第六十一話 「裏切りな遊戯③」
町に入ったら阿鼻叫喚だった。
比喩ではなく、本当の事だ。
スペインに『サン・フェルミン祭』という祭りがある。
通称、『牛追い祭り』と呼ばれる奇祭で、早い話が六頭の闘牛の前を市民が走って逃げるというものだが、私達の目の前で展開されてる光景は、まさにそれだった。
ただし、追っかけてるのは牛じゃなく猪だったが……
「この町では、お祭りとして猪に追い掛けられる風習でもあるのかい?」
手近に居た衛士に話しかけたが返ってきた答えは。
「そんなワケないだろ!!
先程のデカい落雷で、闘技場に運ばれる途中の闘猪がビックリして暴れだし、脱走したんだよ!!
いまは逃げてる市民が二十人程牙で突かれて負傷して大騒ぎだ。」
私達は顔面蒼白になった。
『先程のデカい落雷』というのに、我々としては、心当たりが有りまくり過ぎた。
「ヤバイね、コレ。」
「うん。」
市民に負傷者を続出させてる猪ではあるが、一応持ち主も居る事だし、ヘタに殺してしまっては、多額の損害賠償請求もされかねない。
そして、電撃魔法で痺れさせて捕まえるという手段をとろうにも、既に『雷鳴の杖』は、失われてしまったのだ。
近接用の電撃装備なら、一応『雷の拳』という武器も、あるにはある。
形状は手に嵌めた手袋型だが、拳側でも手のひら側でも、触れたものに対して最大百三十万ボルトの電圧で相手を制圧する、一種のスタンガンだ。
ただ、これは本来は護身用であり、使用するなら当然の事ながら、相手に触れなければならない。
そう、今回のような体重百キロ超えの、猪に相手に近付いて触れなければならないのだ。
こ……これはさすがに無理ぃぃいいい!と思った。
だが、フロレンティナからは悪魔の誘いが来た……
「丁度いい機会です。
スターリング様。
ソーフォニカ様から持たせて頂いた、スターリング様用のオントスのテストも兼ねる意味で、それを使って制圧してみてはどうでしょう?」
「私用のオントス?」
なんでもフロレンティナの話では、今回行く予定のインスパイラル学園の授業では、騎士になる為の授業もあり、鎧兜も用意しなければならなかったそうな。
そこでソーフォニカは、オントスの一騎を私が着る為のパワードスーツとして仕立て上げ、荷物として馬車に積んでるとか……
「そんなの聞いてないよ!?」
「本来なら向こうでスターリング様に見せ、驚かして喜ばそうと思ってたのですが、まぁ多少デビューが早まってしまったのは仕方ありません。
私用のオントスもありますし、二騎でかかればそれ程長い時間を掛けず、脱走した猪共を制圧する事も可能でしょう。
やってみましょうよ!!」
なにやらフロレンティナは乗り気だ……。
先程の騒動で、暴れ足りなかったのだろうか?
「でもフロレンティナ用のオントスには『雷の拳』のような電撃武器は無いのでは?」
「その点も大丈夫です。
私の機体にもテスト的にですが、この間スターリング様が開発した、その手の電撃武器も装備されてますよ?」
仕方ない……
まぁこの騒動の原因の一つは、完全にコチラ側にもあるからなぁ……。
止む無く私はフロレンティナに促され、私用に調整されたというオントスのパワードスーツ型を装着する事になった。
フロレンティナも同じように、あのピンクの花柄の目立つ奴を装着し始めた。
そこで初めて見せられた私専用のオントスは、従来である『オントスα』のH型とは色々と違っていた。
カラーリングは、私の趣味を反映したのかラピスラズリのような群青色で、左腕には盾も装着され、右腕には馬上槍のようなランスが装備されていた……。
なんだこりゃ!?
このガチガチな近接装備って何!?
「向こうの学園では騎士の授業も有ると言ったじゃないですか?
ジョストやテントペギングの授業も有るので、必然的にそれらの装備も標準搭載にしたのですよ。」
ジョストにテントペギング!?
