭和初期の検閲みたいです。

 子どもでしたから、深く考えず、難しい内容だから読めないんだくらいに軽く流しましたが――類は友を呼ぶで当時のわたしはそそっかしいところがありました――今だったら脳に支障をきたしたのかと震えあがってますね。

 

 それから風景画もありました。

 池、いや、湖の絵です。同じ場所をいろんなタッチで描かれています。写生大会なんでしょうかね。ただ、美大生が腕によりをかけて描いたのから幼稚園児がクレパスでかき殴ったような稚拙なのと幅が広いのが妙でしたが。

 

 お祭りの会場はお寺の境内です。

 わたしは今日が盆踊りの日だったことをおもいだしました。

 またも、わたしは呆然とたちつくすこととなります。

 四角四面の櫓の上で怖れながらと音頭をとるのは狐の顔の男です。いいえ、狐のお面をかぶっていたのではありません。狐そのものです。

 その櫓を中心に円を描くものたちは、狸の顔や、目がいくつもある者や、逆に目がなかったりと、どれも異様な面々です。

 それらが浴衣を着て音色にあわせて踊っています。


 遅まきながら、とんでもない場所に迷いこんだと気づきます。

 わたしは木の陰に隠れました。

 ここがどこかと訊く勇気などありません。

 悪疫に罹患したように震えながら眼前の怪異に釘付けになっていると――風上にいたのが災いしたのでしょう――豚男が口を開きます。

「うまそうな匂いがする」

 ハウリングで歪んだような声でした。さすがに語尾にブヒはなかったです。

 その言葉を皮切りににぎやかになります。

「人の匂いだ」

「しかも、若いぞ」

「餓鬼だ」

「うまそうだ」

「腹が減ってきた」

「喰うか」

「ああ、喰うぞ」

「おれは腹の肉をもらう」

「おれは腿に齧りつく」

「なら、おれは脳みそだ」

「肝も捨てがたい」

 嬉々として話します。


 わたしは怖くなって逃げました。

 なんども転び、膝が擦りむけようと気にせず――極度の興奮状態で痛みはほとんどなかったです――闇雲に走りました。

 いつしか、空は茜色になっていました。

 

 でも、無駄なあがきでした。

 出口が見つからない。

 どこをどう通っても祭り会場にもどってしまう。

 あの住宅街を抜けても。

 林のなかを突きぬけても。

 川に沿って下ってもです。

 そんなことを繰り返していれば異形のものに見つかります。

 わたしは半狂乱です。


 あ、失礼。

 お水をいただきますね。甲状腺が炎症をおこしている人のように手が震えているのがわかるでしょう?

 今でもおもいだすとこのありさまです。

 本当はここで中座して酒の力を借りたいところですが、それではみなさんが興ざめでしょうし、勇気を振り絞って話すとしましょう。

 多少のたどたどしさは大目に見てください。


 精も根もつきたわたしは崩れるように木に寄りかかりました。

 もう破れかぶれ、なるようになれです。

 走馬灯みたいなことはなかったですね。まだ、構築したものが少なくて執着が薄かっただけのことかもしれませんが。

 空を見ていました。

 顎があがってましたから自然と目にはいります。

 パラパラと雨が降ってきたのが嘘のように晴れた空です。

 天気雨なのか、こちらの世界特有の現象なのかはわかりません。

 頬を伝った水滴はその雨ということにしておきましょう。

 雲間からうっすらと月が顔をだしています。

 なにかに強い力で襟首を捕まれて引っ張られたのは、望月からお月見に食べた雫の形したお団子がおいしかったと――母が愛知出身でして――愚にもつかないことをぼんやりおもいだしていた時です。

 抵抗する力はありませんでした。


 それは黒いなにかでした。

 人の形をなしていますが手ぶれの酷い映像みたいに輪郭がぼやけています。

 顔の部分はもっと激しくてなにがなんだかわかりません。

 でも、怖くはなかったですね。

 気遣いがうかがえます。

 もし、瞳があるとしたら慈愛に満ちていたことでしょう。

 味方だとすぐにわかりました。

 その人に似た黒いなにかが――長いので次からは人似黒と略しますね――本来、口のあるべき場所に指をあてがいます。

 沈黙の合図です。

 わたしは頷きます。

 祭り会場にいた狐男や豚男の声が聞こえたのは、人似黒がわたしに覆いかぶさった時でした。


「匂いが途絶えた」

「いないぞ」

「おかしい」

「もしや、あやつがかばいだてしているのでは」

「裏切り者め」

「百年ぶりの人の肉に喰らいつけるというのに」

「あな、口惜しや」

 地の底から湧いたような怨嗟の数々です。

 ホラー映画のやられ役が恐怖のあまり声をあげることもできないというのは真理だとわたしはよわい十で悟りました。


 異形のものたちが去るとわたしは解放されました。

「ここにいては危ない」

 年齢も性別もわからない中性的な声です。直接、脳裏に響きましたのでテレパスの類でしょう。

「あなたは?」

 人似黒は質問には応えず、

「かろうじて機能を果たしていた結界が穢されて空間にほころびが生じました。今ならまだ間に合います。急ぎましょう」

 人似黒に手を引かれて森を抜けます。

 

 五分ほど歩いたでしょうか。

 小さな川につきました。

 岸に彼岸花が群生してます。昔の感覚だと七つをこえてようやく人になったばかりの少年ですから、彼岸などしるよしもなく、変わった形の花が咲いてるなとしげしげと眺めていると、人似黒が川を指さします。

 渡れというのです。

 わたしはありがとうと感謝をいうと水面が金色に輝く川を泳ぎました。

 一度だけ振り向くと、人似黒は手を振っていました。

 

