神様の所為
イヌゴラは神殿で教師をしながら土を耕す、そういう生活をしているそうだ。丸テーブルとソファーがある部屋に案内された。奥に書斎がある。
「それで、相談したいこと、とは」
俺とエレナが座り終えるのを待たずにイヌゴラは話を切り出した。せっかちな性格だったことを思い出した。
「少しややこしい話なのだが、まず謝っておかなければならないことがある。わしは、いや、俺はテンヒルさんではないんです」
「うん? これは失礼した。別人であったのか。人の顔はどれも似ていての、実は、あまり区別はついていないのだ」
イヌゴラは体を縮めた。
「いや、そういうことではないんです。体は、テンヒルさんなんです。体はテンヒルさんで、魂の一部分、意識の部分が別の人間になっているんです」
「どういうことだ。別の人間が取り付いているということか」
イヌゴラは首をかしげた。
「それに近いです。離魂病で魂が離れたテンヒルさんの体に、俺の意識が入り込んだような状態で、ああ、テンヒルさんの魂は、その猫に取り付いています」
俺は、竹かごに入った黒猫のテンヒルさんを指さした。猫のテンヒルさんは、竹かごから身を乗り出し、にゃうんと鳴いた。
「その猫の中に、テンヒルがいるのか。それで、君は何者なのだ」
「俺は坂木洋一です。異世界から来た十九歳の大学生です」
「異世界? 大学生? ずいぶんややこしい話だぞ」
イヌゴラは白い毛に隠れた目をぱちくりさせた。
「ええ、まぁ、ややこしい話なんです。日本という国で、クイズ大会、こちらの世界では、モンド大会ですね。をやっていたんですけど、なぜかこちらの世界に意識だけ召喚されて、テンヒルさんの中に入って元の世界に戻れなくなったんです。あと、大学生というのは、学問所の生徒みたいなもんです」
改めて考えてみると、この世界に来て、何一つ良いことがないことに気がついた。かわいい孫が、できたぐらいか。
「しかし私は、医者ではないぞ。相談されても、何ともしようがないが」
「いえ、それが、さらにややこしい話になるんですが、この件に神様が関わっている可能性があるんです」
「神が」
「ええ、俺を異世界から召喚して、テンヒルさんの体に入れたのが、神様である疑いがあるんです。そうなると、通常の医療魔術では、神の拒否権が発動して、対応でできないそうです」
「確かに、神の力で行われたことでは、人の力では覆せぬ。しかし、なぜそのようなことがおこったのだ」
「私の所為なんです」
エレナが手を上げた。
「エレナさんがかい」
「はい、おじいちゃんが離魂病で倒れたときに、神様にお願いしたんです。その所為でこんなことになったんです」
エレナは落ち込んだ顔をした。
「エレナは何も悪くないぞ。悪いのは全部神様じゃ」
俺はエレナの肩を優しく叩いた。
「おじいちゃん」
俺とエレナは見つめ合った。
「そいつ、中身はおじいちゃんじゃないぞ」
イヌゴラが言った。俺は慌てて、手を引っ込めた。
「その、それで、と、いうことがあって、テンヒルさんの記憶から、神官のイヌゴラさんのことを思い出して、相談に伺ったわけです」
話を戻した。
「なるほど、確かに異世界召喚に神が関わっているケースはある」
「俺もそのケースということですか」
「調べてみよう」
イヌゴラは右手を俺に向かって出した。指先は短く、毛に埋もれた肉球が見えた。
「なにをしているんです」
「神力を探っているのだ。うむ、感じる。こちらもだ」
イヌゴラは黒猫のテンヒルさんにも肉球を向けた。
「では、神様が関わっているということなんですね」
神が行ったことなら、神の許可がない限り変更はできない。本当にやっかいなことになった。
「そうなる。だが、そちらのエレナさんからは、神力を感じぬ」
「それは、どういうことなんです」
「神に願い、その願いを叶えられた人間には、神力の残滓がつく。彼女にそれはない。つまり、神は彼女の願いを叶えていないということだ」
「それじゃあ、エレナは無関係ということですね」
エレナは、このことを自分の責任ではないかと気に病んでいるようだったので、ほっとした。
「そうなる」
「神様は、私の願いを叶えてくれなかったということなのね」
エレナは悲しそうな顔をした。
「エレナの願いを叶えないとは、ケチな神様だのう」
俺は言った。
「やめなさい」
イヌゴラは強めの口調で言った。