テンヒルの願い
図書館には月に、二、三度ほど通っている。エレナが仕事を終える時間に合わせて図書館から出る。夕方、うまく出会えれば一緒に歩いた。仕事のこと、食べ物のこと、村のゴシップ、とりとめのないことを話しながら、ゆっくりと歩く。老後、一番幸せな時間である。
息子のシガルとは一緒に歩いたことなんてあまりなかった。手のかからない子供で、怒った記憶もあまりなかった。良い子に育ってくれた。亡くなった妻、レイナのおかげだ。妻も、息子も、息子の嫁も、もういない。いずれわしもいなくなるのだろう。わしの代わりにエレナと一緒に歩いてくれるような人が、いて欲しいような欲しくないような。複雑な気持ちになる。
不安な気持ちに紐付けられるようにモンド大会のことを思い出した。
一ヶ月ほど前のことである。モンド大会参加のチラシを見つけた。モンド大会には、何度か出たことがある。といっても、四十年ほど前の話だ。あの頃は、妻も生きていて、息子もまだ幼かった。優勝することはなかったが、決勝までいったこともあった。二人とも、わしのことを応援してくれた。
出てみようかな。
ふと、そう思った。
二、三日悩んで、出てみることにした。
出ちゃいけないものでもないし、ちょっとした暇つぶしにもなるだろう。
今のモンドは、四十年前のものとは違う。じっくりと時間をかけて答えを出すようなモンドではなくなっている。この年だ。ボタンを押すにも時間がかかるだろう。耳もな、ぼんやりと聞こえないときもある。とんだ恥をかくかもしれん。
エレナはわしのことを応援してくれるだろうか。
不安な気持ちになった。
そこから、じいさんの記憶は曖昧になっていく。
おそらく離魂病が発病したため、意識が途絶えたのだろう。
その時、肉体から離れたじいさんの魂が願うとすれば、それは。
「誰か、代わりにやってくれないだろうか」
ではないだろうか。
「代わりって、モンド大会のこと」
エレナがいった。
「ああ、その、ちょっと、不安な気持ちになってな」
頭をかいた。自分の感情じゃないのに、なんだかおかしな気持ちだった。
「テンヒルは、それを願ったのか」
「いや、それはわかりません。テンヒルさんが意識を失う直前に、モンド大会のことを考えていて、なんというか、その、失敗して恥かいちゃうんじゃないかって、不安な気持ちに駆られていたんです。それで、体から魂が離れた後に、テンヒルさんの魂が考えたんじゃないかと、モンド大会、代わりに誰かやってくれないかなぁ。て、考えたんじゃ無いかと思ったんです」
「じゃあ、おじいちゃんは、モンド大会に出たくないから、神様にお願いしたの」
「いや、そのあたりは完全に俺の推測で、ほら、そういうことって誰でもあるだろ。出たくない集まりとか、そういうの、代わりに誰か出てくれないかなぁ、なんて思うことってあるでしょ」
もうちょっと、言い方に気をつけた方が良かったな。なんか、じいさんが、目先の問題から逃げた、かっこわるい人みたいに聞こえてしまう。まぁ、いっか、俺の体じゃないし。
「わからなくはないけど、話小さくない」
それな。
「願いの大小は神にとって関係はない。神の興味を引くか否かだ」
「にしてもな」
そんなことで、わざわざ異世界から俺を呼び出すだろうか。そもそも何で俺なんだろう。クイズの得意な奴なんていっぱいいる。テレビに出ているような人でも良いじゃないか。学生だから暇だと思われたのだろうか。
「先ほどから、神力が増えている。おそらく、神の魔法に近づいたことによる現象だろう。サカキ君の言っていることが正解なのかもしれない」
「そうですか」
孫娘に良いとこ見せようとしてクイズ大会の出場を決めて、直前で不安になってきたから代わりに出て欲しいなんて、ちょっと身勝手すぎるじゃないか。俺は黒猫のテンヒルさんを見た。黒猫のテンヒルさんは、みっ、と一声鳴き目をそらした。




