第六十三話 「裏切りな遊戯⑤」
ダブボアの町で、『蒼き矮星のララ』と私を間違えて、自称『魔に属する軍団の生き残り』による襲撃されるという、変なトラブルには私は巻き込まれた。
だが?魔剣を携え自信満々に襲ってきたそいつは、アッサリと私に倒されてしまった。
何をしたかったんだ?
コイツは……?
襲撃者である禍々しい黒鎧は、脱がせてみるとその正体はオーガ。
どうやら兜に付いてた二本の角は、元からあった角を隠す為だったらしい。
元来、オーガというのは身長三~四メートル程と聞いていたが、身長二メートルを超える程度のこいつは、小柄な方だったようだ。
それとも、オーガの中では珍しく、脳筋じゃなく魔法特化だったのだろうか?
そのせいか、人間の町であるダブボアへ侵入しても、目立たなかったようだ。
仲間らしき者も居なかったらしく、町中ではそれ以上の事は何事も無かった。
つまり、気の毒な話だが、敵討ちしてくれるような仲間を持たない『ボッチ』だったらしい。
だからこそそのぶん、兄弟が討たれた怨みが強かったのだろうか?
結局その襲撃を最後にして、以降の王都までの旅路は、拍子抜けになるほどトラブルはパッタリと止んだ。
もっとも、トラブル無しでも王都まで約四十キロ程の行程を進むのに、二日も掛かってしまった。
コレに関しては、街道でありながらも整備された道とは言い難い、不完全なインフラのせいであるから仕方ないだろう。
轍により溝が掘られたように荒れた道、見通しが悪く警戒を怠れない治安の悪さ、そしてそんな道を進む我々の疲労度の高さ……。
馬車組の我らですら何もしなくても疲労がキツイのだ。
サスペンションシステムを常備したこの馬車ですら、細かい振動を完全に消せるワケでは無いのだ。
周りの護衛騎士達の疲労はそれ以上だったろう。
それについては、彼らに頭が上がらない。
だからこそ、王都『プリムス』の門にたどり着けた時は、皆嘆息したものだったが、学園があるのは街中ではなく、郊外のさらに北東にあると、門番に知らされた時は、今度は絶望の顔になった。
なにしろ私達が入ってきた街の西門から、学園まで未だ直線距離にして十六キロはあるのだ。
しかも丘の上にあるので、坂道をエッチラオッチラと登っていかなければならない。
馬車と馬なので、私達が坂道を歩いて昇るワケではないが、馬の嘶きに疲労困憊を示すような悲壮なモノが混じり出してくるので、それを聞いているというのも、チョットした精神的な拷問だ。
実際、学園の門にたどり着き、馬車や馬を繋ぐ厩舎に皆がなんとかたどり着いた時は、御者や護衛騎士達が馬を労う姿が感動的に見えた。
しかし執事やメイド、そして従者たる私達は、未だ容易には休めない。
令嬢たるアルドンサさんと私は、学園に到着した事を『学園長』たる人物に伝え挨拶をしなければならないし、他の者は彼女の住む予定となる貴族寮へ、家具などの荷物を運び入れ整えなければならない。
彼女の入学は予め決められていた事だったので、入寮する部屋も既に決まっており、その事については何の問題も無かった。
ただし……
それ以外の事で、色々と問題が発生する事になるのだが……。
白髪混じりの、人の良さそうな顔をした学園長との面談は、何の問題も無かった。
アルドンサさんは、完璧な貴族令嬢を演じきって見せたし、従者となる私の入学についても、理路整然とした口調で認めさせた。
だが此処から問題の始まりだった。
先ず、私が住む部屋が男子寮に無いという事だ。
今年は男子の入学者が多かった為、貴族寮、平民寮共に部屋に空きが無いというのだ!
結果……私は何故か?女子の貴族寮に入れられるという変則的な事態になった!
なんでも学園側が言うには、女子寮であっても貴族寮なら警護の者も居るし、それに周りが貴族女子ならばトラブルは起きまいというのだ。
これは果たして学園ともあろう側が、認めて良い事なのだろうか?