 対岸につくとそこは廃旅館の庭でした。

「見ーつけた」

 鬼の声がわたしの耳朶を撃ちました。

 見つかったのにすごく嬉しそうなわたしを見て鬼は首を傾げていましたね。

 今、おもえばその怪訝な顔を一発くらい殴ればよかった。かろうじて保っていた封印にほころびを生じさせた穢れって彼の大便ですよね。気張っている時に測量用のそれとは異なる杭が目にはいったというから確実です。


 そうそう、ひとついい忘れたことがあります。

 人似黒からもらったものがあります。

 子どもの手のひらほどの大きさの乾物です。

 外観からはなにを干したのかはわかりません。

 ここにいるみなさんなら迷い家という伝承はご存知ですよね? そうです、山で遭難した者が無人の家を見つけるという話です。

 なぜかある料理を食べて体力を取り戻して下山する時に茶碗なり杯なり家の物ををひとつ持ち帰るとその者に幸運が訪れるといわれています。


 異界から物を持って帰ったわたしにも幸運はありました。

 お世辞にも健康的とはいいがたい生活をしているのに健康診断の結果はオールAで、エスプレッソと薬を交互に飲んで一日をやりすごす、γgtpがとんでもない数値を叩きだす同僚から羨望と殺意を一身に浴びています。渋滞に巻きこまれて間に合わなかったバスが転落事故をおこしたというのもありましたし、前日に大きな買い物をしたばかりで金がなく泥棒にはいられたが損害が軽微ですんだということもありました。ま、あれだけの目にあったのですから少しくらい役得があってもいいですよね。


 以上がわたしの体験したことです。

 結局、あの世界はなんだったのかわかりません。


 おや、どうしました? みなさん。

 顔色が優れませんね。

 破裂音がした?

 部屋の温度が下がった気がする?

 硫化水素の臭いがする?

 

 ベタな兆候ですね。

 それは、噂をすれば影がさすというやつですよ。

 あなたがたが話していた友人や親戚の体験談というヨタ話と違ってわたしが話したことは一片の曇りもない事実です。

 怯えることはないですよ。

 百物語の最後に怪異はつきものです。


 それではわたしは失礼します。

 なにがおこるかわかりませんが、真夏の夜を堪能してください。

 もし、無事にもどれたら話し相手になりますよ。

 なぜ、引き留めるのですか?

 わたしには手が出せませんから、用があるのはあなたがたです。

 足が鉛と化したみたいに重くて動けない?

 それはそうでしょう。逃げられたらでてきた甲斐がない。


 やだなあ、それは下衆の勘繰りというものですよ。恨みなんかありませんよ。

 きみが三つ子の魂百までで九九が六の段どまりの、珍妙のことをいって場を白けさせたり、あえて逆張りをして――相手の意見を否定することでじぶんが上にたったと勘違いして調子にのったり、廃墟で脱糞したことを認めたくないばかりに別の子がしたと記憶を都合よく改竄する人だろうと怒ってなどいませんよ。

 

 特殊な経験をした結果、耐性ができました。

 ものごとにどうじることがなくなりました。

 中学の時に、家庭の不満をあたり散らしていた不良が、ガードレールの身をていした働きで黒縄地獄かコキュートスに旅だった時に、わたしもそれなりに彼と接点はありましたが、他の被害者のようにざまあみろという気にはなりませんでしたし、接点のない偽善者のように流す涙も湧きませんでした。

 

 盗まれたスクーターの持ち主が気の毒だとおもったくらいですね。ろくでもない子のろくでもない親のことです、子どもが亡くなったというのに弁償代とは不謹慎だ、むしろ香典をよこせと喚く姿が容易に想像できます。

 

 あ、仲間が事故現場に供えた缶コーヒーを見た時は蹴飛ばしてやりたい衝動に少し駆られました。

 万が一、人々の負の感情が集まって土地が穢れたら危ないじゃないですか。 


 しょせんは人の行いです。

 不条理な恐怖と較べたらそよ風みたいなものですよ。

 同僚がクレーム対応で胃がやられ、追い討ちをかけるように缶チューハイをあおるなか、わたしは口さがない連中が豚の餌というラーメンを平らげ、月になんどか背伸びして小粋なバーでギムレットを嗜んでいます。

 とはいえ、心根と同様に醜い顔を長時間眺めてなければならないというのは気分のいいものではありませんね。

 玄関先でセミの死骸を見つけた時くらいの不快感は揺曳します。

 踏んずけたわけではないので靴を脱ぐまでの時間ですが。

 

 ですので、話を振られたからお話ししたまでです。

 リアリティーの追求で幽霊がでると噂のライブスタジオを借りての百物語ですから念願かなってよかったじゃないですか。

 本物の怪談動画です。

 さぞ、再生数を稼げることでしょう。

 ですが、ここで残念なおしらせです。

 わたし、プライバシーの切り売りはしない主義でして。メディアに露出したばかりにいかがわしい人たちにつきまとわれるのは勘弁願いたい。

 そういうことで、撮影したカメラは足代とさせていただきます。

 それでは、みなさん、よい終末を。

雨穴さんの動画のコメント欄にあったサン・ジェルマンさんから着想を得ました。

優しい怪物――人似黒はお地蔵さまが使わしたのでしょう。

望めば蓮の花に座って乳母日傘の生活を送れるエリートなのに、衆生の救済を優先してあえて下界にとどまっている尊い存在が地蔵菩薩です。

あくまでコメントのワンアイデアを参照にしただけです。

二次創作にあたらないことは読んだかたならご理解いただけるとおもいます。

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