第六十四話 「裏切りな遊戯⑥」
荒涼とした丘から下りの坂道を、馬車は進んで行く。
学園から街の北門へ向かう道は途中、競技場や野外演劇場といった巨大な施設が有り、私が当初抱いていた単なるド田舎な学園というイメージとは、どうやら違うようだ。
薬草園らしきものもあり、これらの巨大な施設を設置しようと思ったら、街から離れたココしか無かったというのが真相のようだ。
他にも、仮にも貴族の子女達を、出来る限り『街』という雑菌の温床から守り、学園という閉鎖系で純粋培養したいという、学園側の意思も込められてるのかもしれない。
ただ……この手の学園物の定番となっている、『学園をテロリストが占拠する』などというイベントが起きたらどうするのだろうか?
助けを街まで呼びにいくにも時間掛かりそうだし、救援に来た衛兵や騎士の類がここまで来るにも大変そうだ。
出来うる限り、そのような異世界学園系ネット小説のテンプレみたいな事態が起きない事を、取り敢えず祈っておこう。
もっとも、私が祈れそうな神様はこの世界には居そうにない件。
馬車はやがて、街の手前一キロ程の距離から鬱蒼とした森に入り、やがてそれを抜けると街の北門が見えた。
門には『ようこそ、ニュイナム学園都市へ』と書いてある……。
あれ?
どうやら丘の上だけじゃなく、街中にも学園があるらしい。
門から街中へ入るとき、門番の兵士さんにその事を尋ねてみると、どうやら丘の上は貴族や従者、騎士の育成を主にした学園で、街中の方の学園は魔法や錬金術、その他冶金技術や工学系といった、いわゆる『テクノクラート』育成の為の学園であるらしい。
いまさらそれを知っても遅いが、出来ればコッチの学園に入りたかった……。
残念ナリ……。
有り難い事は、さすが学園都市を名乗るだけあって、学業に必要と思われる物は、殆どここで手に入った。
ペンにインクに羊皮紙に本、それに各種辞書の類。
丘の上の学園の制服までここで買えた。
どうやらこの街は、インスパイラル学園にとっての購買部や学生生協の役割もはたしてくれてるらしい。
まぁ学園から距離遠すぎるが……
そのあたりは学生の従者や使用人が、買い物を引き受けるから無問題なのかもしれない。
そのまま買い物を終え、街中を彷徨いていると、珍しい出会いがあった。
目の前を、この街の学生らしい制服を着た女性が、歩いてきたのだが、その学生の亜麻色の髪を見て『どっかで視たような?』と思っていたのだが……
以前、海中用である『オントスγ』のテストをしていた時に出会った、漁師をしていた娘だった!!
もっとも、声をかけようにも、最初に出会った時こちらはオントス姿だったし、向こうだった見知らぬ人から声を掛けられても、ナンパだとしか思われないだろう。
止む無く無視して通り過ぎようとしたのだが……
逆に向こうから声を掛けられた。
「ねぇ君、いい身体してるね!」
はぁ!?
まさか異世界で自衛隊の勧誘!?
「私のところの、水上競技部入ってくれない?」
ビックリした……
いきなり目の前の若い娘に、『良い身体してるね』なんて言われると、心臓に悪い……。
元の世界だったら自衛隊の勧誘の定番だが、それ以外の可能性として札束を抱えた彼女が、私のパンツに……いやこれ以上の想像は止めよう……。
いろんな意味で怖くなってきた……。
「申し訳ありませんが、わたくしこちらの学園都市ではなく、丘の上のインスパイラル学園の方の学生ですので、勝手にこちらの学園でのクラブ活動に参加する事は出来ないのです。」
「えっ!丘の上!?
じゃあお貴族様!?」
「いえいえ、そのお貴族様とやらの従者をしております。」
なかなかその砕けた態度が好ましい。
「なんだ~そうだったんだ~。
でもうちのサークル、インカレサークルだから、そっちの学園の生徒でも入部出来るよ?」
なんと!?
