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第五十五話 「復讐のメロドラマ⑥」


 割とスムーズな動きで馬車隊は進んでいく。


 ソーフォニカはこの世界で出来うる範囲で、目立たない部分にも色々と細かく気を使った、良い馬車を造り上げてくれたようだ。


 大きく目を惹くのは、細身ながらも大型化された車輪と、独立懸架とされたサスペンションだろう。


 細身で大型化された車輪は走行抵抗の低さと走破性の良さを生み、さらに車軸が左右で繋がっていない独立懸架化されたサスペンションは、バネ下重量の低さ故に、振動吸収姓の良さと路面追従性の高さを生み出している。


 これはもう、空気入ゴム製タイヤを使っていない以外では最強じゃないだろうか?


 ハブベアリングには、砲金を使った滑り軸受を採用しており、車輪さえ回転していれば自動的に軸受に対して、リチウムグリスが圧入されていくという凝った仕掛けになっている。

 その為にハブ内部の汚れたグリスは、自動的に遠心力で少しづつはみ出ていくので、それが結果的に内部の清浄性を保ち、雨などに対する防水性も併せ持つ仕掛けともなっていた。


 ボールベアリングやローラーベアリングに比べれば、回転抵抗の少なさでは劣るが耐久性の高さでそれらを確実に上回る。

 それになによりも、たとえソーフォニカの元であっても、硬度と真球度が高く大きさも正確に揃ったボールベアリングは、大量生産は難しいのだ。

 それに比べ滑り軸受ならば、その構造の単純さゆえに、トラブルが起きようとアッセンブリー交換による修理も容易だ。


 さすがソーフォニカ。


 理想だけを追い求め過ぎて実用性に欠くような、アンバランスな製品を作るマヌケな技術者とは違う。


 ちゃんと使用環境を考え、実用性とのバランスを考えてある。


 左右への旋回に関しては、ステアリング機構は採用されていないものの、もともと車軸が左右で連結して居ない為に、旋回時の左右の車輪回転差の事を気にする必要も無く、それでいて前輪のブレーキ機構は左右共に独立しているので、操作も容易になっている。


 牽引してくれる馬に、行きたい方向を指示すれば、ちゃんと車体もそれに追随してくれるし、急旋回を望むなら、内輪側のブレーキを効かせれば車体は更に深く切れ込むよう旋回も出来る。


 ブレーキの構造は、自転車と同じようなリムブレーキを、ロッドを引っ張り作動させるようになっていて、ロッドは御者席に付けられた二本のレバーで操作出来る。


 後輪にもブレーキも付いているが、そちらは車でいうパーキングブレーキ代わりで、作動させると左右同時にブレーキが掛かる仕掛けになっている。


 これだけの良い装備を兼ね備えてるためなのか?

 御者にとっても馬にとっても負担が少ないせいだろうか?


 現在のところまで、緊張を感じさせないスムーズで快適な旅を、私達は続けているのだ。


 アルドンサさんなど、「馬車を交換して良かったぁー。」と心底喜んでいるが、前の馬車はどんだけ乗り心地悪かったのだろう?


 あと、護衛の騎馬兵達は、私達のような恩恵は受けてないので、その点がチョット気の毒だった。


 まぁ彼らの不満は、馬車隊の最後尾車に牽引されてる、通称煙突砲に和らげて貰おう。


 ただ、問題らしい問題は、現在私達が走っている道が、街道では無いという事だ。


 実は、『ボードウィンの荒れ地』から王都『プーリマンス』までの距離は、直線距離にして約三十七キロもある。

 だがその間に、直接繋がってくれるような都合の良い整備された街道など無い。


 あえて言えば、整備されてはいないが南に下るように細い道があり、そこを南下していけば『ホドミンの街』と『セント・オネット』と呼ばれる教会を中心とした街を繋ぐ、街道に出られる。

 そこまで出てしまえば、あとは街道を南東の方向へ向かえば王都までほぼ一直線みたいなものだ。


 そして現在は、その街道に向かう僅か五キロ程度の未整備の細い道、そこで先ず最初の騒動に遭遇した。


 森という程ではないが、背が高い葦のような草地に、その細い道は覆われているのだが、あと少しで街道に出るという場所で襲撃されたのだ。


 相手は顔を隠した、いかにも盗賊っといった出で立ちをした連中が二十人程。


 草の影から馬車に取り憑くように、いきなり襲撃してきたので対応に遅れをとった。


 だが?


