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第五十三話 「復讐のメロドラマ④」


 この辺り一帯を収める貴族の令嬢、『アルドンサ』さんから貰えるという土地、通称『ボードウィンの荒れ地』は、ホドミンの街から北東にむかい、約十一キロ程のところにある。


 その場所には奇妙で複雑な形をした湖があり、どうやらその湖の対岸が、『魔に属する軍団』の領域となるらしい。

 つまりその湖が、国境線代わりをしているというワケだ。


 もっとも彼らと、オースウェストラン王国との間で、国境線確定の話し合いなど行われた事はない。


 お互いがともに相手を蛮族と見下しており、さらに相手の言葉を理解する人などもおらず、お互い武力で領土(?)の切り取りあいを、日常のようにしているというのが現状だ。(もっともお互い戦略といった思考は存在しないようだが……)


 更に王国側は、彼らの勢力だけでなく、周辺地域に生息する魔獣(こちらのほうが怖いという話もある。)までもが敵となっている為、ここ暫くは大規模な領土の変更とかは無く、お互い手詰まりといった状態が続いている。


 だが、私達にとってこの場所は美味しい。


 何よりも『湖』という水資源が、最初からその場に存在するのである。

 元の『思考巨人の拠点』たる『トリレガ』の海岸からは、直線距離にして十七キロも離れているのが欠点だが、それに関しては地下通路を掘る事を考えている。


 まぁ何ヶ月掛かるかは判らないけど……

 (現代の地下鉄建設用の最新式シールドマシンの掘削速度が岩の状態によるけど、一日に掘れるのが約七十メートル程度という話だから、気の長い話でもあるかも?)


 ただ問題は、湖の対岸側は殆どが森で、見通しが利かないのに対し、逆に此方側は荒れ地……というかなだらかな丘陵な為に、向こうからは丸見えという点だ。


 この場合、湖という要害を利用して、万が一の時の防衛ラインを構築すべきか?

 それとも撤退がしにくくなるが、逆に対岸側を占拠してそこに一種の要塞を建築すべきか?

 悩みどころである。

 どちらもそれぞれ利と欠点、両方が存在するのだが、対岸側を占拠した場合、『魔に属する軍団』が、本気を出して領土を取り戻す反撃をくわえてくる可能性もある。


 こちらも強火力を備えているが、いくら強力な堡塁を築いても、目の前が障害物だらけの森では、ショートレンジ過ぎて、折角の火力も活かせなくなる気もする。


 結局、軍事上の定石の一つである『相手の地に一歩踏み込んでの防衛』の手段は諦め、湖手前に防衛線を敷く形で、要害を兼ねられる村を建設する事にした。


 基本的には土地の形状を一辺の長さが約二百メートルの正六角形を基本とし、それを七つ固めたような形で利用する事に決めた。

 中心となる六角形は、基本的には皆が住む街となる区域とするが、街を囲む塀と堀の形は六芒星型とする事で、万が一攻められた場合に塀の角と角の部分でお互いを火力支援出来るようこの形状にした。

 いわゆる、十六世紀にミケランジェロがフィレンツェの城壁に使った方式である。

 正確には、それを更に改良し昇華させた十七世紀後半の、フランスの軍事建築家ヴォーバンの方式に近いが、少なくともこれで居住区の安全性は高まるだろう。

 周りの六つの六角形の区画は農業区画とし、それぞれ収穫する作物を年毎に順番に変え、連作障害を防ぐ予定にする。

 時間は掛かるだろうが、最終的には周り全ての農業区画にも、塀を設け魔獣などの害獣を防ぐ事が出来るようにする予定だ。


 そして更にその周りでは……


 成功するかは判らないが、湿地帯の状態にし、稲作のテストもする予定だ。

 こうすれば、万が一悪意を持った集団が、この要塞村に近づこうとも、田圃という湿地に足を取られ、接近速度は極端に落ちる。

 そこを火力で制圧出来るように、火線を形成出来る施設も作れば、立派な突撃破砕線の出来上がりである。


 あれ?


 私作るのはたしか農場だったようなぁ……?

 いつからベトナムの如き、戦略村になったんだ?