こっち(異世界)の学園でもインカレ制度ってあったんだ……
どうやらこちらの学園って、日本で言えば高校というより大学に近い制度を採用しているらしい。
「面白そうですけど、水上競技部というのはどのようなサークルなのでしょうか?」
「基本的には水上に関する事全般だね。
船を実際に作って遊んだり、ゴンドラ競漕に参加したりとそれぞれやることは様々。
まぁウチのサークルはゆる~い系だから『根性でゴンドラ競漕に青春を掛ける!』みたいな事にならないから。
どちらかといえば、実際の船造りの研究開発と運用の方法の確立、そして何より船遊びかなぁ?」
なに?
その楽しそうなサークル!?
異世界版リア充サークルなのか?
もし部員に女性多いなら是非参加したいぞ!!
「判りました。
大変面白そうなのですが、一応主人を抱えてる身なので、そちらに伺いをたてねばなりません。
もしそれで許可を頂けたら、前向きに検討させて頂きます。
もし許可が頂けた場合は、どのようにすればそのサークルとやらに入れるのでしょう?」
「丘の上のインスパイラル学園だったら、その旨を学園の先生に伝えればこちらにも伝わるよ。
実際の活動はこちらのニュイナム学園の方が港に近いから、こちらで行われる事になるよ。
部員には、お貴族様の部長が居るけど言葉遣いとか肩肘張らなくてもいい、とても良い人だよ。」
なるほど……
部長がお貴族様なのか……
だからある程度の横車も通せると……
でもこの場合は良い事として捉えたほうが良いのだろうか?
「一応その部長という方の人なりを聞いておきたいのですが。
どのようなお方なのですか?」
「部長?
赤髪の女性で美人で……」
決定!!
もう決めた!
こうなったらアルドンサさんに土下座してでも頼み込んで入れさせて貰おう!
もうそう決まった!!
「判りました!!
その件、ご主人様と相談して決めさせて頂きます。
それでは!!」
「早!!」
私は早速、街で買い物した荷物を馬車に放り込むと、丘の上の学園目掛けて出発した。
勿論、アルドンサさんに許可を取る為である。
気分高揚のあまり出発する時、アルドンサさんに借りてた御者さんと馬を忘れて、そのまま馬車だけで出発してしまうというドジをやってしまったが……
その時、目撃者から「馬も付いてない馬車が坂道を上がっていく!?」とのビックリした叫び声で、その事に気が付き、慌てて今来た道をとって返し、御者さんと馬さんを迎えに行く事になってしまった。
後にその件がここら一帯で「怪奇!坂道を登っていく謎の馬無し馬車の恐怖!!」と、怪談として語り継がれるようになるのだが、それはまた別の話である。(オイオイ。)
学園に戻り、馬と馬車をそれぞれ厩舎と駐車場へ入れ、途中「どうです?これから私とお茶でも……」と絡んできた第二王子とやらを無視し、買ってきた荷物を自分の部屋へ早々に叩き込み、アルドンサさんの部屋へ急いだ。
勿論、例のインカレサークルの入部の件の許可を貰う為である。
「インカレサークル!
それも水遊び系サークルですって!?
なに?そのリア充的なサークルは!?」
私も興奮していたが、話を聞いたアルドンサさんも私に劣らず興奮した。
「ええ、それで大変面白そうなので、許可があれば私も所属してみたいと……」
「ちょっと待ったぁあああ!
そんな面白そうなサークル、自分一人だけ楽しもうったってそうはいかないわよ!!」
地が出ていますが……アルドンサさん……
「そもそも私の前世の大学時代は、インカレサークルの存在自体知らなくて、寂しくゲンシケン通う毎日だったんだから……」
「『ゲンシケン』って……原子力工学研究会ですか……?」
「違うわよ!幻想文学&視覚研究会に決まってるでしょ!」
「それっていわゆる漫画&アニ研という奴ですか……?」
「ぷらすラノベも入ってるけどね。
いろいろそれっぽい名前付けないと部室棟の使用許可おりないんだから仕方ないじゃない!」
「それって……それなりに夏とか冬に皆と楽しめたんでは……?
