散歩
エレナは、休んでいた雑貨屋の仕事に戻った。モンド大会の時はまた休みを取って応援に来てくれるそうだ。
午前中は、モンドの問題集を読み込み、昼はエレナが用意しておいてくれたご飯を食べた。運動がてら外を歩くことにした。
黒猫のテンヒルさんを竹かごに収め、ゆっくりと歩いた。すれ違う村の人たちに挨拶を交わした。
「倒れたって聞いたけどもう大丈夫なんですか」
近所のサリムさんが声をかけてきた。
「ええ、大丈夫ですよ。心配かけて申し訳ない。もう、すっかり回復しました」
テンヒルさんの記憶があるので、会話には苦労しなかった。黒猫のテンヒルさんも、にゃーん、と挨拶を返した。
「それはよかったわ。おや、かわいらしい猫ちゃんだね。なんていう名前なんです」
「えーと、黒、クロ、です」
そういえば、名前を付けてはいなかった。さすがに黒猫のテンヒルさんはまずい。テンヒルさんの体に俺の意識が入っていることは、説明が面倒なので村の人たちには言っていなかった。
「そのままの名前だね。じゃあ、テンヒルさん、体に気をつけてね」
「ええ、ありがとう」
村の人たちが、テンヒルさんのことを気にかけているのが何となくわかった。人ごとなんだけど、ありがたいことだった。
しばらく歩いていると、黒猫のテンヒルさんが、かごから顔を出し、にゃーと鳴き声を上げた。
墓地がある方角を見ていた。
「お墓参りに行きたいんですか」
テンヒルさんは、にゃーと答えた。
日の当たりのいい、山の広場に村の墓地はあった。昔はもっと狭かったのだが、村の人口が増えたことにより、少し広くなった。テンヒルさんは、散歩ついでに、よく息子夫婦の墓参りをしていた。
膝ぐらいの高さのどっしりとした灰色の丸石に息子夫婦の名前が刻まれていた。
黒猫のテンヒルさんをかごの中から出すと、しっぽを垂らし墓の前でたたずんだ。じいさんの記憶に従い、俺は膝をつき祈りを捧げた。
テンヒルさんは、よく息子夫婦の墓の前で、ぼんやりと考え事をしていた。エレナのことや、自分の体のこと、様々なことを考えた。年々、これから先のことより、思い出すことの方が多くなっていった。
「薬を、もっとたくさん手に入れることができればなぁ」
口から漏れた。
考えても仕方がないことなのだが、つい考えてしまう。何度考えても結果は変わらないのにそれでも考えてしまう。あと二つ、薬があれば、二人は助かったかもしれない。
記憶が吹き出してくる。
息子夫婦とエレナが、はやり病に倒れたと聞き、テンヒルさんは薬を求め走り回った。当時はまだ量産体制が整っておらず、薬の奪い合いがおこっていた。コネを使い、ようやく一つだけ薬を手に入れることができた。薄めて三人に使おう、そう考えていた。
息子夫婦はそれを断った。娘のエレナに使ってくれと、そういった。
三人とも助かるかもしれんのだぞ。テンヒルさんはそう説得したが、二人とも断った。エレナの容体が悪かった。熱も高く意識もなかった。二人は、私たちは大丈夫です。と、そういった。
考える時間など、ろくになかった。誰かに相談するにも、村にいた医者は、はやり病に命を落としていた。とりあえず、三分の一だけエレナに薬を飲ませることにした。薬をスプーンですくい、少しずつエレナに飲ませた。しばらく待ったが、病状は変わらなかった。薬が効かないのか、それとも、量が足りないのか。ベットで寝込んでいる息子夫婦の様子を見た。容体はあまり変わっていないように見えた。罪悪感を感じながらも、残った薬の半分をエレナに飲ませた。少しましになったような気がした。
エレナは子供だ。薬の量も大人より少なくてすむはずだ。残った薬を息子夫婦に飲ませれば、三人とも助かるかもしれない。そう考えた。
だが、少しましになったとはいえ、エレナの容体は相変わらず厳しい。もし、残った薬を息子夫婦に使い、エレナが亡くなったらどうする。残った薬で息子夫婦が治るという保証もない。最悪三人とも死んでしまう可能性もある。どうすればいい、もっと、早く動いていれば、薬を人数分用意できていれば、こんなことにならなかった。どうすればいいのだ。
エレナが咳き込んだ。苦しそうにひゅーひゅーと息をしている。
「父さん」
シガルがこちらを見つめた。オリーヌもこちらを見つめた。二人とも青白い顔をしていたが、目は澄んでいた。
「それでいいのか」
そう言うと、二人は笑った。
残った薬を、すべてエレナに使った。
エレナは助かった。
息子夫婦は旅だった。
このことは、エレナには話していない。話すつもりもなかった。
「じいさん、あんた、つらかったんだな」
俺は、黒猫のテンヒルさんの頭をなでた。