 馬車の扉を必死でこじ開けようとする盗賊連中、だが扉は開かない。

 斧や剣で扉を壊そうとするが、全くの無傷。


 御者を狙おうとした物は、御者席の転落防止用のガードに手を触れたとたん、いきなり崩れるように倒れて馬車から落ちる始末。


 そうこうしているうちに、馬に乗った護衛の騎士が追いつき、倒されていく盗賊達。


 あとは面倒なので、いつものごとく『雷鳴の杖(トニータルァ)』で、片っ端から雷を落としまくった。

 それこそ、草っぱらに隠れて機を窺う連中も含めて、見境なくである。


 十分もしないうちに、そこらには倒れた盗賊が溢れ、立っている者は一人も居ない状態になっていた。


 ここでいちいち盗賊を回収したりするのは、面倒だったのと時間がもったいないので、そのまんま無視して放置した。


 馬車の走行にはまったく影響は無く、護衛の騎士にも一人も怪我をしたものは居なかった。


 どうやら速攻で馬車に取り付き、中の人を人質にして護衛と対峙しようと考えていたようだが、ソーフォニカの作った馬車は、それを許さなかったようだ。


 走行中は、御者の転落防止の柵は、外側から触ると電流が流れる仕掛けになっており、キャビン側も走行中はドアが開かないようにロックが掛かかり、容易には開けられないようになっている。


 しかも扉自体とその周りは、厚い不燃マグネシウム合金製で、ちょっとやそっとじゃ壊れたり開いたりしない。


 そのくせ、死角が少なくなるよう、内側からのみ開けられる銃眼が備えられていて、殆ど装甲車と化していた。


 こんなものを相手にする事になった、相手の方が気の毒である。


 まぁ車体を見れば、貴族の馬車だと判った筈だし、それをあえて襲うという事は、それなりに覚悟はあったのだろう。


「取り敢えず落伍車は居ないわよね?」


 アルドンサさんが聞いてくる。


 勿論、そんなものは居ない。


 だが、相手の襲撃手段が気になる。


 相手側に手練が居たかについては、それが判る前に壊滅させてしまったので判らず。

 本物の盗賊なのか?

 もしくはなんらかの黒幕に頼まれて襲撃したものなのか?

 それすら判明してはいない。


 だが敵は明らかに、最初から襲撃対象を馬車の中と視て、狙っていた。


 盗賊の手段としては、普通にアリかと思えそうだが、最初から目的が馬車の中に居る人物の誘拐にあるのだとしたら?


 実際、アルドンサさんは前にも、同じように狙われているのだ。


 そうこうしているうちに、なんとか街道へ出られたのだが、今度はそこから数キロいかないうちに、再び狙われた。

 それも、『セント・オネット』の街から、それほど離れていない目と鼻の先でである。


 人数は三十人程、しかも今度は遮蔽物とかに身を隠さず、堂々と襲ってきた。

 しかも連中、明らかに装備が良い。

 動きの鈍さからみて、マントで隠しているが、金属製の胸甲やチェーンメイルを装備した、先程とは違う明らかに盗賊とは思えない集団だ。


 いくら『セント・オネット』が、もともと教会が主体の街で、警備兵が少ないとはいえ、こんな目のつく場所で、重武装の盗賊(?)が居るという事が不自然過ぎる。


 相手の指揮官らしいのが、降伏を促すつもりか?口を開こうとしたが、面倒だったので集団の中心に、『私製PIRT』の榴弾撃ち込んで、混乱したところを『雷鳴の杖(トニータルァ)』の乱射で、更に相手を混乱させてやった。

 爆発による爆風の効果は大したことなかったようだが、電撃については金属製鎧やチェーンメイルを着ていてくれたので、よくシビれてくれたらしい。


 混乱した敵集団を、更に蹂躙すべく護衛騎士達も突撃する。


 これは勝負あったな。

 と油断したところで、今度は驚くべき事が起こる。


 なんと道のまわりの土中から、次々と人が飛び出して来て突撃の為に前へ出た護衛騎士との間を、分断してきたのだ。


 いわゆる忍法で言えば『()()()()』という奴である。


 しかも彼らは、御者や馬車内にいる人間には目もくれず、馬車を牽いてる馬との連結を切ったのである。

 更には馬達に鞭を打ち付け、蹴散らしてしまうという手段に出たのだ。


 これはマズイ!