いわゆる有明とかで……」
「……まぁ……そりゃ……それなりにサークルで荒稼ぎしてはいたけどねぇ……
年間売上四千万上げて活動費には事欠かなかったし……
最後にはサークル責任者、脱税で捕まったけど……」
それはそれで物凄いサークル活動かとは思うけど……
因みに私は大学時代、部員二人だけの自転車研究会に所属していた。
競技系ではなく、MTBを旅行車風に仕立て上げ、日本国内を自転車で少々無茶な事も行いながらも旅行しまくるという、ちょっと危険なサークルであった。
「とにかく、そんな面白そうなサークル貴方だけ入るなんてズルいわよ!
入るなら私も行くわ!」
どうやら彼女の中では既にサークル参加を決めているようだ。
まぁ人数が増えるぶんには、向こうも困らないだろう。
取り敢えずサークル参加の件は、明日学校のサークル関連の教員に伝える事にして、自分の部屋に戻る事にする。
部屋に戻った私は無線機を取り出し、定期連絡のつもりでソーフォニカに向けて電波を送ってみる。
日も落ちており電離層反射も利用出来るので、電波の飛びも良いだろう。
「チックメイトキングツー、 こちらホワイトルックどうぞ!」
『は~いこちらソーフォニカ放送局で~す。
そちらでは異常とか何かありましたか?』
「いまのところ対処が難しい異常な事態とかはまったく無し。
そちらの方は?」
『湖の向こう側の『魔に属する軍団』相手に、多少の小競り合いは有りましたけど、ハッキリいって雑魚ですね。
監視哨に引っかかった時のみ対処する程度ですんでます。
ところで、一部の精霊達からオントスにホバー走行機能を付けて欲しいとの要望がきてますが如何いたしましょう?』
ホバー走行!?
まぁどんな連中がそれを望んでいるのかはバレバレだが必要あるのだろうか?
「砂漠とか湿地ならそれなりに効果あるだろうけど、木の根とかがそこらじゅう飛び出してる未舗装地が多いこのあたりで使えるのか?」
『確かに場所を選ぶ機能ですよねぇ。
それを望んでいるのも『その機能が無いとジェットスモウトリアタックが出来ない!』とか騒いでる連中だけですし、どうしましょ?』
確かに向こうでは、国境線代わりとなってる湖もあるので、水上滑走も出来るホバー機能は便利かもしれない。
それにごく一部の精霊達の為だけになるが、士気向上の為にその機能を付ける程度なら、ソーフォニカのリソースを振り分けても問題にならないかも?
ただ、現状のオントスの発電用魔導タービンの排気程度では、機体を浮かせるのは難しいかなぁ……?
「その機能実現出来る可能性あるの?」
『それ程難しい事では有りません。
走行防御力は下がりますが、機体の軽量化と脚部搭載のタービンを単純な空気と魔素圧縮に使うものから、燃焼を伴うものにすればいいだけです。
常時ホバー機能を使うわけで無いなら外付けオプションにすれば良い事ですし、燃料としては液化メタンを利用すれば良い事です。』
もう既にソーフォニカの中では、設計が済んでいるらしい……。
そういえばこちらでも学園が所有する湖があったな。
それに私も水上競技部に入るとなれば、オントスに水上滑走機能は欲しいかもしれない。
「ソーフォニカ?
それ試作品出来上がったらこちらでも使ってみたいから送ってくれない?」
『そうですね。
実験台としては、そちらにデルフィナも居ますし良いんじゃないですか?』
「え?
デルフィナに!?」
『ええ、デルフィナに。』
まさか……?
嫌な予感がした私は、部屋を飛び出しデルフィナ達が『取り憑いてる筈』の馬車が駐車してる置き場へ向かう。
そして本来、デルフィナが取り憑いてる筈の馬車へ飛び乗り、入口から中へ入ると床下収納となってる扉を開けてみた。
そこには、丁度ご丁寧に『オントス』のH型一体分のスペースが空いた状態になっていた……。
そして馬車にいくら呼びかけてもデルフィナの返事は返ってこない……。
「やられた……。」
そう、よく考えれば判りきった事だったのだ。
あのデルフィナが大人しく、『馬車』だけをやっているワケが無いと……
ご近所で、あのデルフィナが関係するオカシナ噂が、広まらない事を祈り、私はトボトボと部屋への帰路についたのだった……。




