第七話 「ハーブ・シティ・ブルース②」
「ぎゃゃぁあああああああああ!」
小柄な影はこちらを振り向いたとたん、叫び声を上げ逃げ出した!
こちらとしては逃がすワケにもいかない。
何より仲間を呼ばれたらもはや詰みだ。
逃げる影を必死に追うが、こちらは人ひとり背負った状態だ。
ハンディが酷すぎる……と思ったが……
……予想外にも相手の足が遅かった。
なんとか引き離されず400メートル程を追っかけたろうか?
眼の前を行くちっぽけな影が、ひっくりコケたところでなんとか追い付くことが出来た。
戦槌を振り上げ近付いてみると…それは……
ゴブリンなどではなく、やや赤みをおびたくせっ毛な金髪碧眼に丸メガネを掛け、背中に大量の荷物を括り付けた子供であった。
「ど、ドワーフ?」
「違ぁーう!ヒゲ生えて無いでしょ!!」
この世界では、ドワーフは女性でもヒゲ生えてるのか……ちょっと萎えた。
「じゃあ小人族……?」
「あんなスネ毛生えてないよぉ!!」
相手をよく観察してみたら耳の先が尖っていた。
「……あー、非常に間違ってるとは思うんだがー、もしかして君はエルフか?」
「そのもしかしなくてもエルフだよ!なんだよ!?その『間違ってるとは思う』ってのは!?」
イメージが違い過ぎた……。
私の中のエルフのイメージといえば、すらっとした手足に色素の薄いストレートな金髪、弓矢を得物に持った神秘的なイメージ……なんだが、背中に大量の荷物括り付け、ツルハシ片手にくせっ毛のチンチクリンな姿じゃどーみてもドワーフ娘にしか見えない……。
「だいたい君は人族だろ?その格好は兵士だと思うけど普通は年上に敬意をはらうものだろ!これだから野蛮な人族は……」
「……年上……?」
「私、今年で756歳」
「……すいません、余裕で参りました。」
そういえばエルフは人間より長寿だっけ……
「え~と、失礼ながらスイマセン、ここ奇病が原因で廃鉱になってると聞きましたが、そんな危険な場所に何用で?」
「それはコッチのセリフだよ!?みたところ兵士らしいけど、背中に人背負ってこんな他に人が来ないような場所、潜むように歩いてたりして!」
「あーその事にかんしてはなんですが……カクカクシカジカこーゆーワケでして……。」
「カクカクシカジカじゃ判るわけねーだろ!!!!(怒)」
ごもっともである。
まぁ相手は子供のようにも視えるし悪いことは考えてなさそうな気もする。
「ぶっちゃけ言いますと、相棒がなにやら教会に『聖体』認証されて、坊主達に追っかけられてます。」
彼女は俺が背負ってる『者』を一瞥すると答えてくれた。
「あぁ『聖体』かぁ、それゃ災難だったねぇ」
これは丁度いい機会かもしれない。
折角だから何故?『聖体』だと追っかけられるのか聞いてみると、「え!そんな事も知らなかったの?……まぁ権力に縁のない一般兵士だと知らないこともあるかも……」とかブツブツぼやきながら答えてくれた。
「『聖体』ってのは魂の無い肉体の事だよ。一般的には何かの儀式なんかの供物として、魂だけ神様とかに捧げられちゃった人なんかの事。」
「へ?魂ぬけちゃったら普通死んじゃうんじゃ?」
「普通死んじゃうけど、そういった儀式に使われた肉体ってのは、適切な扱いすれば4~5年くらいは死んだり腐ったりせず保つってのが普通。」
「……あの~。そういった儀式っていうと……?」
「普通は戦なんかの為、神々の眷属召喚したりとか……あと他には異世界から神々の力を借りて勇者召喚に使ったりとか……」
なんつーこったい。
どうやらあの頭に矢を受けてた王様らしいのは、彼女の魂を生贄に私達を召喚したらしい。
だとすると、こちらにも少々責任があるわけで……チョット複雑な気分だ。
「……でも、その儀式に使った人……エルフだっけ?の肉体をどうして教会なんかが必死で追いかけるんだ?」
「そこんとこが重要でねぇ。普通そんな肉体が放置してあったら現世を彷徨ってる『魂』なんかが入り込んで別人格になんかなっちゃうんだけど……運が悪いと悪霊なんかが取り憑いたりするし……」
ふんふん……それでそれで?
「ところが、そういった儀式に使用された肉体ってのは勝手に他の魂が入り込めないよう、『聖別』されちゃうんだよ。そこでそこで、王族や貴族、あと大量のお布施が出来る大金持ちの信者なんかで、今にも寿命が尽きそうな人が居たとする。」
「……それって……もしや……いやまさか!?」
「そのまさかさ。教会はそういった『聖別された肉体』ってのに、今にも死にかけな人の魂を移したりする儀式を秘匿してる、てワケ」
聞いたら思いっきり後味が悪い話だった。
「……あの~それって肉体は女性であっても魂の方は男女問わず?」
「うん。老若男女どころか種族問わずだよ。」
この若い女エルフの肉体に死にかけの爺の魂とか?背徳過ぎだろ!!
「権力か金か判らんけど、教会にとっては大事な飯の種ってワケか……。」
「まぁそーゆー事だよねぇ」
成る程、これでやっと腑に落ちた。
あの、逃亡を手助けしてくれた神殿の女神官さんは、そんな状況を面白くないっと思う程度には正義感があったのだろう。
もしかしたら俺が喜捨した金額に対する恩義もあったかもしれないが……
この状況から抜け出す事が出来たら、礼としてもっと喜捨を奮発しに行こう。
まぁ無事にこの場を脱出出来たらの話だが……。
「そういえば、756歳さんの方は、なぜにしてこんな廃鉱に?」
「なんだよその呼び方!バカにしてんの!?」
「いや、名前まだ伺ってなかったもんで。」
「私の名前は『リーテシア』だよ!部族名はゆえあってあかせない。」
「あー、私の名前は『スターリング』だ。よろしくリーテシアさん」
「ああ、『スターリン』さん、よろしくね。」
だから名前を省略するなっつーに……お互い”同志”とか呼び合えっつーのか?
「まぁそれよりなぜこんな廃鉱に?」
「ああ、地質調査だよ。あといくつか鉱石のサンプルの採集に。」
彼女は背中のリュックから幾つかの石を取り出し、見せてくれた。
青~赤紫色をした黄銅鉱や白い濁りがある珪石、べっ甲色が混ざった閃亜鉛鉱など、鉱石標本マニアが見たら垂涎モノだろう。
「この鉱山、未だ枯れてないからね。おかげで採集し放題だよ。」
「でも体が緑色になる奇病なんてのが蔓延してるんでしょ?ココ」
「ああ?その件?その事については心配なんてする必要無いよ。なにしろその病気の蔓延なんて話自体がデマだからね!」
「はい!?」
彼女はその場で奇病蔓延について驚くべき真相を語りだしたのだ。