あれってお互い馬に乗って、すれ違いざまランスでド付き合うアレだろう!?
テントペギングは確か、突っ立ってる目標を馬上からランスや戦斧やハンマーで倒す、流鏑馬みたいな競技だと思ったが……。
そんなのまで授業の中に有るのか!?
「えーと……、嬉しいんだけど、このオントス装備で乗っても潰れない馬が無ければ、それらの授業って参加無理なんでは……?」
「その点も大丈夫!
今頃ソーフォニカ様は、その対策用の馬型ロボ……ちがったオントスも開発中ですよ。
その手の授業が始まるまでには間に合う筈です。
因みに乗り憑く予定になる精霊はおそらくデルフィナになる予定!」
「ええええ!?
私なの!?」
箱馬車が何やら抗議の声をあげている……。
「ハイハイ、判ったよ。
その馬型オントスには、尻を鞭で叩くと痛みが伝わる機能も実装しといてくれと、ソーフォニカに伝えてくれ。」
「はい、その機能は最初から既に実装済みと聞いています。
でなければデルフィナを最初から使う意味ありませんから。」
笑顔で答えるフロレンティナが何やら黒い……。
「ナニソレ!?
というかその機能って私の為だけに付けるって事なの!?
本気でその機能っているの!?」
デルフィナが煩く抗議してくるが当然無視される。
周りの護衛騎士がなんとも言えない顔で、声をあげて泣きながら抗議する箱馬車を見てるが、あれは決して同情なんかの目ではあるまい。
「しょうがない。
フロレンティナ、取り敢えず私のオントスのセットアップを手伝ってくれ。
このタイプは私も初めて使うんで、未知の部分も多いんだ。」
「大丈夫です。
従来の取り憑くタイプのオントスと使い方は殆ど違いありません。
カメラモードの切り替えとか、操作の一部を音声入力で行う必要もありますが、直ぐ慣れちゃいます!
多少操作ミスったところで、この重装甲です。
たかだか猪の牙ごときに、負ける装甲じゃありませんよ。
それにこのオントスは、魔導タービンも高効率の新型を搭載しているので、パワーだけなら従来型オントスと充分タメをハレます。
スターリング様ならできますよ!」
なにやらフロレンティナに色々と煽てられながら、あっという間にセットアップは終わってしまった。
視界が高くなり、自分が身長二メートルの巨人になった気分を味わいながら、取り敢えず一歩一歩と歩いてみる。
反応の遅れも少ないし、確かにフロレンティナの言うとおり、それ程違和感は無さそうだ。
今回は相手を捕まえて痺れさせるだけなので、右手に装着されたランスをパージさせた。
そしてその代わりに『雷の拳』を右手にあたるマジックハンドに装着させる。
「電気が逆流して壊れないかなぁ?
これ。」
「大丈夫でしょう。
内部の電装関係とは、外部装甲とは絶縁してあった筈ですし、私もコレを立派に使えてますしね。」
フロレンティナのオントスの右手には、以前私が装備を提唱してボツになった筈の、触手……。
ならぬ、フレキシブル・ベローズ・リムを使った電磁鞭が装備されていた。
それお前も使う事に決めたのか……。
皆の間ではあんなに評判悪かったのに……。
「単純にマニュピュレーターとしては、操作性に難点もありますが、圧電素子を使った電撃装備は対人戦で、相手を殺さず無力化する事も出来ますし、有用と判断して私も装備したんですよ。
ララちゃんとお揃いってのも面白いかなぁ~なんてね。」
『青き矮星』の二つ名を自称してた、『ララ』ちゃんが嫌がる顔が目に浮かぶのは何故だろう?
「さぁ!
それじゃスターリング様、猪狩りを楽しみましょう!」
いや楽しみに行くんじゃなくて、襲われてる人を助けに行くんだが……
心でツッコミを入れながら、オントスを着込んだ私とフロレンティナは、喧騒の中へ飛び込んでいった。




