第五十七話 「復讐のメロドラマ⑧」
『セント・オネット』の町のミーナ・ゴローズ教会有する神殿。
その食堂には、男女含め三十人程の人々が嘔吐し倒れて横たわっている。
そしてその光景を、狂気の笑み浮かべて見下ろす三人の人物。
「どうやら成功したようですね。兄様」
「うむ、今まで何度も失敗し煮え湯を飲まされてきたが、此処に至ってやっと成功したようだな。」
「教区長も人が悪いですなぁ。
町の外で襲撃を繰り返して、やっと町へ入って安心したところで、毒を使うとは……
まぁお陰でこちらも、あの神童と称されたアルドンサを手に入れられるワケですからねぇ。
今まで彼女を手に入れようと失敗して、生じた損害もバカにならないですし、しまいには王国からも監視対象にされ、私もヤキモキしておりましたよ。」
「損害といえば、我々も決して低くはない損害を被っているぞ。
特に貴重な神殿騎士数十名が、奴らの操る雷に貫かれ重症を負っている。
買収した町の門番から引き取った者も含めて、殆どは今後使い物にならないだろうな。」
「でも兄様、これであの忌々しい『ベルナルダ』から女神から与えられた『アダマント』を取り上げられれば、私の神殿の隆盛は疑い無しです!
生じた損害の穴埋めは、奴らが乗ってきた馬車が高く売れそうですよ。
あの馬が無くとも走れるなんて、どういった仕掛けだかは判りませんが、好事家から他の貴族……場合によっては王族にすら食い込む手土産に充分なれます。」
「いや、あの馬車は私が頂く。
そちらはあの女の身体から女神から賜るという幻の宝石、『アダマント』を取り出せれば充分なのだろう?
こちらとしても危ない橋を渡ったのだ。
あの馬車の一台でも王家に連なるものへ賂として引き渡し、それなりの便宜を図って貰い、見の安全を保証してもらわねばこちらも困る。」
「大丈夫なのですかな?
あの女には王家の第二王子がゾッコンだという話ですが?
こちらも手を出しにくかったのも、あの第二王子の手の者がコッソリと護衛に付いてたという話だが?」
「あのマヌケな王子か?
はっはっはっはっ!!
当人は彼女が襲われてる現場に颯爽と現れて、良いところを見せようとしてたようだが、彼女の動きが早すぎて、出番を尽く失っていたようだったな?
だがあの才女は王家のボンクラ王子などには勿体ない。
私にこそ相応しい。」
「あの馬車は三台ある。
取り敢えず一人に一台づつ分け合えばよかろう。
あの美しい塗装を剥がさねばならぬのが勿体ないが。」
「何を言う!
お前達には女神からの奇跡、『アダマント』があるだろう!?
手に入れ身体に埋め込めば、女神からのギフトの力をその身に宿す事が出来るという幻の宝石が!
そもそもお前たちが、女神からのギフトを与えられなかったからこそ、このような計画に私が手を貸す事になったのだろう!?」
「貴方こそ、ホドミンの領主の貴族令嬢なんぞに懸想したりして、王家に目を付けられたりするから、我々が手を貸す事になったのでしょう?
それなりに我々も正当な報酬を頂きたい。
こちらも決して低くはない損害を被っているのだ。」
「それを言うなら私も同じだ!
我が領の貴重な私兵、特に永きに私に仕えてくれたアデマーまでもが、ホドミンの町の牢に捕らえられたままなのだぞ!
彼らが犯罪奴隷として売られるか処刑台の露と消える前に、なんとしても彼らを賂でも何でも使って救わねばならぬ。
襲撃の為雇った盗賊連中やならず者達はどうでもよいがな!」
連中がわざわざ自ら悪事を公言してくれてる間、いい加減倒れたフリを続けるのが面倒になってきた……。
なんで悪人っていうのは、事が成ったと思ったらその場で、ワザワザ説明ゼリフとして自らの悪事の自白を始めるのだろう?
そんな事をワザワザしているから高橋英樹や松平健に斬り殺されるのだ。
アルドンサさんは笑いを堪えるのがそろそろ限界になっているようだし、ベルナルダさんの方は怒り心頭のあまり、そろそろ頭から湯気が立ちそうだ。
しょうがない……
ここらで私が立つか……。
たしかセリフは……「一つ一夜の生き血をすすり、二つ不埒な百姓三昧、三つ……」あれ?三つめが浮かばない!?
「三つ ぴょこぴょこミピョコピョコ……」だったっけ!?
そもそも全体のセリフが何処か微妙に違うような……!?
そんな事を考えながら、護衛騎士も含めて皆毒で倒れたフリを続けていたのだが、そこへいきなり神殿の壁が轟音と共に吹っ飛んだ!!
