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人を呪わばあニャ2つ

 わたくしはなつかしい幼馴染の魔法使いに窓を開けてあげる。


「久しぶり! レア様!」

 ベルトルードは気さくにに笑いかけてきて、よいしょと無遠慮に部屋の中に入った。


 彼は昔からいつも窓から入って来る子だった。ドアから入って来ることの方が少ない。


 わたくしの幼い頃に、彼は魔法の才能を見出されて我が家の一角で魔法使いに弟子入りさせられていた。

 まだ子どもなのに特別の才能があるとかで、今はウチにいたりあちこちを仕事で飛び回っているらしい。

 わたくしも15の時から3年間『学園』で寮生活をしていたから、会うのは実に3年ぶりくらいだったりする。


「レディの部屋に押しかけるなんて失礼よ」

 力なく笑って言うと、ベルトルードは楽し気にカラカラと笑う。


「いいじゃないですか、俺子どもだしー」

 これも3年前と同じ文句で、思わず笑ってしまう。


「わたくしより3つ下だから15でしょ。子どもにしてももうだいぶ大きいわ」

 背だってわたくしと大して変わらないほどに伸びている。


「おっ、よく覚えてますね! で、どうしたんですか? 久しぶりに会ったらなーんか顔がブスになってますよ?」

 顔をグッと近づけてまじまじと見て小首をかしげてくる。

 もうちょっと美人じゃありませんでしたっけ?とか失礼なことをブツブツ言っている。


 わたくしはそんな懐かしいやり取りで緊張の糸が切れてしまって、ポタっと涙がこぼれた。

 涙腺が決壊して、次々に涙があふれてくる。


「婚約破棄……っ……されたのよ……っ!」


 ベルトルードはオロオロとその辺の布を拾ってわたくしの涙を拭いてくれる。

 そして、うーんと頭をひねり始める。


「婚約破棄? えーと、なんだっけ、トリなんとか様? トリ……トリアタマ……トリックオアトリート……トリカブト……?」

「トリスティーノ様」


 突っ込みを入れると、なんだか悲しい気持ちがほのぼのに浸食されてきてしまった。

 というかなんでこの国の王太子の名前を覚えてないの、この子。トリスティーノ様がウチに来た時に見たこともあるはずなのよ?


 わたくしがあきれていると、ベルトルードはやっと合点がいった顔をした。


「ああ、あのえらっそーな人ね。よかったじゃないですか。あれとずーっと一緒だなんてぜってー疲れるって前に俺言ったじゃないですか。何? そんなことでしょげてたんですか? レア様かわいー。頭撫でてあげましょっか?」

 ベルトルードが頭に手をやろうとするのでわたくしはその手を振り払う。


「やめて! もうっ」


 ベルトルードは気にする様子もなくニコニコしている。


「うんうん、それで? これからどーすんですか?」


「そんなの……わからないわ。 処分は追って知らせるって……」

 じわっと涙がにじむ。今後の事なんて何も考えられない。わたくしができるのは待つことだけだ。

 そう言うと、ベルトルードはきょとんと小首をかしげた。


「違う違う。俺はレア様に聞いてんですよ。トリスなんとか様がどう決めるかなんて関係ないですよ。

レア様はこれからどーすんですか、どうしたいんですか?

あれでしょ? おもしろおかしい報復とかするわけでしょ? 何すんですか? 教えてくださいよ。 ちょうど暇だから俺、手伝ってあげますよ?」

 すごく期待のまなざしを向けられる。


「わたくしは……どうする……?」

 思わぬことをきかれてわたくしは呆然とする。


 わたくしにもまだできることがある……?


「ん? レア様がなんにもしないわけないでしょ?」

 ベルトルードが笑って言った。


 その笑顔がとてもなつかしくて、わたくしは彼と過ごした幼い日々を思い出す。

 3年前、家にいたころはベルトルードがいつも一緒だった。

 お勉強の傍ら、わたくしは暇を見つけてはベルトルードと屋敷中にかわいらしい罠を張り巡らせたり、領地の子どもたちと戦争ごっこをして過ごしていた。

 意地悪なガキ大将と取っ組み合いのケンカをしたことだってある。 

 理不尽は許せないし、売られたケンカは必ず買った。


 それがベルトルードの知っているわたくしだ。


 忘れてた。

 お行儀のいい貴族の子女たちに囲まれた『学園』の生活で、わたくしはすっかり飼いならされてしまっていた?


