第四十七話 「或る夜食の出来事②」
触手搭載型オントスを否定され、それどころか未だ見ぬ新型機に対して『HENTAI』の名称まで付けられたのは屈辱だった。
世が世なら、雪が降るなか皆の前で裸足のまま断食して許しを乞いながらも、コッソリと反撃の手段を考えるところだ。
きっと後に、『触手の屈辱』とかいって歴史に名を残す事件になるだろう。(なるかな?)
フレキシブル・ベローズ・リムをマニュピレーターとして採用するのは、フレキシブルな可動が可能で、決して悪い選択肢とは思えない。
だが、反対する彼女ら精霊達の意思は、岩のごとく固い。
「習うよりは慣れろ」の精神で、実物を造ってその優位性を実証すれば、皆納得するのではないかと、その機能のみに限った実験装置を試作し、取り敢えずテストしてみる事にした。
仲間内で、鞭の使い方に精通しているという理由で、『青き矮星』の二つ名を持つ大地の精霊の『ララ』さんに頼み込み、彼女の『オントスα H型』の右腕に内蔵しその動きを確かめて貰った。
彼女の使用感では、確かに離れた目標を巻きつける事により掴んだり、また圧電素子を内蔵しているので、鞭として利用すると電撃が食らわせられる点を評価していたが、積極的に使うべきかといえば、「う~む?」と疑問符のつくものだったらしい。
もともと通常型のオントスは、両腕がリニアモーターシステムにより、伸ばせるようになっている。
つまり従来型オントスの腕部に対する優位性というのは、ハッキリ言えばそれ程でもないというのだ。
そのテスト結果は、私にとってチョット衝撃的であった。
テストの為の犠牲者として、ララさんの鞭にしばかれて倒れた初期型試製オントスの姿を後目に、なんとかこのシステムを利用する方法はないかと、再び思索にふける。
後ろでは相変わらずのデルフィナが、倒れたままブツブツと念仏の如く文句をたれるので、私も仏のように静かにスルーを決め込むが、やはり煩いのでなかなか良いアイデアも浮かんでこない。
元は蛸に対抗する為に造ってるんだから、素直に腕を八本付ければ良いのではないかと、判っているのだが、それでは皆を納得させるのも難しいし、何よりストレート過ぎてで工夫が感じられない。
なんとか面白い方法はないかと、再び思索を兼ねて『オントスγ PM型』に、ソーフォニカに頼んで乗り憑かせて貰い、(精霊達は元々霊的生物なのでオントスに自力で乗り憑く事が出来るが、私のように元が人間やエルフのフィデリアさんは、ソーフォニカの力を借りなければ出来ない。)そのまま海中散歩とシャレこんだ。
のんびり海中を漂う散歩などしていれば、新しい発想が浮かぶかもしれない。
そう考えて、ゆらゆらと光が揺れるエメラルドグリーンに近い海中を、のんびりと漂いながら、海中生物を追っかけて観察などを遊んでいると、そのうちに上方の海面に二つの長いモノが浮いているのを見つけた。
いったん浮かび上がり、水面より上からカメラ・センサーを向けたが、どうやら地元漁師の船らしい。
元の世界で言えばアルトリガーカヌーと呼ばれる、ポリネシアの漁民などが使っていたモノに酷似した船で、片側にアウトリガーと呼ばれる浮きが付けられ、更にレイトンと呼ばれる三角形の帆が搭載されていた。
どうやら帆走も可能なもののようだ。
アウトリガーを支える腕木には板がわたしてあり、漁師にとっての作業スペースとなっているらしく、その上で亜麻色の髪をした若い女性が一人、釣りをする準備に勤しんでいる。
網を使っていないところをみると、網が高価で買えないか?一本釣りによる大物狙いの漁師かもしれない。
網を使うと漁獲量は増えるが、鱗などが剥がれて採れた魚の口に入る事が多く、採れた魚の価値が下がってしまうとは、以前話には聞いていた。
それに比べ一本釣りで採った傷の少ない大物なら、貴族や豪商へ高値で売れるらしい。
彼女もそうした、富裕層相手に一攫千金を狙う漁師の一人なのかもしれない。
思わぬ目の保養だと、コッソリ距離を置いて後を付けてみた。
やはり海と帆船、それも三角帆を持つアウトリガーカヌーの姿となると、美しい。
おまけに操るのが亜麻色の髪の若い女性となると、これ以上はない程に『絵』になる。
カメラ機能を使い、この場面を写しておこうかなと、思わずカメラ・センサーのズームを上げたところで、ちと不味いモノを見付けてしまった。
彼女の船の周りを、三匹の巨大な生物が囲んでいる。
全長は十メートル程で大きい。
背びれの形状からみて、鮫とは違うみたいだが、船に向っていくところをみると、凶暴な肉食系なのかもしれない。
「これはヤバいかもしれない。」と私も即、船に向って速度を上げるが、所詮速度性能の違いか、いつまで立ってもなかなか追いつけない。
そのうち、船に乗っている彼女も、事態に気が付き慌てて帆柱にしがみつこうとするが、巨大魚の一匹の体当たりを受けて、船が大きく揺れた。
その反動で、彼女は帆柱に手を掛ける事も出来ず、そのまま海に転落してしまった。
これはマズい!
