第六十二話 「裏切りな遊戯④」
正面からの、体重二百キロ近い猪と、対峙するというのは結構度胸が必要だと思う。
鼻息荒く、血走った目でコチラを睨み、いつでも突っ込めるように足踏みをしているが、あれは威圧も兼ねているんだろうなぁ。
闘猪の町、『ダブボアの町』で起こった猪集団脱走は、集まってた市民達に怪我人を続出させ、そして現在私達が、その事態の収拾に努めているワケだが……。
前回みたいに大型オントスの操縦席座って、事態が終わるのを待つだけ、なんて楽なお仕事ではなく、自らH級のオントスで相手を抑え込むなんて、怖い事に今挑戦させられてるワケで……。
対峙していた猪はこちらに向って牙をむき突っ込んできた。
どうもこちらがビビっているのを見透かされたらしい。
左腕のマニュレータに装着された盾を慌てて下に向け、突撃を防ぐ。
ガガワァアアアアンン!!
左腕部の緩衝機構が、盾から伝わってくる衝撃を緩和してくれるが、ほぼ密閉状態にあるオントスの内部には、その時の衝撃音が大きく伝わってくる。
合金化されたマグネシウムは純粋なマグネシウムに比べ、内部損失が大きく低下している為、外部からの音がガンガンと響いてくれるのでとても煩い。
この点も要改良だなと思いつつ、こちらへ対して力で抑え込もうとする猪の突進力を、こちらも同じく力で対抗する。
外部装甲+私の体重を含めれば、重量面でもこの猪程度には負けやしない。
音声入力でアイゼンと呼ばれるスパイクを、足裏から突出させる命令を出し、地面との摩擦力を上げ、パワーで猪を後ろに押し込み続ける。
さすが『闘猪』、パワーでこちらに負けてるのが判っても、後ろへ引くという思考は、最初から無いらしい。
その膠着状態が、こちらとしては有り難い。
右腕のマニュピュレータを操作するスティックを微妙に操作し、マニュピュレーターを、猪の首た辺りにの長さまで伸ばすように調節すると、その腕を上から首の後ろあたりに叩きつけてやる!!
その衝撃で、見事『雷の拳』は作動し、装着されてる電極間で百三十万ボルトの電圧を発生させた!!
電圧は可変出来るのだが、相手の体重や皮膚の厚さを考え、手加減無しの最大電圧での攻撃だ。
バチバチバチバチバチバチバチ!!
「ピギャァアアアアア!!」
ほんの数秒間の作動で、猪は悲鳴を上げて横倒しになった。
よし、やっと一匹目だ!!
最初にしてはあまりにも上手くいったので、思わず勝利の興奮を噛み締め、よっしゃ!!というポーズをとってしまったが、ふと近くを見れば、フロレンティナは既に三匹の猪を戦闘不能にし、今四匹目に掛かっているところだった……。
一匹仕留めた程度で、喜んでた自分が情けない……。
フロレンティナは何やら「お嬢様とお呼び!」とか「このブタめ!このブタめ!」とか罵倒しながら、フレキシブル・ベローズ・リムを使った電磁鞭で、猪達の尻を主に叩きまくっていた……。
なにやら彼女も、溜め込んでいる何かが有るんだろうか?
だとしたら彼女の扱いには気を付けよう。
あと、それ「ブタ」じゃなくて一応「イノシシ」だからな。
似たようなものだけど。
そんな事を続けているうちに、どうやら脱走した全ての猪を、無力化して捕まえる事が出来たようだ。
私が捕まえた猪は三匹、それに対してフロレンティナが捕まえた数は十一匹。
あまりにも、圧倒的すぎる……。
まぁ向こうの方が、パワードスーツ型のオントスの扱いが長かったという点もあるが、元々の基本設計から立ち上げた技術者である私が、ここまで圧倒的な負け方をするのは、プライド的に許せぬものがある。
今度からコッソリ、フロレンティナが見ていないところで、この機体の扱いを練習しとこうか……?
