第四話 「聖者が街で殺ってきた④」
街なり村なり辿り着くまで、身分証明になるものが無くても中に入れてもらえるのか?そればかり考えていた。
おっ死んでた兵士の認識票(?)や装備を失敬し、街の門番なり衛兵相手との言葉のやり取りを、予め幾通りも頭の中でシュミレーションし予定を立てていたワケだが、それら全ての予定が吹っ飛んだ。
狼に噛まれた時に上げた絶叫は、街の門番や衛兵達を呼び寄せるのに十分だったらしい。
彼らは狼達を追い払ってくれただけでなく、その時重症を負って気絶した私を門内に運び入れ、治療してくれたようだ。
身元の確認とかは、持ち物とかを頼りにで向こうで勝手に判断してくれたようで、なまじっか意識があって自ら説明してボロを出すよりは良かったのかもしれない。
そんなワケで、いま私は街中の教会の中で寝かされている。
よく、ファンタジーでありがちの、教会が病院の役割をもはたしているというのは、この世界でも同じだったらしい。
冠婚葬祭教会サマサマだ。
これで死んだら財産半分と引き換えに、復活までさせて貰えるというなら、お気楽で良いのだろうが、さすがに無理だろうか?
背中に背負ってきたエルフ(?)らしき女性兵士も、隣の寝台で寝かされているし、こちらも一安心と言える。
人心地ついたところで、これまで有った事を、元の世界から持ってきた貴重な私物。 システム手帳に、長らく愛用していた万年筆を使い記してみる。
万年筆は永らく使わないでいると、中に入れてるインクが固まって書けなくなるので、それを防止する為に身に付いた習慣でもある。
元の世界に戻れたりしたら、この手記が後にベストセラーに……などと下心なんてのもも無いわけではないが……
まぁ手持ちのインクか紙が切れる迄だろう。
途中、様子を見に来た若い女神官が出来るだけ安静にするようにと小言を言いに来たが、「軍に提出する報告書を書いているので」と言い訳し、銅貨を幾らか握らせ黙らせた。
まぁ向こうから見たら怪しげな道具を弄っていたので危ぶんだのかもしれない。
今まで見てきた限りでは、この世界の技術水準はまるでこの手のネット小説のテンプレ如く、中世ヨーロッパ水準だし、万年筆やルーズリーフ式のシステム手帳なんてのがありえるとは思えない。
あまり回りには見せないようにしたほうがいいかもしれない。
異世界らしい事で気が付いた事といえば、どうやらこの世界には魔法があるようだ。
私はこの教会に運び込まれてから三日と経っていないようだが、狼に噛まれた場所は、傷口がとっくに塞がっていた。
教会の奇跡によるものと聞いたが、肉はごっそり噛みちぎられたらしく、その部分足が若干細くなっていた。
どうやら減った肉を簡単に戻してくれる程、万能では無いらしい。
それでも十分驚くべき事だが。
閉口する出来事といえばやはり食事の事だ。
病人……いや怪我人相手だと思っているせいなのか、ドロドロの麦粥ばかりが出てくる。
腎臓を気遣っての事なのか、塩味が薄い……というか味付けが殆ど感じられなかったのだが、食事を持ってきた女神官から話を聞いたところ、単にこの辺りでは塩が貴重品だからとか。
岩塩などが採れる場所が近くに無いのが原因らしいが、近くに海や塩田とかは無いのだろうか?
おまけに麦粥の具として入ってる、正体不明の葉物野菜、これがまた臭いのだ。
傷口の腐敗防止と化膿止め、そして下痢止めのも効果もある薬草らしいのだが、以前蒲田で入ったタイ料理店で、ラーメンに使われてたパクチーの匂いに似てなくもない。
流石にこの異常な状況のなかで、食べないという選択肢は命に関わるので、贅沢言わずに全て完食しているが、あれがこの世界の平均的な食事としたら、私のマインドは絶望の縁一歩手前だ。
料理チートが出来る奴は、今まで転生とか召喚された事は無かったのか!?と心で密かに血の涙を流した事は言うまでもない。
驚いた事と言えば、女神官さんがやんわりと金の無心に来た事だ。
勿論、聖職者だって霞食って生きてるワケじゃない。
私達のような怪我人や病人の面倒をみる施療院だって金がなきゃ立ち行かない。
よーするに治療費として金払えという事だ。
この世界の相場どころか金の価値すら判らない私としては、正体を隠す必要性から直接的に……
「幾ら払えば良い」と問うたのだが。
「あくまでも喜捨ですので…」と具体的な金額示されず、返された。
やむなく、魔法鞄に手を入れ銅貨を数枚取り出すと……
女神官さんの顔がガッカリ顔に……
更に銀貨を一枚取り出すと、女神官さんの顔がニッコリに……
更に銅貨を数枚追加すると、女神官さんの顔が満面の笑みになった。
なかなか判り易いな、この女性……。
『毎度ありぃ~』と声を上げてたら似合いそうな笑顔で、ジャラジャラする献金箱片手に、施療部屋を出ていく彼女を見ながら、『結局この世界の貨幣価値って判らなかったな……今後どうやってこの事を調べよう』などと考えていたのだが……
この事が後々私の運命を更に変転させるキッカケになるとは、その時は夢にも思わなかったのだ。