 なんだかおかしくて、笑いがこみ上げてきた。


「ふふ……ふふふ。あはは。おーほほほほほほっ!」


 思いっきり高笑いをして、そして顔を両方の手のひらでパチンと叩いて気合を入れる。


「そうね。やってやるわ!」

 胸の前で拳を握る。

 不思議と力がみるみるみなぎってきた。

 ベルトルードもニカッと笑う。


「お! やる気になった! いいですね! それでこそレア様だ! で、どーすんですか?」


「殿下のご命令で家から出てはいけないのよ。だから……ベルトルード、手を貸しなさい」

「ほいほい」

 楽しそうに答えるベルトルード。


 家でできる復讐の方法はただ一つ。

「あの女を、呪うわ」





 ガン! ガン! ガン!

 真夜中の屋敷に金づちの音が響く。


「許さない、許さない、許さない」

 わたくしはブツブツ言いながら金づちで真紅のルビーをガツンガツン砕いて粉にしていく。

 この大きなルビーは王太子殿下からのプレゼントだ。

 わたくしの赤い髪の色に合わせたとかなんとか言っていた。

 それを金づちでガンガンに砕いていく。

 

「いいですねー。やー、昔レア様と公爵様を狙った暗殺者を呪ったのがなつかしいなあ」

 しみじみとベルトルードがつぶやく。


「許さない、許さない、許さない」

 ガン! ガン! ガン!


 しばらくすると小さいバケツ一杯のルビーの粉ができた。

 ベルトルードはそれを手に取り、サラサラと床に少しずつ落としていく。

 赤い円に六芒星。

 わたくしは針で指を軽く突いて魔法陣の中央に血を垂らす。


 準備が整って、ベルトルードが背筋を伸ばして陣の前に立つ。


「さて、レア様。前も言いましたが、人を呪わば穴二つ」


 わたくしは頷く。


「わかっているわ。呪いの結果にわたくしは文句を言いません。たとえ自分にそれが跳ね返ってこようとも」


 前回はわたくしは高熱を出して倒れた。

 今回、どうなるかなんてわからない。けれど、これがわたくしのやり方だ。理不尽な目にあって黙ってなんていられない。


 ベルトルードは満足げに頷いて、右手を魔法陣にかざす。


『捧げるは太古の欠片 紅き命』


 ベルトルードの声に応えて魔法陣の一点から赤い光が回り始める。


『我が主の命に従い、運命よねじ曲がれ』


 魔法陣のすべてが光で満たされる。 


『上は下に 表は裏に 幸せは不幸せに』


 紅玉色の光はさらに強くなり、魔法陣からはみ出さんばかりに膨らみ続け――


『シャロン・アンセルミにカトレア・ヴィスコンティの苦しみと同じだけの不幸を与えたまえ』


 膨らみ続けたエネルギーが魔法陣の真上に解放されて、光の柱が勢いよく立ち上る。 


 そして――


 バチィッ


 光がなにかに弾かれてわたくしに襲いかかった。


「きゃっ!」

 まばゆい真紅の光がわたくしを焼く。


「ぎゃあああああっっっ!」

 熱い。

 熱い。

 熱い。

 痛い。息ができない。


「レア様っ!」

 ベルトルードが手を伸ばしてくるの喘ぎながら掴む。


 からだ中が燃えている。

 わたくしをつくるすべてが溶けていく。


 ああ、失敗したんだ。

 呪いなんて愚かなことをして、今度こそわたくしは死んでしまうのだ。

 けれど、悔いはない。


 だって、あのまま泣いて引き下がって誰かの決めた運命に従うくらいなら、こっちを選ぶのがわたくしなのだ。


 目も、耳も、何もかも感じられなくなる。

 熱さも痛みもすべてなくなって。

 わたくしがどろどろに溶けていく……。



 そして――



 次に目が覚めた時、わたくしは猫になっていた。

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