第六話 「ハーブ・シティ・ブルース①」
ええ、ホンの三年程前までは景気が良かったんですよこの街は。
あの鉱山のおかげで。
もっとも今の衰退もあの鉱山のおかげだったりするんですけど……
鉱毒?なんですかそれは?良く知らないんですけど?
ああ街の衰退の原因ですか
別に鉱石が出なくなったワケとかじゃありませんよ。
まぁそれと同じ事なんですけど
そう三年ほど前の今頃かなぁ……空から燃える石が落ちてきたんですよ。
隕石?空に有る星が落ちて来るんですか!?
ああ、そんなものなのかもしれないですねぇ
とにかくその燃える石がものすごい勢いで上から落ちてきて鉱山の屋根に穴を開けたんです。
石自体は小さなものらしかったんで開いた穴も小さかったんですけど、何層にも開けられた坑道のかなり深いとこまで貫通してったらしいとかで当時話題になったんですよ。
結局石自体は見付からなかったそうなんですけど。
でもそれ以来おかしな事が続いたんですよ。
坑道深くまで潜って作業してた人が、出て来て急な病で亡くなったり。
最初のうちは皆「そういう事もあるんだろう」と無視してたんですけどそれ以降、鉱夫で倒れる人が増えていって……噂なんですけど、特に何度も潜ってた人なんかは体が緑色に変色して亡くなったなんて話も……
他にもおかしな事が続いたんですよ。
話に聞いたことでは坑道の奥深くで虹色に輝く光が蠢いてるのを見たとか、鉱山から上に向かって光が立ち上っていくのが見えたとか……
そんな事が続いてくうちに、今度は鉱山に潜ってない人達すら、妙な病気で寝込むのが増えてきた。
原因はなんでだろう?と皆考えたんですけど、どうやら水に原因があるんじゃないかという事で井戸の水使うのやめたんです。
不便?そりゃ不便ですけど……なにしろ上流の川からわざわざ水汲んでこなきゃならないんですから。
あとは雨水貯めて使うぐらいしか手がないですからそりゃ手間もかかりますよ。
そんなこんなで鉱山に入る人はどんどん辞めてく、鉱石採れない、体が弱い人たちなんか水汲みも大変だからと街から出ていく。
街もどんどん貧しくなってく。
ああ、話が逸れましたね。
だからその事知ってる街のものなら、坑道に入るひとなんていません。
だから『安全』なんです。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
この鉱山に逃げ込む事がなぜ安全なのかを語ってくれた女神官さんの言葉を、ひとつひとつ思い出しながら、私は坑道内をひたすら歩いていた。
「それって中に潜る私自身は全然安全じゃなくね!?」
結論はすぐ出たが、戻るという選択肢はなかつた。
体が緑色になる奇病に冒されて死ぬか?外に出て坊さん達にメイスで殴り殺されるか?二つに一つである。
ただ、救いはメイス持った坊さん達は今現在迫る脅威ではあるが、緑色になる奇病の方は三年前の話。
もし落ちてきた隕石らしいものが、放射能帯びていたなどという事が原因なら年月経っているんだから半減期きて多少安全になっているのかもしれない。
まぁ隕石とかはじつは関係無くて、『もともとここがピッチブレンドの鉱脈だった。』なんてオチだったら、やめてほしいとこである。
以前ウラン鉱床に潜ってた山師が、出てきたら性転換して女になってた。なんて話を本で読んだ事があるが、性転換はともかく”種無し”になるのはチョット困る。
いずれにせよ、この坑道を出来るだけ早く抜け、街の外へ出るべきであろう。
私は出来る限りの早足で歩き続ける。
しかしこの坑道、あらためてみると、さすが異世界感丸出しである。
まず、廃鉱となった坑道なんて、明かり一つ無く真っ暗だろう。という常識がここでは平気で覆される。
坑道内は、充分足場が確認出来る程度には明るいのだ。
その理由は、天井に転々と規則的に埋め込まれた石が、青緑色に光っているせいである。
原理はどうなっているのか判らないが、これがこの世界の標準的な照明なのかもしれない。
火を使っているワケじゃ無さそうなので、一酸化炭素中毒とかの心配は無いかもしれない。
おかげで召喚された神殿で、死んでた兵士から回収してきたカンテラを使わずに済む。
とにかくこの先何があるのか判らないでの、物資の消費は出来るだけ抑えた方がいい。
そんな事を考えながら歩いていると、妙な事に気が付いた。
たしかここは、女神官さんの話では、三年近く前に廃鉱した事になっている。
それにしてはこの通路、なんとなく未だ使われている感があるのは何故だ?
先ず、いかに地下といっても、長い間放置されていれば、ホコリもだいぶ積もるのではないだろうか?
だが、時折通路内に、放置されている工具や箱の類に、そういった形跡があまり無さすぎる。
そしてになによりも……
私が歩いてるこの通路に、未だ真新しい靴跡がいくつも付いてるのは何故だろう!?
通路の先から水音が滴り落ちるようなピチャピチャと小さな音が伝わってくる。
いや、水音というより、野生動物が水溜りの水を、舐めている音にも聞こえなくもない。それどころか、その音に混じって咀嚼音のようなものも聞こえる!
この先に何か”居る”というのだろうか?
こんなローグライクなRPG的展開の、鉄板シチュエーションといえば、ワンダリングなモンスターの出現であろう。
地下深くダンジョンで出会う怪物といえば何だ?
ゾンビ?スケルトン?スケソウダラ?いやあれはカマボコの原料……
死霊やアンデッドの類は怖い。
何しろ私はホーリーアンデッドな祝福なんて使えやしないし数珠すらない。
南無阿弥陀仏唱えたところでコッチの世界で効くとは思えん。
いやその類ならまだマシだ。
逆にそれらを食らう『食屍鬼』だったらどーするんだ?
未だ死んでないのに食われたくはない。
なにより連中、地下墓地なんぞ住処に屍体なんぞ漁ってるからホームレス並に不潔だろう。
近寄られたら臭いだけで気絶するかもしれない!!
いやいや落ち着け、そんないきなり高レベルモンスターが自称(詐称)レベル1兵士(状態:負傷兵背負中)とエンカウントなワケないだろう。
ここはやはり初心者相手の定番『ゴブリン』……
だめだ……こないだ新米冒険者一党が全滅させられゴブリンにレイプされる深夜アニメ視たせいか、勝てるイメージ沸かなすぎる!!
ネット炎上ゴブリン・スレ嫌っあー!だっけか!?
だが、ここまで来るのに一本道だった。
迂回路という選択肢は無い。
もはや先に向かって進むしか無いのだ。
持ってた魔法鞄から長さも手頃な戦鎚を取り出すと、度胸を決めて足音を忍ばせ歩き始めた。
ゆっくりと歩いていくと、小学生程度の子供の体格をした影が向こうを向き跪いてるのが見えた。
これが初めての敵か?
さらに近づいていくと、気配に気付いたのか影はこちらに向けて振り返った!!
暗闇に爛々と光る、猫のような目が私の目とカチ合った。
恐怖のあまり、やぶれかぶれだとばかり、私は叫びながら戦鎚を振り回し突撃した!!




