第五十四話 「復讐のメロドラマ⑤」
学園に向けて出発する事にはなったが、彼女の馬車を利用して行く事になっていた。
一応彼女なりの現代の知識を利用して、乗り心地の良いように、外部からは目立たないようにリーフスプリングを利用したサスペンションを使っているという。
ただ彼女の話では、私が懸念した通り、サスペンションに利用されてる板バネが折損する事があり、その事が痛いと言っていた。
出発前の点検と称して、私自身がその構造を調べてみたが、これでは当然である。
たしかに彼女は現代の知識を持ってこの世界に生まれて来たが、所詮は技術者では無い。
各材料における『ヤング率』とかについては、まったくの素人なのだろう。
通常、材料というのには。力を加えて変形させた場合、加えるのをやめた時に元の形に戻る限界の数値というのが存在する。
それが高ければ、バネとかに都合が良い。
スプリングに鉄等の材料が使われる理由は、その数値が大きいからだ。
繰り返し応力に対する耐性も強い。
だが所詮この世界で主に使われている工業材料はリン青銅に代表される、青銅系である。
バネに向かない材料とまでは言わないが、やはり主材に鉄を利用した鉄系材料には負けるのだ。
しかし、そうした単なる鋼材を利用して板バネを作ったとしても、大きな力が連続的に掛かる部分にそのまま用いては、やはり繰り返し応力に負けてポッキリと折れるのだ。
『朝鮮戦争中に、米軍から戦争で使用された車両修理の依頼が廻ってきた時、その時初めてサスペンション用板バネに、その対策として『ショットピーニング』という、それまで私達が知らなかった処理が行われているのを知って驚いた』という話を、バネ製造会社の専務をしていたお年寄りから私も聞かされた事もある。
一応彼女の話では、サスペンションの板バネが破損する事態に備えて、予備の板バネも用意してあるとの事だが、やはり欠点は早めに処理してしまった方が良い。
学園に到着しなきゃならない日付まで、若干の余裕があるというので、私の提言で今夜はこの街に泊まっていってもらい、馬車の改造をさせて貰う事を許して貰った。
元が三流のヘッポコとはいえ、やはりこういった方面での雑な仕事というのは、技術屋(あえて技術者とは言わない。)としては許せないのだ。
私は早速メジャーを取り出し、元の馬車のサイズやら改造に必要な部品とかを調べ上げ、無線でソーフォニカに伝えて生産して貰う事にした。
その間に一行には、未だ建設途中だが、比較的建設が進んでいる建物に泊まってもらい、最近生産に成功した、乾麺によるスパゲッティをご馳走した。
ちなみにイカスミ風味である。
スパゲッティは、本来ならデュラムコムギを材料とするデュラムセモリナ粉と水で作るのが、本来のやり方であるが、こちらの地方で流通している小麦はタンパク質量が少ない上に粘り気が少ない。
この小麦ではパンを焼くには都合が良く味も良いかもしれないが、明らかにスパゲッテイには向かない品種だったのだ。
そこでトウモロコシ粉やジャガイモの粉を添加しデンプン量を増やしたり、生地を練る機械と寝かせる時間を工夫し、グルテンによるコシの強さを調整したりと、結構大変だった。
だが、そのかいあって、大分本物に近い味の乾麺スパゲッティの製造に成功したのだ。
全粒粉で作っている為か?
乾麺とはいえ保存期間が前の世界のものよりやや短いという欠点も有しているが、私個人の感想では、前の世界のスパゲッティよりもこちらの方が美味しく感じるくらいである。
ちなみに、今回だされたイカスミは、海中作業に出ていた水の精霊操る『オントスγ』が、『クラーケン』に襲われるという事件が起き、救援に出たオントスが三機掛かりで倒した大物のものである。
『大王烏賊』の身はアシが早いので、拠点に運び込まれた後、速攻で細切れ冷凍の刑に処せられ、後に冷凍庫という名の留置場へ収監された挙げ句、我らの胃袋へ。
という流れなワケである。
正直、唐辛子などが未だ手に入っていないので、完全なものとは言い難いが、それでも前世でのスパゲッティの味を知ってるアルドンサさんは喜んでくれた。
しかし……
育てたいモノのかなりが、本来暑い地方でのものが多い事が判明し、実は頭が痛い。
特に調味料系が殆どそうなのだ!
唐辛子、胡椒、生姜、オリーブ、クミン……エトセトラセトセトラ……
なぜこの地方は寒いんだよ!?
と一時は召喚されたこの地を怨みかけた。
なにしろカレーをつくろうと思ったら、スパイスだけで十七種類も必要なのだ!
