第四十八話 「或る夜食の出来事③」
「う~ん……」
「どうですか?
やはり失敗ですか?」
頭をひねり続けながら、とあるモノを咀嚼を続ける私の前で、ソーフォニカの『端末体』が私に声を掛けている。
この『端末体』というのは、ソーフォニカが仮想空間で使っていたアバターのようなものだが、あちらと違い、こちらは現実世界で実体として存在しているものだ。
今まで手に入れたエルフや人族等の遺伝情報を元に、テストケースとして先ず自分用の身体を、『人造生体』として造ってみたというのだ。
ただし、私とかがホムンクルスベースの身体に魂を定着させて使うのと違い、ソーフォニカの場合は、量子テレポーテーションを利用した情報のやり取りによる、遠隔操作で動かしている。
その為に、本体と離れすぎるとお互いにやり取りするデータの正確性が落ち、意図しない動きをしてしまうという欠点を抱えている。
容姿は仮想世界で使っている、眼鏡が似合う美人秘書というイメージはそのままで、ただ外見年齢が少々幼くなっただけだ……。
可愛くはあるのだが……
なんというか、チョット残念だ……
まぁいいのだ、私にロリ嗜好が無いのが問題なだけだ。
話しは逸れたが、現在私とソーフォニカが意見交換しているのは、食料に関する事。
続々と増えるであろう、『肉体保持者』に対する食料の供給に関する問題だ。
今までは皆、ソーフォニカの記憶領域の空き領域に魂を定着させ、仮想世界にて情報という形で食事という行為を楽しんでいた。
いうなれば『心の栄養』というやつだ。
私自身や新たに加わった元冒険者でエルフの『フィデリア』さんや、他おなじく人族の女性三人もである。
肉体は医療ポッドへ収容し、人工的に調整された栄養液に浸ける事にて維持し、魂は上記の方法で……
ということを続けてきた。
だが、やがては自らの肉体で食事を楽しみたいという欲求を、精霊達はぶつけてくる可能性が高い。
新たなる労働争議の始まりになりえるのだ。
となると必要なのは、間違いなく食料自給率の改善である。
それも仮想世界で食べる食事なみの、『味』も追求したものだ。
葉物野菜やキノコ類に関して、どうにか目処が付きそうになっている。
秘密は私が元の世界から持ち込んでいた、LEDを使った懐中電灯だ。
キーホルダー代わりにしてた小さな440Cステンレス製の十得ナイフ(殆ど食事の時の缶切り専用)に付けておいたモノなのだが、それをソーフォニカが解析して各色のLEDを量産可能にしてしまったからだ。
私が以前に中小企業に勤めていたおり、会社が水耕栽培による野菜の生産工場で使う機械の受注を受けた時に、相手側の担当者から野菜の水耕栽培に関するノウハウを、嫌になる程叩き込まれた。
やれ、使用する水に混ぜる三大栄養要素の窒素・リン・カリウムの配合比率、他にもカルシウム・マグネシウム、硫黄・鉄・マンガン・ホウ素・亜鉛・銅・モリブデンといった微量な要素……エトセトラ、エトセトラ……
しかも作る作物によっては、微量な要素分の配合比率によって、味が変わったりする。
実際、実験工場で作られた、追加する液肥のカルシウム量を絶妙に調整した苺を食べさせられた時は、その異常な程の甘さに驚かされた!
もっともその原理を発見したという技術者さんが、「ある日近くにあった市の『火葬場』近くで、野生の苺が生えているのを見つけ、それを食べた時に考えついた」という話を聞かされた時は、その破天荒さにチョット引いたものだが……。
そして最大の問題、日光のかわりにLED照明による光合成で生育させる方法についても、純粋に味だけを良くしたいなら赤色系のLEDを、だが含まれる栄養素も重視するなら、若干の苦味が出るが青色のLEDも混ぜて利用する方法など、いろいろなノウハウも教えられた。
当初はLEDの生産材料のサファイアやアルミナの入手にこそ手こずったが、結果的にはこれらのノウハウのお陰で、根腐れ防止のポンプによる酸素や二酸化炭素の溶存化も含め、低消費電力で閉鎖環境における野菜の生産に成功したというワケだ。
私が元の世界で仕事でたずさわった工場では、太陽電池による電力が利用されていたが、さすがに私達ではそこまで手が回らず、こちらでは海中に潮流発電機を据え付け、その電力を利用する事にした。
水の温水化に関しては、地中に千メートル近い穴を掘り、そこから四十度近い熱水を汲み出して、その熱を利用している。(ちなみに私達のお風呂の湯としても利用されてる。)
他にも、ナメコとシメジの栽培まで行い始めた。
これらについても、先の野菜工場に併設されていたので、栽培方法も憶えていたからだ。
その工場での生産設備は、単なるブロックで作られた小屋の中で加湿器を絶えず動かすという、あとは温度管理くらいしかしていないという簡素なモノだった。
欠点といえば、収穫時期をミスすると大きさが到底もとのキノコとは思えないくらい巨大化してしまい(なにしろナメコ一つのサイズが傘が開いて二十センチ近い大きさになる!もはや到底ナメコには見えない。)、そうなると出荷対象に出来ず、あとはご近所さんに配るくらいしか処理方法が無くなるという程度のものだった。
ちなみに余談だが、そういった廃棄する予定のキノコが大量に出ると、その工場では近所の消防署にタダで引きとって貰い、食べて貰っていた。
だから、消防署の厨房からキノコの美味しそうな匂いが上がると、近所の人には「あっ、あそこの工場がまたキノコの生産管理をミスったな。」とモロバレだったらしい。
私の記憶からそれらを探り出したソーフォニカは、早速その方法を用い、早くに地下による人工環境における、葉物野菜とキノコの生育に成功。
それだけじゃなく、魔力による大謝機能を促進する魔法も用い、収穫までの期間をかなり短くするのにも成功した。
……ただ問題は、やはりカロリー源となるでんぷん質を多く取れる、穀物類や芋類の生産でつまずいている。
それに!私は何と言っても、米の飯が食べたいのだ!