これだけならば、私の事実上の後見であるアルドンサさんの後ろ盾が強いという事で、ある程度の納得は出来たのだろうが、だが学園側が突き付けて来た条件というのは、それだけでは無かったのだ。
曰く……。
お手洗い……即ち、トイレは女子用を使う事……。
着替え……つまり、更衣室も女子用を使う事……。
理由はいずれも「君が男子用施設を使うと、周りの男子が落ち着かず、風紀を乱す事になるから」だと……
ここまで言われて私もやっと気が付いてきた。
つまり彼らは私の事を、『何らかの事情があって男装をしている女子』として認識していたのだ!!
慌てて私は、自らの事を「私は女性では無い!この胸は大胸筋だ!!」と主張したのだが、聞き入れて貰えず、唯一の味方であるアルドンサさんも、同じ寮内に住めると色々と都合が良い事からか?
学園側に同調。
結果、私はこの学園において女子寮に住む唯一の男(学園側の認識では男装した女子)となってしまったのだ。
頭が痛い……。
ここで強行に男性である事を主張しても、「なら裸を見せて証明しろ」と言われたら、まったく立つ瀬も無い。
おまけに女子寮内での私の部屋は、よりによってアルドンサさんの隣である。
図られたような気がしないでもないが、この事も受け入れるしかない……。
結局いくらか心に蟠りを残しながらも、その日は新たに入寮が決まった部屋で就寝する事になった。
幸い、授業が始まる日数まで、あと一週間程もある。
その間に、あとのことは考えようと眠りに落ちたのだが……。
翌日の朝になって、なにやら部屋の扉を叩く者がいる。
大方アルドンサさんかお付きのメイドだろうと、警戒も無く扉を開けてしまったら……
「おお、我が心の恋人よ!」
と、如何にも『チャラ男』な男がズカズカと部屋に入り込み、私の手にキスをしてきた……。
何なのだ?コイツは?
取り敢えず、起き掛けで頭が回らなかった私は、そいつの後ろに回り込み首の後ろの襟を掴むと……
「申し訳有りませんが、私は男です。
そのような趣味も有りませんので、平にご容赦を。」
と言いながら扉の外へ放り出し、その後扉の鍵を厳重にした。
部屋の鍵を掛けてからその乱入者の正体を、アルドンサさんに言い寄っていた第二王子だと思い出したが……
あの男は私の事を、アルドンサさんに「婚約者」と説明されていた『私』だという事に気付かなかったのだろうか?
部屋を間違えたのか?わからないが、自分が口説いてる相手の顔すら忘れるようでは、アルドンサさんが絶望するのは無理無いかもしれない。
取り敢えず、寝間着から着替えて顔を洗い、身支度を終えると、隣部屋のアルドンサさんの元へ向かう。
扉越しに挨拶をし、部屋を開けてもらうと彼女も既に身支度を終えて、メイド達&フロレンティナ+ベルナルダさんとお茶を楽しんでる最中であった。
そこで、先程有った出来事を彼女達に報告したのだが……
「用心していて助かりました。」とのアルドンサさんの声。
「え?」
なんでも、彼女の話ではなんとなく嫌な予感がしたので、寮の扉横に有る入室者のプレートを、私の部屋のと交換しておいたのとの事……。
「まさか初日から堂々と女子寮へ入ってくるなんて……
用心していて良かったです。」
おいおい……。
そういった事は予め相談しといて欲しかったのだが……。
私などアイツにいきなり手にキスまでされたのだが……?
消毒薬誰か持っていないのだろうか?
「しかしアイツ余程目が悪いんじゃないか?
まったく気付かず自然に私の手にキスまでしてきたぞ?」
いわゆる精神的近視という奴だろうか?
「もしかしたら両刀遣いの可能性もあるかもしれませんね。
ゲーム内では、そのような設定は……アレ?」
「オイオイ……?
『アレ?』って何か心当たりがあるのか……?」
「いや……今思い出してみると、確かあの王子の取り巻きって美形多いのよねぇ……。
まぁそりゃ過半数が攻略キャラでもあるから当然なんだけど……。
ゲームもBL寝取られ要素デカいし……。」
そういえば彼女、主人公が慕っている攻略キャラを次から次へとBL方面へ誘い、NTRを誘発させる『自称悪役令嬢』だっけ……。
「そう言えば聞き忘れてたけど、ゲーム上ではアルドンサさんの破滅原因ってどうだったっけ?