真っ先に製造に成功した調味料は、グルタミン酸系の『化学調味料』だった。
それにしたって、ジャガイモのデンプンを材料に、酵素により糖に変換させ、今度はその糖を材料に、別の酵素によりアミノ酸を精製するという、複雑な過程を経ったのだ。
これだけは有り難い事に大量生産に成功したのだ。
これもソーフォニカが地中から、丹念に製造に使える酵素を一つ一つ探し出すという、超地味な作業を繰り返して、そういった菌種を純粋培養してくれたお陰である。(ありがとう!!ソーフォニカ!!)
感謝感激のあまりソーフォニカなら結婚して抱かれても良いと思ったくらいである。(オイオイ。)
因みにナットウ菌も発見しているが、納豆に関しては精霊達の間で意見が別れ、未だ製造には至っていない……。
私の強権で強引に製造させようかなぁ……?
話は逸れたが、ガラスの大量生産に成功したら、温室を造り上げいずれは少量とはいえ、そういった熱帯地方で採れる調味料系の作物も生産しようかと野望を抱いているのだ!
いつになるかは判らないけどな!!
まぁそんなワケで、その日はソーフォニカから、馬車の改造部品が届くのを待つ為に、未だ建設途中のこの街に留まってもらう事になったが……
翌日になり、ソーフォニカからは馬車の改造部品どころか?
馬車そのものが送られて来た時には、心底驚いた!!
無線で問い合わせると、どうやらソーフォニカは既に、こうなる事態を予め見越してたらしい。
どのみち、多数あっても困ることは無いからと、予備用も含めて箱馬車を五台も送ってきた!!
なんでもこの箱馬車は、モノコックではなくフレーム構造をとっているが、そのフレームに新開発した軽量合金を使った為、そのテストも兼ねているらしい。
主材はマグネシウムだが、アルミやリチウムに亜鉛等を加え、更に中空状態の炭化ケイ素を加える事により、高い機械的強度と耐腐食性、振動吸収性に加え、さらなる軽量化も果たしているというのだ!!
なんでも比重も1を切っている画期的材料ということで、そのままで水にすら浮く!というのだ。
軽量と言われるのマグネシウム合金でさえ、比重は1.78と言われているので、これがいかに軽量か判るだろう。
人が乗るキャビン部分は、断熱性を考えて木材を利用しているそうだが、内張りとかにいろいろと工夫を加え、『万が一』の事態に対する備えまで、してあるそうだ。
他にも、色々とボンドカー(古い!)並の装備もしてあるそうだが、取り敢えずはそのうち三台を、アルドンサさん達が乗ってきた馬車から馬を付け替えて、利用する事にした。
ご丁寧な事に、車体には最初からアルドンサさんの家の紋章まで飾られ、車体色も艶のあるディープグリーンとロイヤルネイビーといった深みのある基本色に、金の細いラインで飾られた、落ち着きと美しさが同居した素晴らしいモノとなっていた!!
既にデザインセンスで、私が完全に負けている……。
見上げたアルドンサさんも、口が塞がらないレベルだ……。
「……あの……これ王族すら羨ましがるレベルでは……?」
不安に駆られたアルドンサさんが指摘する。
「だ……だいじょうぶ。
ほら?
塗装面が綺麗なだけで、外側はそれほど装飾品の類は付けてないだろ……?」
「まぁ……そうですが……。」
内装の方は幸いにもそれ程華美では無かったが、座席は明らかにコイルスプリングが内蔵されたソファ並の物が使われ、肘掛けまで備えられてる。
しかもその肘掛けには、飲み物までを置いて固定できるようもなっていた。
横方向へ折り畳めるテーブルまで付いてるし、更にリクライニング機構まで備え付けられていた事には、もはや呆れてものも言えなかった。
ソーフォニカ、用意周到過ぎだろ!!
御者台はバケットシートモドキで、横方向の揺れにも強くなっているし、完璧に王族が金に物を言わせて作らせようとしても、絶対無理なレベルだった。
完全にやらかした!!
「……これ、王族とか他のやんごとなきお方には、絶対見せたり乗せたりしない方がいいですね……?」
「そうですね……。」
実は後に知る事になるのだが、前述したようにこれが外見だけでは判らない、恐るべき魔改造された化け物だという事を、僅か二日後にみな漏れなく体感する事となる。
初っ端から波乱含みの一大冒険叙事詩となるんじゃないかと恐れながら、まかり間違っても、大宇宙をバックに笑顔で決めポーズを取るような事にはならない事を祈り、私達は出発した。
因みに空模様は、どんよりとした不吉な曇り空であった。