どうやら奴らはある程度の知能を持っているようだ。
船に体当たりしたのも、おそらく過去にそうして乗っている人を落とし、獲物とした事があるのだろう。
そういった経験を頼りに活動するという事は、イルカ程度の知能をもっている可能性もある。
今は海に落ちた彼女を、三匹のうち誰が食べるかで、お互い牽制しあっているのか?周りを廻っている様子見している。
だが均衡が崩れれば、一瞬のうちに彼女はそのデカい口で齧られ、食べられる事になる。
仕方ない!!
私は、オントスの緊急出力を使い、三匹の輪の中に割り込んだ。
そして頭部が向いたその先に居た巨大魚に向けて、『スピアガン』を発射する!!
ブシュッ!ブシュッ!
二発が命中したが、うち頭部に命中した一発が弾かれた!?
「え!?」
掠めるように、その巨大魚の下を突き抜けた時、横目で近くからその姿を視ると、頭部は硬い甲冑のようなもので覆われており、顎の上下には強靭な牙のごとく、鋭い突起がついていた。
どうやら頭部はかなりの重装甲らしい。
入射角度が浅かったこともあり、表面に傷がついた程度で頭部へのダメージは殆ど無かったようだ。
幸い、胴体に命中したものは突き刺さり、海中に血の霧を流している。
有り難い事に他の二匹は、血を流しだしたその個体に目標を換え、襲いかかろうと向っていく。
どうやら鮫と同じで、なまじっか鼻の良さから血の匂いを嗅ぐと、そちらに優先的に向かうらしい。
同じ種類であっても、どうやら仲間意識は持たない魚のようだ。
私は未だ海中を、溺れたように手足をバタつかせている彼女に向かい、作業用アームを伸ばして持ち上げ、海中から吊り出した。
そしてビックリした顔を見せる彼女を後目に、船の甲板の上へおろしてやった。
彼女は、驚きのあまり何をしたらよいのか判らなくなったらしく、そのまま甲板に固まってしまっている。
あの巨大魚達も、傷ついた一匹を追って離れてしまったらしく、彼女の周りの危険は去ったようだ。
だが、彼女も折角海に出て命の危機にさらされながら、ボウズというのも気の毒だろう。
私は再び潜水を始め、ちょうど下に居たタラと見られる全長二メートル近い魚体に、警戒させないようゆっくりと近付き、ワイヤー付きスピアガンで頭部を撃ち抜いた。
そしてそれを、作業用アームで彼女の船の上に載せてやり、そのまま私は去る事にした。
彼女が当初の予定していた漁獲高には、少々足りないかもしれないが、無いよりはマシだろう。
作業用アームで、放心状態の彼女に手を振ってやり、そのまま『思考巨人の砦』たる私達の拠点に帰投の為に向かう。
結局、あの蛸への対抗手段は考えつかなかったが、地元漁民の娘を一人助けられただけでも良しとしようか?
それに、海中には蛸だけじゃなく、スピアガンを弾くような、鎧を着たような危険な巨大魚も存在する事が判った。
特にあの外骨格のような頭部は、東京の国立科学博物館に展示されている、古生代デボン紀に生息していた巨大魚『ダンクレオステウス』のモノに、あまりにも酷似していた!
もし、元の世界ではデボン紀大絶滅により絶滅したこの巨大魚が、何らかの原因によりこの世界で生き延びていたとしたら、あの鋭い顎の噛む力は先端部で四千四百ニュートン、奥側でも五千三百ニュートンというとんでもない試算が出ている化け物だ。
口を開いたら、人一人が丸呑みにされそうな高さもあったし、コレに対する何らかの対策も必要かもしれない。
とはいっても、魔法ではメジャーな電撃系を使うのは、周りの海水の伝導率の方が高そうで、効果はまったく期待出来そうにない。
マリンスポーツ経験者なら、このような相手に対する有効な武器や手段を知っているかもしれないが、残念ながら私は、そのような事を楽しめるような立場のリア充では無かった。
社畜だったこの身が怨めしい……。
取り敢えず、帰ったらソーフォニカに相談してみる事を決め、私は拠点へと繋がる海底洞窟の扉を抜けた。




