第五十六話 「復讐のメロドラマ⑦」
『セント・オネット』の町は、宗教の町である。
一歩、門を潜れば何処もかしこも聖堂特有の、尖った屋根がそこらじゅうに見られる。
屋根の天辺にはどの宗教かを示す、シンボルが大抵飾ってあるので、巡礼に来た人は上を見てればどの方向へ行けばよいか判るという仕掛けである。
街中は、巡礼者向けの土産物を売る露天で溢れ、一見すると平和そうにみえる。
こんな風景を見せられると、ここからほんの北西に二十キロ先で、『魔に属する軍団』との間で、小競り合いが続いているなんて思えなくなる。
それとも、神々同士のゲーム上の取り決めで、宗教施設に対する攻撃はルール違反扱いとされ、禁止されてるのだろうか?
時折、今回一緒の馬車に乗ってきたミナゴロシ教(もはや言い直すのが面倒になった。)神官の『ベルナルダ』さんは、「異教徒め……」とか「背教徒め!」とか、なにやら怖い言葉を呟いている。
特に、アベックの巡礼者に対して。
「そういえば、スターリング様が信仰している、『ニコラ・テスラ教』ってこの地には教会施設って無いんですか?」
ベルナルダさんが聞いてきた。
それを聞いたアルドンサさんは、必死で笑いを堪らえようとしている……。
いいんだよ!!
その場のノリで付けた名前なんだから!!
「残念ながら神ニコラ・テスラ様は、その偉大さゆえに対立宗派であるエジソン教徒に邪教と蔑まされ、長らく表立って信仰する事が許されなかったのです。」
「そ、そうなんですか……?」
「そうです!
偉大なるニコラ・テスラ様は、『交流電流』なる素晴らしいモノを発明し、人々に貢献しようとしたのです。
だが対立した邪神エジソンは、罪人処刑用に『電気椅子』なるものを造り上げ、愚民達に『見よ!ニコラ・テスラはこのような危険なモノが作れる交流電流』を広げようとしている!!』と煽動したのです。(嘘みたいだが本当。)」
「え、えーと……
こうりゅうでんりゅうとか良く判らないのですが……
とにかく苦難の道を歩かれた方なのですね?」
「そうです。
あの邪神エジソンの為、人類の発展はそれが原因となり十年は遅れたと言われている程です。
そのせいで私のような、テスラ様の熱心な信者は、地下に潜みヒッソリと信仰を続け、電化生活という名の王道楽土建設の為に、日夜エジソン教徒とアクと戦い、見付け次第、天罰の稲妻を落としているのです。」
「ま、まぁなんて素晴らしいのかしら。
さすがはスターリング様。
先程の盗賊達への件といい、テスラ様の教義を守ってらっしゃるのですね!?」
純真なベルナルダさんは、キラキラと目を輝かせ、私を尊敬の目で見つめてくれた。
その隣ではアルドンサさんが真っ赤な顔を下に向け、「か、雷って直流じゃん……」とか小さくツッコミをいれてくれてるが、余計な事を言わないで欲しい。
こちらも結婚(させられる件)が掛かっているので、必死なのだ。
さすがの私でも相手がいくら美人だろうと、とにかく『ヤンデレ』は怖いのだ。
場合によっては、クリスマスの日に包丁で刺されたり、首を切られてボストンバッグに詰められてナイスボートされ、再び別の世界へ強制的に異世界転生されちゃうかもしれないのだ。
せっかく異世界来て勝ち組になれそうなのに、こんな事でリタイヤは嫌である。
嗚呼……ミーナ・ゴローズ様、信徒じゃありませんが、なにとぞ私をお救いください。
気のせいか頭の中に『無理!!』の声が響いたような気もするが、きっと気のせいだろう。
そう!
もうそう決めた!!
「ところで、今日はこの町で宿泊する予定なんですか?
泊まる宿とかは決まっているんですか?」
アルドンサさんに聞いてみる。
「ええ、予想外に逃げられた馬を集めるのに時間も掛かってしまいましたし、宿の件も予めミーナ・ゴローズ教会に話を通してありましたから。」
そうか……
あの土遁の術使って馬を逃した連中め……。
あいつらのせいで、逃げられた馬を探し集めるのに、余計な時間を掛けさせられたからなぁ
ただ、何故か?
集められた馬数えたら、元の数より増えていた。
しかも二匹も……。
馬ってそんなに簡単に増えるものなのだろうか!?
「あれは野生馬でしょう。
逃げた馬に雌が何頭か混じってたので、その色香に惹かれておそらく……」
雄というのも悲しい生き物だなぁ……
こんな事で、野生の自由な生活から家畜への道へ転落なんて……。
「ところでスターリングさん。
宿泊先の件で、ちょっとしたお願いがあるのですが。」
「はい?」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そのアルドンサさんに頼まれた『お願い』というのが厄介だった。
だが、そのお願いとやらを私が聞かなければ、更に厄介な事態になるという。
まぁ言ってしまえばアルドンサさんの懸案が見事に的中したのだ。
その日は宿として、この町のミーナ・ゴローズ教会の神殿に泊まる為に向った。
馬車や馬も教会施設に置かせて貰い。
食事代や、馬の食事や馬車の駐車料金(?)も含めて、結構な喜捨を払った筈である。
神殿の責任者は男性で、細面でやや怜悧なイメージがあるイケメンで、何故かやや気になるところがあった。
しかも、何故か会った時にベルナルダさんも、僅かながらも警戒したような顔を、一瞬ながら見せたのだ。
そして……
教会で出されたやや遅い夕食の後、それから三時間もしないうちに、その事態は起きたのだ。
そう、本日三度目の襲撃が。