「「「なっなんだ!?」」」
三悪人が驚き、同じセリフを吐いているが、コッチが聞きたい。
崩れた壁の、瓦礫と化した粉塵が漂い視界が効かぬなか。
「話は聞かせて貰ったわよ!!」
と自慢げな声が……この声はたしか……
「「「何者だお前は!?」」」
だからお前たち三悪人は何故セリフまでハモるんだ?
神殿内の粉塵が段々と収まり、壁をぶち破ってその姿を現したそれは……
馬車だった。
それも馬を外された姿で。
「「「何故馬車がこんなところへ!?
おまけに声もあげたぞ!?」」」
ああ……これはデルフィナだな。
こういう悪ノリするのはいつもアイツなんだ。
きっと暫くしたら、この周辺で『怪奇!神殿を襲う無人馬車の恐怖』とかいって、都市伝説の一つになるんだろうな。
あーもう勝手にしてくれ!
「「「ば、馬車が喋るワケが無い!
大方中に人が潜んでいるんだろう!?
皆の者、であえであえ!!
曲者だー!!」」」
その声を聞いて現れる、神殿付らしき三十人程の重装の神殿騎士達。
それぞれがフレイルやらメイスで武装している。
これはマズイ!
止む無く私は死んだフリを解き、周りで同じように倒れたフリをした皆に呼びかけた!!
「皆!!巻き添えをくわないように急いで逃げろぉおおお!!」
ガッテン承知とばかりにアルドンサさんを中心に、フロアに倒れたフリをしていたベルナルダさんや護衛騎士、お付きのメイドに至るまで皆、一斉に起き出し逃げ出した!!
三悪人他、神殿騎士達も何が起こったか判らず慌てている状態だ。
「たかだか人間風情が我ら『箱馬車三人衆』に敵うと思うな!
喰らえ、マジカルサウンドシャワー!!」
箱馬車の側面についていた蓋が開き、そこから何やら細身のマジックハンドのようなもの伸びてきた。
その手には、なにやらパイプが連結された太めの機関銃のようなものが持たされ、そこから何か茶色の塊のようなものが……。
ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!
機関銃のように連射されだした!!
その茶色の弾丸(?)を食らったものは、その場所に弾けた弾丸の茶色い痕を残したながら、その威力で吹っ飛ばされ続ける。
周辺には臭~い匂いが立ち込め始め、こりゃあ堪らんと皆出口を求めて殺到するが……。
勿論、三悪人とその一味は逃げる事を許されず、ドカ!ドカ!と更に臭い弾丸を喰らい続ける!
必死の思いで神殿の食堂から逃げ出した私達は、神殿の中庭でなんとか人心地付き、呼吸を整えようとしている。
外から見ると、神殿の壁は三箇所に大穴が開けられ、箱馬車三台ともがそこから中に向って、機関銃のように臭くて茶色い塊を放ち続けている。
「あの臭い機関銃モドキはなんなの!?」
私の問いに即、フロレンティナは応じた。
「あれはどうやら、『馬糞』をメタンガスの燃焼時に発生するガス圧を使って発射する、機関銃のようなもののようですねぇ。」
「何故そんなものが!?」
「ソーフォニカ様は完璧主義者ですからねぇ。
馬車を牽く馬達がそこらに糞を撒き散らすのを、『不潔だし周りの人々への迷惑』と考えて、回収する事を考えたのでしょう。
それがあのマジックハンドのようです。
まさかそれを、あんなふうに弾丸に出来る武器まで搭載されてるとは、思いませんでしたが……。」
なんつー恐ろし武器だ……。
馬糞とはいえ、大きさは野球のボール程あるし、当たった連中の吹っ飛び方から初速も時速百キロ以上出ているだろう。
あれでは、いくら鎧兜をしてようが、衝撃はガンガン加わるし、何より汚物による臭い匂いが堪らない……。
取り敢えず逃げ出した私達は、町を守護する官吏達を呼んで事情を説明し、全員を捕縛してもらった。
気の毒なのは、連中を捕らえる為に集められた衛兵達だ。
馬糞まみれの神殿の中を、これまた色々な汚物にまみれた三悪人+神殿騎士連中を捕らえなければならないのだから……。
三悪人が原因とはいえ、女神ミーナ・ゴローズ様もお怒りだろう。
天罰が恐ろしい……。
捕らえられた三悪人の正体は、なんとなく判っていたのだけれど、『コンウォールの街の教区長』と『その弟』。
あの、『ベルナルダ』さんから神殿を奪った二人組である。
どうやらあの二人、教会にとってドル箱的になっていた、ベルナルダさんの神殿を奪ったはよいが、神殿の管理者となった教区長の弟さんが『癒やしのギフト』を持っていなかった為に、段々と信者が遠のき閑古鳥が鳴く状態になっていたらしい。
おまけに兄である教区長も、助けようにもギフトを授かっていない為に、このような暴挙に及んだそうな。
なんでも、神々からギフトを貰ったものは、身体の内にギフトを行使出来る力の源、『アダマント』と呼ばれる宝石が出来ると信じられているらしい。(事実かどうかは不明。)
それを取り出し、自らの身に埋め込めばまったく同じ力を、得ることが出来ると信じて『ベルナルダ』さんを誘拐しようと企んだそうな。
もう一人の方は、何処かで視た?と思ったら、あのホドミンの街で錬金屋を営む『コンチェッタ』さんに、「愛人になれ。」と嫌がらせを続け、その度に毒の吹き矢で倒され、身ぐるみ剥がされたりしていた『隣街の太っちょ貴族』であった。
アルドンサさんの話によれば、ホドミンの街から南東の方角にある『ロストウェッジ』という街周辺を治める貴族だそうな。
領地の規模はアルドンサさんの実家と同じ程度だが、街の規模はホドミンの方がデカい事を前から苦々しく思っていたらしく、これまでも度々嫌がらせしていたらしい。
どうやら奴も、ホドミンの街の発展は、令嬢のアルドンサさんによるものと目星を付けていたらしい。
何度かアルドンサさんの実家に、彼女との婚約を申し込んでいたそうだが、彼女を猫っ可愛がりする両親は当然の如くそれを拒絶!