特にあの第二王子関連の?」
「ウ~ン……色々あるけど最悪なのは、主人公と第二王子が結構良い仲まで進んだところで、卒業を祝う武闘会で、他の男と抱き合ってるのを主人公が目撃しちゃって、ヤンデレのあまり王子と間男の☓☓☓を包丁で切り取った挙げ句、それをバッグに入れて私の部屋へ押し掛けて、私と刺し違えるENDかなぁ~。
たしか彼女は陰腹を切って、そのまま王子と間男のアレ入れたバッグ抱えて、学園の池にあるボートに乗って漕ぎ出しそのまま行方不明だったかな?」
色々とツッコミどころ満載でお腹いっぱいな件……。
普通、この手の卒業式って言ったら『舞踏会』じゃないのかよ!?
それどころか卒業式の晩に『武闘会』ってアメリカングラフィティも真っ青だよ!
それに何より、『武闘会』の内容が『相撲』だったりしたらどーすんだよ!?
主人公、王子が対戦した相手全員の☓☓☓切り取っちゃうんかよ!?
だとすれば余計な犠牲者出さない為には、王子か対戦者の勝負決まり手が『突っ張り』か『ぶちかまし』の二つしか選択肢が無い件!
「いやいや、さすがに武闘会の内容『相撲』なんかじゃないから」と彼女は言ってのけたが、到底安心出来るものではない。
そもそもこの世界が乙女ゲーの世界というのも、彼女の妄想っポイし、私の聞いたゲームの内容では、この学園の名前は『インスパイア学園』だった筈なのだが、実際は『インスパイラル学園』と似て異なる名前だ。
本来の主人公である、『貧乏男爵の養子アルロラ』とは未だ出会って無いし、それどころか入学初日にぶつかる予定の『御稚児趣味したタダの変態用務員』にも出会って居ない。
そもそもそんな人物実在するのだろうか?
パン一斤を咥えられる巨大な口を持つ主人公もオカシイが、王立の名門学園なら身元調査も厳しい筈なのに、変質者が用務員として入れるというのもオカシイ?
もはや何を信じたら良いのか、わからない件。
段々と色んな意味で、私達の未来が不確定になっているなぁ……。
「ところで、今日はどう過ごす予定?
まだ始業まで日にちあるけど……。」
護衛して来た騎士達も、今日の午後には元の領地へ帰還の途につく予定だし、不足な日用品とかあれば、今のうちに買い集めておくべきだろう。
なにしろこの学園、街を望める丘の上にあるのだが、近いと思われる街の東門からも北門からも、距離はほぼ五キロを超えるのだ。
都内で言ったら電車の駅約二つ分。
それも、道はコンクリなどで舗装とかは、一切されていない。
買い物の為出掛けるにも、結構厳しい環境だったりするのである。
もしかして脱走防止かなぁ……?
貴族の子女が通って居なければ、少年院か!?と勘違いしそうな環境である。
「そう言われてもそうねぇ……
実のところ、私は万が一考えて日用品とか全部既に揃えちゃってるんだけど……
むしろそういったの必要なのはスターリング君じゃない?」
まぁ言われてみればごもっともである。
そもそも貴族が通う学園で、必要になるものなど一切判らないのだ。
取り敢えずアルドンサさんから今後必要になりそうなものを聞いて、私自身も買い物の為に街まで出掛ける事にした。
しかし、正直駅二つ分歩くのはダルい……。
結局彼女から、御者を一人と馬二匹を借り、馬車で出掛ける事にした。
勿論、取り憑かせてる精霊は、デルフィナじゃない方である。
正直、これ以上のトラブルは勘弁して欲しいからである。
稀には一人で出掛けたいところだが、フロレンティナが護衛として付いていくと主張したので、一緒に行く事とあいなった。
まぁ彼女一人程度ならトラブルの芽にならないだろうと、判断した結果でもある。
さて、初めてに人属の国の王都。
どれだけ発展しているのだろうか?
楽しみである。




