真相と手打ち(大団円)
「つまりシャロンは魔法使いだったのか」
総出で猫たちを汲みだして外に放流した後、応接間に場所を移して話し合いが始まった。
いまだグズグズ泣いているシャロンは殿下の横で父アンセルミ男爵に背中をなでられている。
猫耳としっぽと下着を見られたくらいでいつまでも泣くことないのに。ちっちゃい女だわ。
三人の向かいでわたくしはベルトルードの膝の上でお行儀よく座っている。
すでにまたたびの効果は切れてすっかり平常心だ。
「そうですっ……。隠していてごめんなさい……。わたし……母方が猫属性魔法の系統なんです……。それでカトレア様から受けた呪いを跳ね返すのに少しだけ失敗して……そしたらわたしにもこんな耳が生えてしまって……。 こんな恥ずかしい姿、あなたに見られたくなかった……」
殿下がシャロンを安心させるように微笑む。
「大丈夫、謝ることなんて何もないよ。君のことを知ることができて私はうれしいんだ」
「トリスティーノ様……」
二人は手に手を取り合う。
「その耳もとてもキュートだ。シャロンはどんな姿をしていてもシャロンだよ」
「まあっ……!」
シャロンの涙が突然ヒュッと引っ込んで、二人だけの甘い世界が出来上がっていく。
空気を読んでアンセルミ男爵はそっとシャロンから離れた。
「にゃっ(ケッ)」
わたくしは悪態をついてベルトルードの膝をペシペシ叩く。
「にゃんにゃにゃにゃなご、にゃにゃにゃにゃにゃうんにゃみゃうんみゃ!(そんなことよりわたくしを早く人間に戻してよ!)」
「にゃんにゃんうるさいぞ」
殿下が冷たく吐き捨てる。
「にゃっ! フーーーーッ!(まっ!)」
わたくしは殿下を威嚇する。
許さんこの男! 美声の猫に向かってにゃんにゃんを非難するなんて!?
「もとはと言えばカトレア、そなたがシャロンに呪いなんて卑劣な真似をしようとするからであろう!? 反省して一生猫のままでいるがよい!」
わたくしは頭にきて、ベルトルードの膝から猫ッ飛びをして殿下の顔面を思いっきりひっかいてやった。
「うわあっっ! 目が! 目がああああっ!!」
うるさい! 目は外してるわよ! お母様じゃあるまいし!
「殿下っ! 『猫100匹分の重――」
『沈黙は金』
シャロンの魔法が完成する前にベルトルードが沈黙魔法を使う。
殿下とシャロンが口をパクパクさせるも声が出ない。
「にゃう?」
あらわたくしは声が出るわ?
「あーもう!あんたらうるさいんだよ! 話が進まない! 俺とその猫女で解呪できんだからとっととやるぞ。猫女だって猫耳生やしていたくないんだろ!? まったく! 目的同じなんだからフツーに協力しろよな!」
ぷりぷり怒るベルトルードに、シャロンはぶーたれた顔をしながらも頷いた。
ベルトルードとシャロンの解呪の儀式でわたくしはやっと人間に戻り、シャロンの耳(とたぶんしっぽも)は消えた。
「ふうっ。やっぱり人間の姿の方が落ち着くわ」
うーんでも、ちょっと以前よりほっそりしたような?
手鏡で自分の顔を確認しながら首をひねる。
まあそれは家に帰ってからじっくり確認しましょう。
それよりも今はこっちだわ。
窓辺を見ると、シャロンと王太子殿下はまた二人の世界に入っていた。
けっ。
「レア様お疲れ様。じゃあ帰りましょーか」
手を差し出すベルトルードにわたくしは「ちょっと待って」と言って、シャロンと王太子殿下の間に割って入る。
このままで終われるわけがなかった。
呪いは失敗したけれど、文句の一つも言わなきゃ気が済まない。
「シャロン・アンセルミ!」
キッとシャロンを睨みつける。
「な……なによ……!」
「わたくしは間違っていましたわ!」
「わ……わかればいいのよ……」
ホッとした様子のシャロンにわたくしは厳しい調子で続ける。
「あなたのこと『学園』で『いい子』と思っていたのに、本当に裏切られましたわ! こんな卑怯な方だったなんて! 本当に残念です!」
「なっ……! 何を言い出すのだ、カトレア! 卑怯なのはお前だろう! 今の言葉を取り消せ!」
激高する殿下にわたくしはもうひるまない。
正気さえ取り戻せばこんな男わたくしの恐れる相手ではなかった。
「いいえ! 言わせていただきます! 王太子殿下が仰っていたわたくしの悪行、確かに事実でございます。わたくしはシャロン様の足を故意に引っかけましたし、シャロン様のノートに愉快なシャロン様のお顔の落書きを致しました。 噴水に突き落としたのもわたくしですし、シャロン様のお料理にちょっとお腹の通りがよくなる薬を混ぜたのもわたくしです!
