本戦
明日の本戦は朝九時と早いので、エレナと一緒にラトスのホテルに泊まった。
昔、テンヒルさんとテンヒルさんの奥さんが泊まったホテルは、すでになくなっていたので、エディ商会系列のホテルに泊まった。
大浴場の温泉にたっぷりとつかり、ホテルのレストランで、エレナと食事をした。
部屋に入り、俺はホテルにあったパンフレットを読んでいた。エディ商会の歴史や、創業者の話など、モンドで使用されそうな話がいくつかあったので、読み込み記憶した。
エレナは窓際の椅子に座り外を眺めていた。髪を後ろで結び、お風呂上がりの石けんの匂いがした。
かすかな悲しみと、いとおしさを感じた。
小さい頃は、よく泣く子だった。それがいつの間にか大きくなって、いつからか支えてくれるようになった。
「エレナ」
「なに」
「ありがとな」
「なによ。急にどうしたの」
エレナは少し慌てた様子で言った。
「なんとなくな、いろいろと、思い出してな」
頭をかいた。薄い頭髪だった。
「ふふっ、こちらこそ。なんかよくわからないけどありがとね。おじいちゃんも、サカキさんも」
エレナは、はにかみながら言った。
「うん」
俺、もう、この子のおじいちゃんでいいわ。そんなことを少し思った。
朝、七時頃に起き、ホテルのレストランで食事をすませ、エレナと一緒にモンド大会の会場に向かった。本戦は観客を入れ外で行われる予定だ。
本戦はラトス市の公園広場で行われる。会場の設営はすでにできており、エディ商会主催、第二十七回、ラトス、モンド大会と書かれた垂れ幕がたなびいていた。
正面の日よけのテントの下には、腰の高さほどの白い台があり、その上に長テーブルとパイプ椅子が並べられていた。その上には、解答ボタンが設置されている。おそらくそこが解答席になるのだろう。長テーブルの向かいには、観客用のパイプ椅子が百脚ほど等間隔に並べられている。少し離れた会場周辺には、屋台がいくつかできていた。運営スタッフらしい人間が忙しそうに駆け回っている。
「うむ、悪くはない」
企業主催ということもあり、そこそこちゃんとした雰囲気があった。学生主催のクイズ大会だと、落ち着きのない手作り感がでる。
「あそこで、おじいちゃんが戦うのね」
エレナは長テーブルが置いてある台周辺を指さした。
「そうじゃよ」
「私、応援するからね」
エレナは両のこぶしを握りしめた。
「おお、頼んだよ」
考えてみると、今まで、無観客で競技をしていたため、エレナの見ている前でモンドの解答席に座るのは初めてだ。胸が高鳴ってきた。
本戦開始三十分ほど前になったため、受付に向かうことにした。
受付に二十一番の本戦通過者番号を見せると、控え室と張り紙がされたテントに案内された。椅子が並べられており、十人ほどが座っていた。
適当な椅子に座っていると、前に座っていた男が話しかけてきた。
「じいさん、あんた、三次予選で、一番最初に抜けた人だよな」
年の頃なら四十代ぐらいの人なつっこい顔をした男が話しかけてきた。
「ああ、そうじゃよ。あんたもBグループにいたのかね」
「やっぱり、そうか。すごかったなじいさん、あんなに早くモンドを答える人間始めてみたぜ」
「そりゃあ、どうも」
「おっと、俺は、ベン・シャポルだ。オギューストの学問所の教師をやってる。こっちのエルフは、同じ学問所の教師で、ローレット・レレンだ」
ベン・シャポルの横にいたエルフの男は軽く会釈した。金髪のやせ形の男である。学問所は、この世界の大学のような存在だ。オギューストはこの辺りでは有名な学問所である。
「わしは、テンヒル・バーナー、隠居した、ただのじじいだよ」
じいさんは、いつも自分のことをそう言っていた。
「ただの、じいさんなわけねぇだろう。どうやったらあんなに早く答えられるんだ」
「問題の分析をすることだのう」
「どんな風に、分析するんだ」
ベン・シャポルは首をかしげた。
「たとえば、最初に単語が三つ出るような問題があったとする」
「あるな、そういう問題」
「それに共通する言葉がモンドの答えになるときが多い。たとえば、赤角、青角、黒角、三つの種類がある魔物は何? という問題の場合は、赤角、青角、と出た段階で、八割方、答えはオーガということになる。赤角の段階で答えても、いいぐらいじゃ」
「なるほど、赤角、青角、そう言われてみると、それしかないよな」
「ただ固有名詞の場合は別じゃ。たとえば、ソルド山、ヘクトレ山、国が指定している三大名山のあと一つは何? という問題の場合は、共通する言葉ではなく、三つのうちの出ていないものを答えなければならない」
「その場合は、ソルド山、ヘクトレ山が出た時点で、ボタンを押して、マウロ山と、答えなきゃならないってことだな」
「そうじゃ」
「推測した問題の内容が違っていたらどうするのです。途中で内容が切り替わる場合もあるのでは」
エルフのローレットが聞いてきた。
「引っかけ問題ですな。たとえば、ソルド山、ヘクトレ山、マウロ山、三つの山は国が指定している三大名山ですが、国内で一番高い山はどこ? というような引っかけ問題が出た場合どうするのか。ということですな」
「どうするんだい」
ベン・シャポルが身を乗り出した。
「これは、どうしようもありませんな」
「なんだよ。どうしようもないのかよ」
ベン・シャポルは、がっかりしたような顔をした。
「問題が簡単すぎる場合や、読み手のくせなどで、ある程度は推測できるが、最終的には、どうしようもない。運じゃな、運。確実に答えを出したければ問題を最後まで聞くしかない。ただ、三次予選の場合は、間違いが一回許されていたので、そういう場合は、思い切って押した方がいいと、わしは思っとる」
「なるほどな、一回間違えても、デメリットはないものな。それなら引っかけのリスクを無視して、早く押した方がいいってわけか」
けっこう深いんだな。と、ベン・シャポルは何度かうなずいた。