 さすがの馬車も、馬が無ければタダの箱である。


 状況に気が付いた護衛騎士達が、反転して戻ろうとするが、もとより軽装備だったのか『土遁の術』を仕掛けた連中は、そのまんま周りの森へと散り散りに逃げ隠れしてしまう。


 そこへ更に最悪な事態として、馬車の最後尾方向から、新たな重装備の集団が現れ、追尾して来たのだ。

 前には半壊状態とはいえ、未だ少数の敵が残っている。


 こうなれば仕方がない。


 私も外に出て、最後列に向かう敵の迎撃に出ようとしたのだが……


「大丈夫ですよ。

 必要ありません。」


 私の護衛として一緒の先頭の馬車に、オントスも身に着けず生身姿で乗り込んでいた『フロレンティナ』が、一言そういうと、後ろの馬車に手信号で合図を送った。


 すると……?


 いきなりガクンという衝撃と共に、馬を失った筈の馬車が猛然と加速した!!


 え!?


 それも、後ろにいた二台も、追随するように加速している。


 追撃してきた連中は、驚き顔で必死に追いつきしがみつこうとするが、最後尾の馬車は、相手がギリギリ触れるかという距離になったところで、再び加速するのを繰り返すという悪質な行為でからかっている。


 いったいどうなっているんだ!?


 しかも最後尾馬車の悪質な行為は続き、マキビシを撒いて靴底が薄い相手を痛がらせたり、道に油を撒いて滑られせて転倒させたり、かと思えば急ブレーキを掛けて止まれなくなった相手に、牽引していた炊事車に衝突させ転倒させたりと、もはややり放題である。


 救援に戻ってきた護衛騎士も、何がなんだか判らず、驚愕している。


「フロレンティナ……あれってもしかして……?」


「はい、そうですよ。

 馬車の形態してますけど、アレもゴーレムです。

 因みに最後尾の馬車はデルフィナが動かしてますね。」


 やっぱりそうかよ!!


 どうやらソーフォニカは、どうせ作るのなら単なる馬車なんてつまらなものじゃなく、思いっきり凝ったものにしたかったらしい。

 そこで、目立たないように魔導タービンをいくつか積んで、非常時にはそれを起動して集めた魔力を使い、ホイールに仕込まれた回転の魔法陣を起動して、前進出来るようしておいたようだ。


 これがインホイールモーターとかだったら、目立つので私も気が付いたのだろうが、車軸近くにコッソリと刻まれた魔法陣の存在には、さすがの私も気が付かなかった。


 本来なら、回転の魔法はトルクが低いので、こういった馬車を動かしたりには不向きだと聞いていたが、魔導タービンによる強制的に集められる魔素の量によりそれを強引にカバー、そして従来よりも材質面で大幅に軽量化された馬車のお陰で、こんな事も出来るようになっていたというワケだ。




 気の毒なのは、馬車を追ってヘトヘトに走らされた襲撃者達で、『セント・オネット』街の門の、もはや直ぐ目の前まで来てしまった事にも気付かず、それでも息を荒げて倒れそうになりながら根性を見せて付いて来てくれた。


 ここまでいくと、もはや感動モノである。(目的が襲撃なんかじゃなければな!!)


 どうやら『最後尾の意地悪馬車(デルフィナ)』にしか目がいかず、自分たちがどんな状況に陥っているのかも気が付かない、もはや『炎のランナー状態』だ。


 さすがに可哀想になってきたので、燃えたぎる黄金の弓や欲望の矢こそ持ってきてないが、『雷鳴の杖(トニータルァ)』を持ち、先頭馬車の屋根から最後尾の馬車の屋根まで、八艘飛びの要領で飛び移ると、連中に止めの電撃を撃ち込んであげた。


 疲れ切っていた連中は、その一撃で殆どがバタバタと倒れ、ただ一人だけ耐え忍びなんとか街の門をくぐったが、その瞬間その場で倒れ、そのまんま門番に御用となった。


 血を吐きながら続けるマラソン(?)の虚しさを、我らの心に刻みつけた、最後の襲撃者のゴールであった。




 合掌。

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