それならば力尽くでと、行動を起こすが偶然にも通りがかった、私の為に失敗。
それどころか、ホドミンの街のギルド長に、「王国から目を付けられているらしい」事を告げられ、八方ふさがりに。
そこへもってきて、王都から第二王子が飛行船で彼女へプロポーズにやって来た件を知らされ、それが原因でどうやら拗らせたらしい。
いわゆる、当初は領地発展の為の頭脳にとか思っていたら、相手が手が届かない存在になりかけたとたん、今度は彼女に対する執着が異常な愛情に転化。
そこへ持ってきて教会の悪兄弟二人に、「この時期、王国の学園に通う為出発する貴族の子弟達に、行方不明になる者が続出するんですよねぇ?」と話を持ち掛けられ、協力する事に……。
なんつーか、宗教社会と貴族社会って恐ろしい……。
さて、そこで何故私達が、彼らに仕掛けられた毒入りの食事というワナに掛からなかったかというと……。
実は、アルドンサさんに言わせると、「これイベントだから。」だそうである……。
ホントかよ!?
何でも、彼女の言う『乙女ゲーの世界』では、このイベントが発生し、周りの従者達や古くから仕える護衛騎士達が死んだ事で、ショックのあまり彼女は闇落ちし、強度な人間不信な人物となり、裏で暗躍する真の悪役令嬢に転化するのだそうだ。(オイオイ。)
その事が判っていたからこそ彼女は、全員分の食事を安全な材料から集めるのから、調理に至るまで私にコッソリとやらせていたというワケである。
因みに、調理に関してはデルフィナが取り憑いている馬車に牽引していた炊事車、通称『ストーブ砲』を使った。
これは、約百人分の食事を、『無煙』で作れるという画期的な車両で、小さいながらも魔導タービンによる発電機を備え、それを用いて炊飯からパン焼き、スープにシチューまで作れるという便利なものなのだ。
魔素の少ない地域で使う事も想定し、メタンガスのボンベも搭載しており、勿論、無煙である事さえ諦めれば、薪から炭、石炭までなんでもござれで使えるよう出来ている。(あまり言いたくは無いが、乾燥させた牛糞まで燃料に使える……。)
元々はアルドンサさんに貰った土地での、農地開拓の秘密兵器として開発したものだったが、よい機会だったので試作品をそのまま持ってきたのだ。
これを使って作った食事と、教会から出された食事をすり替え、皆に予め状況を説明しておいて、倒れたフリをして貰ったというのが、この大捕物に繋がったというワケである。
更に、連中が倒れた私達の前でベラベラと喋った悪事は、漏れなくアルドンサさんが保有していた、『記録の魔法石』とかいうアイテムで、しっかりと録画されてしまった。(この世界、値段が高くて貴族しか買えるものでは無いが、そういった魔法アイテムがあるそうな。)
問題は……
一件落着した私達が、泊まるべき場所が存在しなくなってしまった事だ。
ミーナ・ゴローズ教会は糞まみれ。
他の教会も、糞激による神の怒りを恐れて、やんわりと泊める事を断ってきた。
デルフィナめぇ……。
やり過ぎたデルフィナへの怒りを胸に秘め(当人は能天気に私凄いでしょ!とか自慢している。)、私達は止む無く、町の外での野宿を強行させられたのだった……。
誰だぁ!?
この人選にデルフィナを選んだ奴はぁああああ!?