 まぁいいか。


 気にしてもしょうがない。(思考放棄)


 幸いにも、今回の土地を融通して貰った『アルドンサ』さんが、一緒に通う予定の学園に入学するまで五ヶ月程の時間がある。

 その間に私がやることは多い。


 一つは、大規模農業用の『トラクター』の役目が果たせるオントスの開発と、その輸送手段である。


 基本的には、以前開発した重量級の『オントスβ(ベータ)』の改良型で良いと思う。

 元々『オントスβ』は、重作業用にクレーンやバックホウ、スケルトンバケットに法面バケット、削岩機、小割破砕機など、使用出来るオプションが充実している。

 もちろん農業用として牽引して使えるリバーシブル・プラウ(ようするに牽引式の鋤)も使える。


 ただ問題は、一台あたりの生産に要するコストが高いのだ。


 やはりあの、高安定性と走破性を両立させようと付けた八本の足は、どう考えても生産のネックだ。


 そこで現行の『オントスβ(ベータ) AC型』の簡易量産機として『オントスβ(ベータ) CAT型』の開発と量産をする事になった。


 といっても大した変更をするワケでもない。


 今まで駆動を『()』に依存していたものを、マグネシウム合金と高マンガン鋼を組み合わせた軽量の『無限軌道』に変えただけである。


 本来はゴム製無限軌道にしたかったのだが、現在のソーフォニカのゴム生産能力を鑑みて諦めるほかなかった。

 天然にしても、合成にしても、硫黄という材料を大量に使う事には違いが無いので、どうしても生産量が限定的にならざるおえないのだ。


 現在、海底火山から放出される熱水から、硫黄を分離して使う方法を模索しているが、現段階で採取できる量では焼け石に水である。


 サスペンションにもゴムを出来るだけ消費したくないという観点から、単純な鉄棒の捻りを利用した戦車や鉄道車両でお馴染み、トーションバー式サスペンションとした。

 お陰で足回りの左右の非対称性から、右と左では旋回率が違うという弊害も出たが、些少な事と割り切った。


 少なくとも現行のAC型のように、八本の足を動かすよりは、操作は簡易化されるだろう。


 とはいえ、ブレーキが熱を持ちやすいという点も指摘されたが、これは回生ブレーキの能力不足とブレーキパッドの耐熱性両方の問題で、現状では勾配の激しい場所で使用する予定は無いので、後日改良予定とする事で乗り切った。


 とにかく現在は数が必要なのだ。


 『戦いは数だよ!兄貴ぃ!!』


 輸送手段についても、それらの輸送を行えるトラックモドキを作った。

 ただ、装輪車ではあるものの、ゴムタイヤの大量生産が出来ない為に、実質鉄製のソリッドタイヤみたいなものを使っている。

 しかもスポーク式である。


 重量級の大型オントスを運ぶ為に、接地圧を低める為にも多装輪型にせざるおえなかった。

 当然ながら足回りもリジットアクスル+リーフ式サスペンション。

 乗り心地に関しては二の次だ。


 リーフ式サスペンションについては、大型バネ工場での仕事を以前勤めていた中小企業が受注した時、バネにする部品には、空気圧で鋼球をぶつけ表面硬度を増し、圧縮残留応力で繰返し荷重に対する耐久性を高める『()()()()()()()()()』処理をするという事を、向こうの担当者に教えてもらった。

 その時の経験が幸い生きた。


 それでも、重量物であるCAT型オントスを輸送する場合は、鉄製リジット式タイヤの表面や、スポークの捻じれ等、耐久性問題は続出し、止む無く『無限軌道』や『オプション装備』を外して軽量化して運ぶという非常措置が取られた。


 そうやって手間暇掛けて農場の建設予定地へ運んでも、当面やることといえば、測量作業と予定地の徹底的なリバーシブル・プラウによる土壌の耕起が主になる。


 その途上、出てきた石は集められ、建設素材として利用される予定だ。


 これらの作業は、面積が面積なので、短い期間に終わるようなものでなく、結局土地中央に建設予定の街の外壁と外堀の建設だけで、ほぼ一ヶ月も掛かってしまった。

 ただし、外堀に満たす水については、湖から利用するが、外見には判りにくい地下水路を作りひいているので、取水用の堀を塞がれて空堀にされてしまうといった、要塞攻略法を使いにくいようにしている。


 しかし、今回の作業を通じて、やはり男というのは『街建設や国造りといった要素のゲームに心を燃やしてしまう』という事を改めて再認識した。

 私も一時期、『シヌ・シティ』や『地雷クラフト』といったゲームにハマりまくったが、どうやらそのハートは今に至るも続いているらしい。


 街部分についての利便性や、上下水道の拡充やらインフラ系については、ほぼソーフォニカの手に丸投げに近いが、段々と出来つつある。

 直射日光を防ぐ街路樹や、畑と畑の間の区画には多少日照量が減ろうとも、土地の乾燥を防ぐのと防風林の役目を果たす為に、積極的に大量植樹した。

 街中の商店街予定の区画にも、単に植樹するだけじゃなく、左右から街路樹がお互い枝を結ぶように伸ばし、樹木のトンネルを形成するように、大地の精霊達の魔法で育てて貰った。