けれど、それはシャロン様も同じことを同じだけわたくしにしているんです」
「な……なんだと……?」
王太子殿下がシャロンの顔を見る。
シャロンはうつむいた。
「……最初はささいなことでした。殿下のお心がシャロン様に移っていることはわたくしも存じておりました。イヤだなあと思いながらもわたくしはどうすることもできず、授業中ノートにシャロン様のお顔にひげ眼鏡を描いて鬱憤を晴らしていたのです。けれど、それをある時シャロン様に見られてしまい……」
「ひ……ひげ眼鏡……」
あまりのくだらなさに殿下が絶句している。
「けれどシャロン様が授業で前の席に座った時、ノートにこれ見よがしにわたくしの顔を愉快なテイストで描いて、その上……猫の耳とひげを描いたのですわ! そうでしたわね!?」
「……そう……です……」
殿下の口があんぐりと開いたまま閉じない。
「あの絵はわたくしのツボにパーフェクトにヒットいたしました。そしてそこからわたくしたちの秘密の交流が始まったのです。わたくしたちは表立ってはおしゃべりはしませんでした。王太子の婚約者と王太子に横恋慕する令嬢という表向きの立場は崩さずに、お互いにいたずらを仕掛け合う仲になっていったのです。
わたくしはシャロン様のことを心の中では親友だと思っていたのです……。だから、卒業パーティーの時に今後も良い友人としてお付き合いを続けたいって勇気を出して言おうと思っていましたのに……! よりにもよってあんな形で裏切るなんて……!」
わたくしはあの時のことを思い出して涙ぐんでしまう。
ショックだった。
色んなショックが一度に来て、自分の心を整理するのが間に合わなかった。
だから、あの場でうまく弁明ができなかった。
でも今なら言える。
「わたくしは、シャロン様との楽しい思い出がシャロン様にとってはそうではなかったことが、ショックだったのですわ。
二人だけの秘密を、殿下を手に入れるための道具として使い捨てられたことが耐えられなかったんです。
……だって、あんなにおかしくて、愉快で、痛快で、ワクワクする気持ちが共有できる相手なんて『学園』に一人もいなかったんですもの!」
『学園』には貴族の子女が通う。
皆、お行儀が良くていい子ばかり。悪いことをする子なんて一人もいなかった。
だからわたくしもこれが大人になることだってあきらめていた。
退屈な毎日に刺激を与えてくれたのがシャロンだった。
家でベルトルードとしていたようないたずらの数々を彼女と共有できた。
なつかしくて、でも新しくて、この1年間はわたくしにとって夢のような日々だった。裏切られるあの瞬間までは。
「ねえ! どうして! どうしてわたくしよりもその男を選んだの!? あなたは……本当は楽しくはなかったの……? すべてはわたくしの、勘違いだったの?」
悲しくて声を張り上げる。
シャロンが答えてくれるのを願って見つめると、シャロンはやっとわたくしの目を見返してくれた。
わたくしを悔し気な顔で睨みつける。
「勝手なことばっかり言わないで! わたしにだって立場ってものがあるの! あなたには……公爵家なんてご立派な家柄に生まれたお嬢様には分からないわ!
