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49 ヴィリスの勝利と再会

 


「この状況から、あなたの勝てる手段なんてないはず。今更無駄な足掻きを……」


「いいえ、違いますよ。僕は、ずっとずっとこの状況を待ち望んでいました。勝機があると確信していましたからです」


「意味のないことをつらつらと…… 時間稼ぎのつもりですか」


「いいえ、さっさと僕を倒せばいいんじゃないですか? もう僕に勝ち目がないというなら証明してみてくださいよ」


 口だけは強気なヴィリスだが、いざ魔法無力化の【魅惑魔法】を前にすれば打てる対抗策はないはず。そうアイロスはたかを括っていた。


 ヴィリスのいうことなどただの戯言に過ぎないはずだと、アイロスは自身にいいきかせる。


「私の拳で、あなたに刺激的な制裁を。さようなら…… ヴィリス!!」


 再度、容赦のない拳がヴィリスに飛ぶ。


「今度こそ、私の勝利…… これを覆すことなんて、不可能に決まっているでしょう?」


「ガラ空きなんですよ、アイロスさん」


「?」


 いつの間にか、ヴィリスの右手には氷の剣が握られている。普通の剣のような太さではない。


「剣は、通る」


 肩を弓のように後ろへ逸らし、つけた反動を生かして勢いのまま剣を突く。軌道は、まっすぐ胸元へと向かっていく。


「うっっ!!」


 浅くではあったものの、氷の剣はアイロスの体に刺さった。


「なぜ、なぜ魔法が通じたのですか? この私に」


「簡単なことです。あなたはいいました。『性的興奮が原動力になる力』、そして戦いによって昂ることでさらに強くなると。勝利を確信した時点で、あなたは冷めてしまったのです。冷めてしまったあなたは、【魅惑魔法】に隙を生じさせてしまったんです」


「さすが、ヴィリスね。ブライの血を引いているだけあるということかしら。死ぬか生きるかのところまで自分を追い込んで、最後の最後まで機会を探るだなんて…… まだ、戦いを続けるということね」


「もちろんです。僕は、父の秘密を知りたいので」


 彼女が手で冷気を振り払う。それと同時に、胸に刺さった剣は消失してしまう。


「とはいえ、あなたもこれで勝つ手段は失ってしまったんじゃないのかしら? 私とあなた、ふたりきりの空間で、いったい何ができるのかしら? 私の拳はさらに加速して、いずれあなたも躱しきれなくなるときが必ずくる」


「では、あなたが拳を振るうより前に、このヴィリスの攻撃があなたに当たったとしたら?」


「やはり、まだ諦めるつもりはなさそうね。じゃあ、今度こそ」


 アイロスは飛びかかる。一発で仕留めようとする勢い。拳の初速は、相当なものだった。もし時が止まっていないとすれば、この家は風圧で一瞬にして木っ端微塵になってしまうだろうという、そんな勢いがあった。


 それでも、ヴィリスは避ける。念のため、右手からは【氷柱(アイシクル)】を何本か撃っておく。


 拳が、外れる。ヴィリスの髪のすれすれを擦るような、腕の残像が、ヴィリスには見えた。


 彼女によって本当に殺されるかもしれない恐怖の最中、ふたりの集中力は常人の比ではない。


 "光速"とでもいうような、素早い動作が、まるでコマ送りの映像かのように、ゆっくりと見える。ふたりの思考が、加速していく。


 拳は外れ、鋭利な【氷柱(アイシクル)】はアイロス目掛けて飛んでいくものの。【魅惑魔法】の前に【氷柱(アイシクル)】が通用することもなく、消滅してしまう。


「私に効く魔法など、もう存在しない!!」


 左右から放たれる拳は、目眩しの氷魔法を使っても交わすのが精一杯で、勝負で優位に立てる道筋など思い浮かびもしなかった。


「あなたには、私を絶望させるほどの力はない。今溺れているのは、少しだけしぶといあなたを!! 壊れちゃうくらいに殴れるかもしれないっていうことだけ。そのトリコになっているの、私は!! 目的を完遂するまで、その熱が冷めることは、確実にないわ」


 狭い部屋の中で、外れた拳は壁も容赦なく撃ち抜く。ふたり以外のものは、時が止まっているために動くことはない。たとえ壁が粉々に砕けたとしても、破片が地面に落ちてくることもない。


「【氷柱(アイシクル)】!! 【氷柱(アイシクル)】!!」


「速い……」


「そう、あなたにとって、私に勝つ手段なんて、もうないわ。外へ出る扉は、私の後ろにあるのだから、私を倒さない限り、絶対に進めない。あなたは氷魔法という強大な力を得た。でも、あなたから氷魔法を奪ったら、何が残るかしら? 力を得る前のあなたに戻るだけ、そうじゃないかしら」


「……」


「だから、あなたは私に勝てない。勝負の感性はあるかもしれないわ。とはいえ、あなたの確固たる自信の源は、『自分に強大な力が宿っているから』、それだけじゃないかしら? 氷魔法が通用しない相手を前にして、思うところはあるんじゃないの」


 一度、ヴィリスは氷魔法の能力を奪われた経験をしていた。耐え難い思いだった。突然、後天的に宿った力。それが失われたことによってくる、精神の不安。


 まだ勝てるはずだ、と思っていたヴィリスも徐々に自信は薄れつつあった。心の中では絶対活路があるはずだと思って諦めていなくても、直感がそれを拒否している。体が敗北を受け入れようとしつつあった。


「まだ、負けられない」


 【氷柱】(アイシクル)をこれまで以上に放ち、対抗する。それでも、アイロスの【魅惑魔法】による厚い厚い壁を打ち破れることはなかった。


「残念だけど、あなたはここで終わるようね」


 拳の速さは、もう残像がいくつも見えてしまうほどだ。たとえヴィリスがいくら躱すのがうまいからといって、これが限界だ。


「敗北を、受け入れることね」


 最後の一発が、ぶち込まれようした瞬間。


 なぜか、アイロスは宙に浮き上がり、拳の動作の反動か高速回転したのち、地面に強烈に叩きつけれた。


「脈が、ない? 自爆なのか、この状況で?」


 ヴィリスを殴ろうとしていたはずが、当たらずに勢いにアイロスの体が対応しきれなかった。それが俄かに信じられそうにない。


 自分は何もしていないはずなのに。

 なぜ、なぜ。


 アイロスの時間停止が、解除される。そして、建物が倒壊する。


「まずい!!」


 ドアの方まで、氷魔法をかける。氷で逃げ道を作るつもりだった。高めまで氷を生成し、強度を増した上で、自身も氷の中に取り込む。


 派手に崩れたのち、これ以上倒壊の危険がないと判断した時点で、内部の氷を溶かしながら進んでいく。うつ伏せのまま、ほふく前進でいく。


 外へ出たとき、ヴィリスは見慣れない靴を見た。それは、黒い革靴だった。丁寧に磨かれていて、光沢があった。


「誰の、足だ」


「ヴィリス、私だ」


 見上げると、そこには見慣れた顔があった。


「父さん……」


「懐かしい響きだ。では、まず祝おう。この私と再会できたということに対して」


 心ない、はっきりと聞こえる拍手をブライはした。


「さあ、ようこそ。我が息子よ」

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