 街中の家々は、外装は赤レンガと石を、土魔法で固めて貰ったものでが、それにワザと蔦を這わせたりして、植物と住民が共生する街というイメージで作っていく。

 このような方式の家は、耐久性が落ちる事は判っているが、住民の殆どが大地の精霊なので、その程度の補修は自分でオチャノコサイサイなので無視した。

 まぁ私の趣味色全開なのは、多少の我儘として許して貰おう。


 そうして、いつの間にか出来上がったのは、揚水風車とサイロがそこらじゅうに立ち並ぶ、典型的な北海道やアメリカ的な農村風景だった。


 ちなみに、未だ牛も鶏も居ないが、(というかこの世界ニワトリっているのか?)牛舎も鶏舎も既に建設されている。


 あとは酪農用に牛やニワトリを集め、作物の植え付けをするだけなのだが、それらに関する費用に関してはばかにならず、また折角植え付けたところへ、『魔に属する軍団』や『盗賊』連中が此処ぞとばかりになだれ込み、占拠しに来る可能性も未だある。

 そこで結局は農地をもグルっと囲む、防衛用の塀と堀の建設や防衛施設、兵器の建造が優先された。


 肉体を持ちたがる精霊達には悪いが、どうせやるなら立ち上がりからしっかりとやったほうが良いと、私の独断で強硬したのだ。


 そうするうちに月日は流れ、とうとう私も『アルドンサ』さんと一緒に、王都の学園『インスパイラル学園』に通わなければならない日が近付いてきた。


 これ以降の街の建設は、ソーフォニカを中心とする精霊達に、殆ど丸投げする事になるだろう。


 一応、王都のおエライサンがこの街を見付けた時のトラブルを解消する為に、念の為に街の正門にはデカデカと、アルドンサさん家の紋章と『アルドンサ様直轄地』の看板を貼り付けておいた。




 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 そして今日、学園に向かう前にと、アルドンサさん一行が私を迎えに、この街へやってくる予定日。




 私と仲間たち十数人は、街の入り口で彼女達を待った。


 途中道に迷わないように、街道からの分かれ道や農道には、行き先案内の看板がそこらじゅうに建てられているので、心配はないと思うのだが……

 街の入り口まで彼女達の馬車が来るまで、結構な時間が掛かった。

 当初は、途中何者かに襲われたのじゃないかと心配をしたりもしたが、農場全体を囲む、もはや要害となった塀や堀の事を考えれば、そのような事は現実的では無いと気が付き、ノンビリお茶でもしながら待つ事にした。


 結局彼女達一行がたどり着いたのは、正午過ぎてからになったが、馬車を降りてからの彼女の第一声は。




「何なのよー!!これは!?

 スターリング君、自重って言葉忘れてない!?」




 だった。


「いや、だって耕作した土地は前部自分のモノに出来るって話だったでしょ?

 だから頑張ったんだよ。」


「限度があるでしょ!?

 私はせいぜい『()』レベルのものを想像してたのに、来てみたら『()』が出来てるじゃない!!

 それもどう見ても難攻不落な、巨大要塞と化してるし!?

 いったい何と戦う気なの!?

 どう見てみ開拓村というレベルじゃないでしょ!?」


「……あ、そういえばここ作るのって村の予定だっけ……。

 すっかり忘れてた……。

 ハハハ。」


「おまけにこの看板よ、看板!

 村の名前が、『アルドンサ街』って、堂々と私の名前使ってるじゃない!!」


「いや~、その方がトラブル少なくていいんじゃないかと思って。

 名誉街長の名前も『アルドンサ』と入れといたよ。」


「……そんな……こんな街持ってる事がバレたら、今までヒッソリと目立たずやって来た私の努力が……

 ああ、どうすればいい!?」


 そうか……さすがにこれは目立ち過ぎたか?

 でも今更作っちゃったしなぁ……。


「まぁ、大丈夫だよ。

 もしなんなら、何かあったら私が責任をもって……」


「スターリング様が責任をとって……?」




「……夜逃げする時手伝うよ!(ニッコリ)」




「あー!!

 もう全然事態の収拾には役に立ちそうに無いー!!」




 取り敢えず私達は、その時はその時と割り切る事にして、そのまんま王都に向けて出発した。


 とうとうこの手の異世界モノでは定番の、貴族の通う学園というテンプレ的な展開へ、私も突入する事になったのだ。

 この先、自称『悪役令嬢』たる『アルドンサ』さんに、どのような不幸が待ち受けているのだろうか!?

 他人事なら笑えるのだろうが、私の予想では十中九割り巻き込まれると思われるので、運命さんとやらには、自重とか手加減というのを、是非ともお願いしたい所存である。


 嗚呼……。


 いざとなったら、オントスのデカいの呼び出して学園灰にしちゃえばいいかなぁ?

 デルフィナあたりだったら喜んでやってくれそうなんだが……。


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