猫とチーズ
「モンド大会に俺が出れば、いいということなんですかね」
頭をかいた。あまりにも薄くなった頭髪にぎょっとしたが、俺の頭じゃないと自分に言い聞かせた。
「おそらく」
「でも、大丈夫なの。えーと、今、おじいちゃんの中にいるのサカキさんだよね。モンド大会に出場して、問題を答えられるのかしら」
「意識は俺だけど、それ以外はテンヒルさんだからね。やってみないことには何とも言えないけど、言葉も知識も使えるから、なんとかなるかもしれない」
テンヒルさんの持っている知識はすべて使えるし、自分の持っている知識もすべて使える。これがモンド大会において有利になるのか不利になるかわからなかった。
「モンド大会が終わったら、おじいちゃんの魂は帰ってくるのかしら、サカキさんも戻れるの?」
「人が求めた願いを叶えたら、神の魔法は解ける。その後のことは、わからない」
イヌゴラは言った。
「神の魔法が解ければ、通常の魔法も通じるようになる。それでなんとかなると思うよ」
「もしかして、優勝しなきゃだめとか、そんな条件ないよね」
エレナは眉をひそめた。
「モンド大会をかい。いくら何でも、そこまでは考えてないよ。ただ、モンド大会に出場して、エレナが応援してくれたらうれしいなぁ。程度だから、モンド大会に出て、ちょっと活躍できれば、それでテンヒルさんは満足なんじゃないかな」
孫娘のエレナにちやほやされたかっただけなのだ。おじいちゃんすごいって、褒めて欲しかっただけなのだ。このじいさんは、それだけなのだ。それを願ったのだと思う。
「わかった。私、応援する。力一杯応援するよ!」
エレナは両の拳を握りしめた。
「エレナ、ありがとな」
ええ子や。本当に、ええ子や。なぜか知らんが涙が出そうになった。
「あんた、本当にサカキヨウイチなのか」
イヌゴラは困惑したような声を出した。
それから、神様に対する悪口を挟みながら、一時間ほど話し、帰ることにした。イヌゴラに礼を言い、テンヒルさんの記憶がそうしろと強く主張していたので、別れ際に、用意していた封筒に入れたお金をイヌゴラに渡した。
帰りに市場で、猫用の餌と猫用のチーズを買った。テンヒルさんは、夜にチーズをかじりながら、お酒を飲むのが好きだ。猫用チーズを見た黒猫のテンヒルさんは、わかっているじゃないかと、目を細めた。
村に帰る頃には夜になっていた。
テンヒルさん自身、夜に歩くのが久しぶりだったようで、村の灯りもずいぶん増えたなと、新鮮に感じた。
家に帰り、簡単に食事をすませ、今後のことを話し合った。とりあえず、来週のモンド大会をがんばろうということになった。
黒猫のテンヒルさんは猫用の缶詰を食べ、チーズを平らげた。満足げな表情で、ふにゃー、とあくびをしている。
気楽なもんだな、と、俺は思った。
次の日の昼頃に、医者のヘレクスが来た。
「で、神殿はどうでした」
ヘレクスは居間のソファに座り、すぐに聞いてきた。エレナはお茶の用意をしている。黒猫のテンヒルさんは窓際で日に当たり丸くなっている。
「医者だったら、まず、患者の体の調子についてきかんかい」
よく知っている人間が相手だと、テンヒルさんの部分が強く出てくるようだ。
「いや、これは失礼しました。お体の具合はどうですか」
「具合は、別に悪くはないですよ。まぁ、元の体に比べればあれですけど」
俺は頭をなでた。何度触っても、ここだけは慣れない。あと、いろんなところがしわくちゃになっている。
「それで、なにかわかりましたか」
「ヘレクスさんの推察どおり、神の仕業で間違いないようです」
「そうでしたか」
「ただ、神に願ったのは、エレナではなく、テンヒルさんの魂だったようです」
「テンヒルさんの魂が、なぜ」
ヘレクスは身を乗り出した。
「それが、その、テンヒルさんは不安を抱えていましてね。その不安を解消するために、神に願った可能性があります」
「不安ですか。それはなにです」
「近々開かれるモンド大会出場に関して、不安を感じていたんです」
「モンド大会、マジですか」
ヘレクスは気の抜けたような顔をした。
そうだよな、どう考えても、話がちっちゃいよな。そんなもん神に願うよなって話だよな。かなえる方もどうかと思うけど。
俺は神殿での話をした。