わたしだって……わたしだって、カトレア様のように自由に生きたかった! けれど! アンセルミ家が借金まみれで殿下のご助力がないと立ち行かなくなっていたの! だから……仕方がなかったんです!」
「シャロン!?」
殿下が驚きの声を上げる。
わたくしはシャロンの言葉を聞いて悲しくて頭を振る。
「……本当に残念だわ。わたくしが正々堂々と意地悪合戦ができた女の子はあなたが初めてだったのに……」
惜しい人材だった。すべては貧乏が悪いのだ。どんなに良い人でも金が全てを狂わせてしまう。
「カトレア様……、わたしだって……あんなに晴れやかな気持ちでいたずらしたのなんて初めてでした……。なのに、わたしばかり悲劇のヒロインを気取って殿下にチクッて……本当にごめんなさい……。できることならあなたとの思い出を利用したくなんてなかった……。それは本当に……本当なんです。もう信じてはもらえないかもしれないけれど」
震えるシャロンの手をわたくしはそっと握る。
「シャロン様、もういいのよ。それが聞けただけでわたくしの心は十分に救われました。
それに今回のことでわたくしもぬるま湯に漬かっていた自分に気付けたわ。結局なまっチョロかったのよ、わたくしは。
ねえ、よろしければこれからもわたくしと友人でいてはもらえないかしら?」
「カトレア様……」
うなずきかけたシャロンは、思い返したように首を横に振った。
「カトレア様……、このままではわたくしはあなたの友人にふさわしくありません。だから今回のことを許して頂くために、わたしを殴ってください! 気のすむまで!」
シャロンは目をぎゅっとつぶって歯を食いしばる。
わたくしはその高潔な態度に感銘を受けた。
やっぱりあなたはわたくしの最高のお友達だわ!
「シャロン様、分かったわ!」
わたくしは片手を振り上げて思い切りバチーンッとシャロンの頬を打つ。
「さあ、わたくしのこともぶちなさい! それで今回のことは綺麗さっぱり手打ちよ!」
「はい!」
バチーンッ
思い切り頬がぶたれた。
ヒリヒリする頬を抑えて、わたくしたちは笑い合ったわ。
ああ友情ってなんてすばらしいのかしら。
「……ハハ……ハハハ……。結局私の事なんて誰も愛してはいなかったんだ……!」
一人王太子殿下が天を仰いで絶望している。
ああコイツのこと忘れてたわ。
もう婚約者ではないのだからわたくしにはなんの関係もないけれど。
シャロンが殿下の前に立つ。
「あら、愛してないとは言っておりませんわ。家のためにあなたに近づいたのはきっかけに過ぎません。あなたと過ごすうちにわたしはあなたに惹かれて、本当に愛してしまったのです……。だから、余計に苦しかった。家のためにカトレア様を裏切り、裏切った末にあなたと結ばれることが……。……もう、信じてはいただけないかもしれませんが」
二人は見つめ合う。
「シャロン……私は本当に君のことが好きなんだ……。君がどんな理由で私を求めていても、離したくないんだ」
手に手を取り合う。
「わたしの言葉にもうなんの偽りもありませんわ。……これからわたしの愛を信じていただけるように努力することをお許しいただけませんでしょうか?」
「許す……許すよ。何度でも……。君のことを……生涯許し続けるよ……」
二人は抱きしめ合う。
わたくしは二人から離れてベルトルードの隣に戻る。
「これで一件落着ね」
晴れ晴れとした気持ちで仲睦まじい二人を見つめる。
「……なんかすげー置いてけぼりなんですけど、俺。……貴族ってついてけねー」
遠い目をして言うベルトルードに、わたくしは小首をかしげてみせる。
「あら、わたくしにはもうついてきてはくれないの?」
わたくしがそう言うと、ベルトルードは苦いものを食べた時の顔をして、それから深いため息をついた。
「……ついていきますよ、もちろん。レア様が俺のこといらないって言わない限り」
その言葉が的外れ過ぎて、わたくしは笑ってしまう。
「まさか。あなたのこといらないなんて言う日は一生来ないわ。……ねえ、結局のところ、わたくしが頼りにするのはいつもあなただけなのよ」
わたくしの優しい魔法使いに微笑みかけて、歩き出す。
今日は疲れた。もう家でゆっくり休みたい。
「それってどういう――」
ベルトルードが何か言いながらわたくしを追いかけてくる。
シェフはきちんとわたくしのお料理を用意してくれているかしら?
もちろん人間用の食事を。
猫になるのもたまには楽しいことだけど、やっぱりわたくしは人間でいる方がいいわ。
だって――
そうじゃないと人間と恋はできないでしょう?
次で最後です。恋愛ジャンル分をやっと回収します。