今後の予定をボーと考えながら捕まえた猪達を檻に放り込む作業をしていたのだが、いきなりフロレンティナの「危ない!!」の声が響いた。
声の方向である後ろを向くと丁度今、真っ黒で角が二本付いた鎧兜を着た人物が、これまた黒くて禍々しい装飾がついた両手剣を振り被り、私に襲いかかろうとしているところだった!!
慌てて左腕マニュピュレーターに装着された盾で、機体中央部を庇いながら、全速で機体を後退させる。
脚部サスペンション機構の反発力と魔導タービンからの排気を利用し、ホバークラフトのように低い軌道でジャンプし、斜めから振り被られた剣を避けた私は、そのまま相手の右後ろに占位する。
そしてそのまま左腕を振り回し、シールドバッシュで相手を吹っ飛ばそうとする。
だが出来なかった。
予想外にも、相手の身体の質量が大きく、オントス+私の身体の体重を持ってしても、体重差が不足していたようだ。
だが相手も、こちらの不自然な動きを見て、最初の奇襲と違い警戒をあらわにしたようだ。
先程のように、力任せに振り被るようなマネをせず、今は正眼の構えでこちらに対峙している。
相手の身体はデカい。
こちらのオントス パワードスーツ型も、身長二メートルと決して低くは無いのだが、相手はそれを更に超える。
鎧兜から剣に至るまで、禍々しい黒に金のエングレーブが施され、成金趣味丸出しか霊柩車の如き塗装が嫌らしい。
ロータスF-1チームのカラーリングを真似るなら、もうちょっと金色を抑えた上品なエングレにすべきだと思うのだが、肩口に角が生えた金色の骸骨の装飾は、さすがに下品だから止めたほうがいいと思う。
故チャップマンが見たら怒りのあまり、被っていた帽子を叩きつけ、サッカー場で大暴れしたであろう。
しかしこんな趣味の悪い格好した男が、なんで私に襲いかかってくるのだろう?
「いきなり斬り掛かって来るとは、何者ですか?
返答次第によっては容赦はしませんが。」
私も姿勢を改めて盾で半身を庇い、右腕に腰に下げておいた白兵戦用の武器、『雷鳴の斧』を構えさせる。
「知れたことよ!
此処であったが百年目……
貴様こそ我が兄弟の敵だからだ!
『蒼い矮星』の『ララ』よ!!」
よりによって人違いかよ!?
そりゃあ確かに同じオントスだし、カラーリングも似てるよ!!
だけどコッチは群青色だし向こうはもっと薄いみ空色だろ!!
というかなんでこんなところで『ララ』さんを敵と狙う相手が出るんだ?
「ちょっチョット待て。
私は『ララ』なる者ではないぞ!!
それ以前に、なんでその『ララ』さんを付け狙うんだ?」
「何を言う、そこまで似た鎧付けておいて『私ではない』と誤魔化す気か!?
片腹痛いわ!!
色だって同じだろう!!」
いやあんた色明らかに間違えてるから……
こういう輩が、信号機の青を『緑じゃないか!!』と騒ぎたてるんだろうな……。
「それじゃあなんで『蒼き矮星』こと『ララ』さんを付け狙うんだ?」
「それはな!
忘れもしない、我が兄が集めた軍団をもって、人属の街を襲おうと、ダンミアの森に作った拠点へ集まっていた時だ。
我らが精鋭を伴い、いよいよ人属の捕虜を生贄に、我らが神の眷属を呼び出そうとしていたあの時だ!
貴様らが我が拠点に襲いかかってきたのは!!」
なんと!?
あの時の生き残りだったのか!?
でもあの時は、私は中に突入しないで外でOG級オントス乗って留守番させられてただけなんだが……
「貴様はあの時、首領である我が兄に一騎打ちを挑むよう、突っ込んできた!
