第五話 「聖者が街で殺ってきた⑤」
「…………起きてくださ……い。スターリンさーん。」
小声で揺り起こそうとする女神官さんの手の感触で、未だ暗いなか私は目を醒ました。
「名前から『ング』が抜けてますよ神官さん。私ゃ紅い独裁者じゃありませんよ……アホウドリの方です……。zzzzz」
「何ワケの判らない事言ってるんですか貴方は……?それより早く起きて下さい。」
毛布を剥ぎ取られた。
「はっ!ま……まさか長きに渡る、神に仕える禁欲生活に耐えきれず、もうこの程度でいいかと夜這いに!?……」
「何ふざけた事言ってるんですか!そんなんじゃありません、とにかく大変な事なんです!このままじゃ貴方たち連れ去られちゃいますよ!!」
「……」
「何、若干残念そうな顔してるんですか……?」
なにやら神官さんの慌てぶりや、『連れ去り』などという不穏な言葉で、なんとか只事ではないと察した私は、今度はマジメに話を聞いてみたのだが……
その話を総合すると、先程彼女が所属する教会の、教区長なるお偉い人がやって来て、俺が背負ってきたエルフの女兵士を『あれは貴重な聖体だ!』とか言い出し、引き渡すよう要請して来たそうな。
その時は「今は忙しいので後日に……」という事で一旦は帰ってもらったが、今度は人を引き連れてまた来るだろうからと、その前に此処から逃げた方が良いというのだ。
……はっきり言ってワケが判らん。
先ず、『聖体』なるものがなんなのか良く判らないし、教会の上の方が何故それを連れて行こうとしているのかも判らん。
そして連れて行かれた先でどんな目にあわされるのかもサッパリ判らない。
それ以前に『なんでエルフを背負って来た私』までなぜ逃げなきゃならないんだろうか?
だが、目の前に居る女神官は捕まる前に逃げるべきという事を、ごく当たり前の常識と捉えているらしく、修羅のごとき血走った目で私に勧めてくる。
確かに、ここで先程の上記の疑問を女神官さんにぐだぐだ質問などしていたら、この世界での私の常識の欠如を問われ、そこから私の正体が露見。
事態は更に悪化なんてパターンにもありえる。
時間にも余裕も無さそうであるし、私に出来る事は、「わー!それゃー大変だ!?どーしよー!?」という大いに驚愕し慌てる演技をして、急いで荷物をまとめ此処から逃げる支度を進めるぐらいしか無いだろう。
……大根役者でスマナイ……。
まだ夜の帳が明け切らぬうち、荷物を抱え未だ意識が目覚めないというエルフの女兵士を背負った私は、女神官さんに用意して貰ったデカめのマントで姿を隠し、教会を後にする。
出かける前、女神官さんに「手っ取り早く身を隠すには何処へ行ったらいいか」助言を求めたら、廃鉱山の入り口がこの街の北側にあるので、其処でしばらく身を隠してほとぼりが冷めてから街の外に出るか、もしくは鉱山の地下通路から直接街の外へ出て逃げるがいいと教えて貰った。
シンと冷える未だ昏い中、飯場街のような町並みを出来る限り暗がりから暗がりへと見を隠しながら、女神官に教えて貰った北の方角を目指すのだが、不安しか感じられないのは何故だろう?
そしてその不安が的中するかのように、神殿から数百メートルも行かないうちに、笛のような音が街中に響き渡ったりする。
ああ、これはアレだな。
時代劇の目明しが捕物で使う呼子笛と一緒だな。
それを証明するかのよう、手にそれぞれ得物を持ったこの世界の僧衣と思われるものを着た一団が、後ろから迫ってきた。
なぜ逃げがバレたのか?そんな事は今考える事ではないだろう。
幾つかの建物と建物の隙間を抜け、追手を撒こうとジグザクに走っていたら、出会い頭に僧衣を着てメイスを持った男に正面衝突だ。
背中に背負ったエルフの重量を合わせた質量差で、こちらはたたらを踏む程度で持ち堪えたが、相手は仰向けにひっくり返った。
機会を逃さず、倒れた相手の横を走り抜け先を急ごうとしたが、私の前髪を掠めて近くの建物の壁に飛んできた何かが突き刺さる!!
飛んできたのは、金色に輝くメイスだ。
本物の金じゃなく真鍮か何かだろうが、壁に突き刺さる程の質量を持っているという事は、頭に当たれば充分死ねる。
坊主のくせにトンデモな殺傷力の武器振回すな!!
昔やってたテーブルトークRPGで、イギリスからやって来た変な外人GMから「神官ハ血ガ出ル武器嫌イマース。ダカラ、めいすヤふれいる使ウデース。」と怪しげな日本語で説明されたが絶対ウソだ。
充分血が出るし殺す気マンマンじゃねーかぁ!!(泣)
とりあえず第二第三のメイスが飛んでくる前にと、その場を走り出すが、派手な音を立ててメイスが壁に刺さったせいか、追手と思われる足音が、みな此方に向かっ来た。
そっからは無我夢中だ。
碁盤の目のように立ち並ぶ建物の隙間という隙間を、とにかくランダムにジグザク走って逃げる。
音をたてずになんて到底無理!
私は忍者ではないのだ。
勿論先祖にもそんな奴は居ない。
昔は武田の武将だったなんて話も聞くが、子孫の俺は槍どころか剣道ひとつやったことすら無い。
異世界トリップなんだから、中二病のように秘められた力のひとつでも発現して欲しいところだが、そういった兆しは何一つ現れてくれそうに無い。
幾つめかの枝道を抜け、ようやく廃坑らしき入り口が視えると、私は躊躇せず駆け込んだ。
仄暗い緑色の光が揺れている坑道の奥に、何が待ち構えてるかなどとは、まったく考えずに……




