転送装置
「転送装置か」
村の東にある流線型のドーム状の施設に来た。村に一つだけある転送装置の施設である。
「おじいちゃん転送装置苦手だもんね」
エレナは俺を見てうれしそうに言った。
竹で編んだかごに収まった黒猫のテンヒルさんが、にゃーん、と眉間にしわを寄せた。
じいさんの記憶によると、戦時中は強襲転送兵に相当苦しめられたそうだ。じいさんは、コルプル戦とスランド戦、徴兵され二度ほど戦争に参加している。強襲転送兵がでてきたのはスランド戦においてだ。行軍中、突如現れた強襲転送兵の奇襲を受け、部隊が分断され、挟み撃ちにあい、死にかけたことがある。いつどこから現れるかわからない強襲転送兵にずいぶんおびえた記憶があった。転送に失敗して民家の壁と混じった生きた転送兵を見た記憶もある。戦後、転送技術を応用した転送装置をスランド国の国営会社ポルタ社が開発し、世界中に広がった。どこの世界でも、戦争中に開発された技術が戦後活用されるようだ。
「ちゃんと、運んでくれるんだろうな」
戦時中のいやな思い出もあるが、もう一つの懸案事項として転送魔法が今の俺にちゃんと働くのかが心配なのだ。今の俺は神の魔法がかかっている状態だ。神の拒否権が働き転送魔法を拒絶する可能性があるのではないかと考えられた。医者のヘングレーによると精神に作用しない魔法などなら問題ないだろうという話だが、確実とはいえない。かといって、普通に陸路で神殿まで行こうとすれば一週間はかかる。転送装置を使えば、ツバブまでいき、そこから乗り換え神殿近くの町まで飛べる。一日で行って帰ってこれるのだ。
バレンショ駅とかかれた扉を開け、中に入った。案内所に老婆が一人と、客は二人程度、施設の広さに比べ閑散としていた。
転送装置ができた頃は、ああ、これでこの村にも若者が帰ってくる。村のみんなが思っていたが、村の若者達は気軽に都会に出かけ、そのまま都会に住みついた。どこの世界でも同じようなことが起こるものだ。
エレナが案内所で、二人分のツバブまでの料金を払った。猫は小さいから無料でいいそうだ。テンヒルさんは、自分の財産の管理を、エレナが働くようになってからすべて任せている。どうせ自分が死ねば財産はエレナに渡る。それなら自分が生きているうちに渡してしまった方が、間違いは起きにくいとじいさんは考えていた。
転送の時間が来るまでベンチで待った。
「あとは、いるかどうかだよな」
神殿に、イヌゴラがいるのかどうか調べようと、通話装置がある村の役場に行ってみたが、連絡番号がわからなかった。マキュティンの神殿の連絡番号を調べてくれるようなサービスはこの世界にはない。そもそも、マキュティンの神殿に通話装置があるのかどうかわからなかった。
意外なことに、この世界では転送装置よりも通話装置の方が普及が遅れていた。転送装置と通話装置の魔術が干渉し合うようで、高い安全性が求められる転送装置を優先した結果、通話装置の普及が遅れたそうだ。
「いなかったらいなかったで、別の神官さんに、お話しをすれば良いじゃないですか」
「それもそうだな」
「お昼はどうします」
「ツバブで何か食べよう。何か食べたい物はあるかい」
といっても、お金を払うのはエレナなのだが。
「私、パンケーキが食べたい。クリームがいっぱい乗ったやつ」
この世界でも、パンケーキがブームのようだ。
「そうじゃな、どこか喫茶店に入って、軽く腹ごしらえしよう」
「うん」
笑った。