特に、それに関しての障害が大きい。
そもそも、私達の拠点が存在するこの『オースウェストラン王国』は緯度がかなり北よりな為、平均気温はわりと低い。
降水量はわりと多い方だがそれは、南から来る温かい海流と北から来る冷たい海流が、丁度ここらでぶつかり合う為、それが原因で海上に発する霧が内陸部まで風で運び込まれるからだ。
それに対して稲は、本来は温かい地域で育つ植物だ。
日本では平均気温が低い東北地方や北海道などでも生産されているが、それは長い間の品種改良の恩恵によるもので、この世界にもともと存在する米は野生種に近い為、当然ながら南方では食料として育てられているが、この国では殆ど生産されていない。
この地方では、元の世界にも存在する私達にとってもメジャーな穀物といえば、小麦、ライ麦、カラスムギ、稗などがあり、その中でも主な換金作物といえば、やはり小麦になってしまう。
貴族達が小作農や農奴に、小麦生産を主にやらせるのもそれが理由だ。
ただ、本来は冷涼この辺りの地域では、生育に合う穀物では無く、連作障害しやすい事も相まって安定した収穫には難しいのだ。
今までの召喚者達や転生者達による知識チートが伝わったのか、一部ではノーフォーク農法に近い輪栽式農法が使われ始めたという情報もある。
しかし、よほどのマンパワーが必要になるのか?
農奴や奴隷の大量使役による、一部の金持ち貴族専用と化しているとか……。
それに、だからといって地表に明らかな大規模農場を作るのは、王国や近隣領主の目を惹く事になる。
そこで、明白な畑らしきものを作らなくても、良く育つ芋類やカボチャ等をデンプン源として育て、それらを利用して作る『人造米』の開発に、取り掛かったのだ!
幸い、精米済みの白米は構造が簡単だ。
ならば、その白米を模し、でんぷん質を加熱糊状にして米粒の形に圧縮成型する方法で、米の代替品を作ればいい!
……と考えたのだが……。
だが、考えた事と実際にやってみる事では、なかなか結果がその通りに結びつかない。
実際に炊いてみたら溶けたり、色が変わったり、そして味については、ブツブツに切られたウドンを食べてるような味となったりと、なかなか美味しいものにならないのだ。
やっと最近になって、海藻の一部に含まれる寒天を混ぜて使ったり、アミノ酸量を増やして味を整えたりと、改良が進められ、前の世界のコシヒカリに近い味になってきているが、やはり料理の用途を選んでしまう。
私もその件で追い詰められてきたのか?
① 『いっそ地中に大規模な米生育工場を作るか?地底からの温水利用して』とか。
② 『王国と戦争覚悟で地表に大規模な水田を作るか?戦力はこっちが圧倒的に上だし』とか。
③ 『いっそ南方の別の国へ、拠点ごと引っ越そうか?』など。
とんでもない妄想を考えるようになってしまった……。
もちろんそんな事をすれば。
① となれば坑道を掘り進め過ぎて崩落の可能性も出てくるし。
② となれば、相手の国王が愚かであれば山河血潮の地獄絵図が展開する事になる。(血塗れのお米なんて、美味しいのだろうか?)
③ は一見誰も傷つかない良い方法に聞こえるが、もちろん行った先に支配者が居ればその間で、②の如く血塗れの地獄絵図を現世に到来させてしまう事になりそう。
どれも良い解決法とは思えない。
小規模な量でいいのならいっそ船を仕立てて、南方の国から輸入すればいいのだろうが、米と良いレートで交換できる作物にも心当たりが無い。
金銀銅は、コチラでも有り難い事に生産しているが、特に銅や銀はオントスを代表とする、コチラで使用されている機械にも、軸受材料として利用される戦略物質でもある。
あまり輸出したくは無い。
だからといってマグネシウムやアルミ、リチウムといった、後の世なら高価で貴重な物質も、この世界では使い道すら発見されていないだろうから、売れるという想像すら思いつかない。
コンチェッタさんのような錬金屋なら、何らかの価値を見出すかもしれないが……
そうだ!『コンチェッタ』さんだ!!
一人で悩むから袋小路に陥るのだ。
ここはやはり、元々この世界に居た住民に相談するのが、一番良いのではなかろうか?
そう気が付いた私は早速、錬金屋を営むコンチェッタさんの意見を聞く為、ホドミンの街に向かう事にしたのだ。
お供は兼護衛は、当初は要らないと言ったのだが、念の為とソーフォニカに正され、やっぱりというか『フロレンティナ』が付いていく事になった……。
出来れば、そのピンクの花柄オントスは止めて欲しいと思ったのだが、頭が多少花畑な彼女は聞き入れてくれなかった。
本当はエルフで冒険者上がりの『フィデリア』に来て欲しかったのだが、残念ながら彼女は体調が悪く身体の方は医療ポッドに入りっぱなしだ。
仕方ないと諦めながら、私達は『明日の食糧事情』という大切な問題の解決策を求めて、ホドミンの街に出発した。
そしてそれがまた騒動を巻き起こす事になろうとは、露ほども知らずに……。