だがそれが罠だった!!
一騎打ちに応じようと我が兄が、我らが神から授かった魔武器、『豪炎の杖』をそちらへ向けようとした時、いきなり兄者の頭が無くなった!!」
ああ……そういう事か……。
要するに『ララ』さんが陽動として突っ込んでいったその隙に、誰かは知らないがレールガンで狙撃しちゃったという事なのね。
でもそれでいったら『ララ』さん悪くないような気が……
「我々、魔の武人にとっては、戦いに横槍を入れるという行為は、最も許されざる行為なのだ!
よって貴様には死んで貰う!!」
「……いや、明らかに人違いだし、おまけにアンタの兄とやら倒したの『ララ』さんですら無いし、試合とかと違って戦争中横槍とか言われても、それ戦術であって『ララ』さんが文句言われる筋合い無いのでは……?
あとついでに言えば、戦闘員たる冒険者や兵士だけならしも、民間人たる旅商人まで戦争に巻き込んで、生贄にしようとする時点で、もはや同情の余地が無く感じるんだが……。」
「所詮、人属など我らの餌!
それを神々への贄へ使う事の何が悪い!?
貴様ら邪教徒たる人属など、いつかはこの世界から我々が全て駆逐する害獣にすぎん!!
それを生かそうが殺そうが何が悪い!?」
そのセリフを聞いたとたん、どうやら私の頭もプッツンきたらしい。
どうもこういう俺様的被害者意識の塊みたいなのを見ると、前世の仕事での相手とのやり取り思い出して、頭に血がのぼったようだ……。
「なるほどそうか!?
なら私は人属では無いからこの場でお前を叩き殺して良いんだな!?
私にとってお前らは餌……には不味いそうだが、畑の肥料ぐらいにはしてやれるぞ!!
それからついでに我が神、『ニコラ・テスラ』様を邪教呼ばわりするのは許さん!!」
「なに!!
貴様、人属じゃないだと!?」
私は右腕のマニュピュレーターを最大まで伸ばし、横薙ぎに『雷鳴の斧』を叩きつけようとする!
当然ながら奴はその一撃を、あの怪しい黒光りする両手剣で受け止めようとするが、それこそ私が狙っていた事だ!!
『雷鳴の斧』が奴の剣に触れる一瞬、その場に高電圧のプラズマが発生し、奴の持った黒い剣を半ば溶解させ爆砕させた!!
「うぉおおお!?」
奴は私の腕が伸びてきた事、そして自信をもって受け止めようとした剣が、目の前で砕け散ったのを見て驚いたようだが、もう遅い!!
剣を両断した私の斧はそのまま奴の胸に突き刺さる!!
そして再び白色の閃光を生み出し……
次の瞬間には、奴の胸の装甲から肉までが細かい破片となり弾け飛び、胸から上と胴がかろうじて鎧の後ろ側で繋がっているような状態になり、その場で倒れたのだった。
「そ、そんな……我らが戦神から賜った魔剣が……一瞬で割れるなんて……」
なにやらそんな凄い剣だったのか……
なにか禍々しい気配を感じる剣ではあったけど、どうやら圧倒的な物理の前では、魔法なぞ大した障害にならなかった件。(当然!)
どうせ向こうはいくら『魔剣』とか自慢しても、精々『青銅器』文化レベル。
ワケわからない因縁付けてくる暇あったら、ニコラ・テスラ様に帰依し、もっと電気様を敬うべき。
勿論交流をね!!
「ところで良い気分になってるとこすみませんがスターリング様。」
フロレンティナが苦い顔をして聞いてくる。
「相手殺しちゃったら、なんでコイツがここに居るかとか聞けないので、困るんじゃありませんか?」
「あ……。」
どうやら私も、今ここで倒れてる『奴』の事を言えないらしい……。
やっぱ色々あってストレスが溜まって居るのかもしれない。




