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第四十六話 「或る夜食の出来事①」


 やや薄暗さが始まる程度の、深さの海の中。


 浮かぶでもない、沈むでもない、ただゆっくりと水中に漂っているのは、何故か落ち着いた気分になる。


 見通しの効かない暗い海だったら、薄気味悪い恐怖に陥るものなのだが、現在のように水中でもクリアで明るい視界を持つと、波の音が海底の砂を動かす音しか聞こえなくなるこの空間は、奇妙な優しさを感じるものへ変化するのだ。


 人が未だ胎児だった頃、母親の体内で羊水という名の海に漂っていた記憶が、そう感じさせるのかもしれない。


 やがて後ろから、ゆっくりと鯨に似た姿の奇妙な形をした物体が、追いついてきてコチラに向けて光を放ってきた。

 光信号を用いた海中通話システムによる信号だ。


《スターリング様、どうですか?

 自ら造り上げた水中作業用『オントスγ(ガンマ) PM型』の扱い心地は?》


 そう、今私が取り憑いて操っているのも、後ろから追いついて語りかけてきたのも、新しく私が開発した水中作業用ゴーレム『オントスγ(ガンマ)』、全長二十一メートルにも及ぶ、大型ゴーレムなのだ。


 この機体は、従来のオントスシリーズと異なり、動力を機体内に内蔵する液化メタンと液体酸素を燃料とする、『()()()()()()()()()()』に依存している。


 動力変更の最大理由は、海水にも魔素は含まれてはいるが、海水は空気と違い遠心力などでは圧縮する事自体難しいからだ。


 従来使われていた魔導タービンでは、タービン内部の空気を圧縮する事により、魔素の濃度を高くして回転の魔法陣を起動していた。

 だが、圧縮する事自体が難しい海水では、魔素の濃度を上げる事が出来ず、タービン内側に刻まれた回転の魔法陣を、起動する事が難しい。


 そこで、外部からの魔力に依存しないシステムとして、このエンジンが採用された。


 ちなみに今回新たに搭載された、『スターリングエンジン』の作動原理は。


① セラミックで出来たディスプレーサーという部品を、メタンと酸素の燃焼により加熱し、内部の気体を膨張させて、高温側ピストンを押す。


② 高温側ピストンはクランクディスクを廻しながら、低温側ピストンへ通じるバルブを開き、加熱され膨張した気体を低温側ピストンへ送り込む


③ ②で膨張した気体は低温側ピストンを押し更にクランクディスクを回す力を与える。


④ 海水で冷却された低温側シリンダー内部の気体は、圧力を低下させ負圧を生じ低温側ピストンを引っ張る。引っ張られて低温側ピストンは空気を圧縮させ、やはりクランクディスクに回す。


 これら①~④の動作を繰り返す事で動力を生み出すのだが、シリンダー内部での爆発工程を伴わない外燃機関の為、熱効率こそ高いもののエンジンの大型さに比べてトルクが低い。

 よって、推進をスクリュー等に依存せず、これらによる発生する動力を用いて、尾びれと一緒に耐熱ゴムで覆われた後部胴体をゆっくり上下させて進む仕掛けになっている。


 その構造ゆえに、進む速度は人が歩く速度と変わらないのだが、水中をグライダーのように胸びれを用いて滑空し、メタン燃焼で生じた排気を浮力に利用するのを繰り返せば、理論上はこの星を半周するくらいの航続距離を得られる。

 超低燃費型のオントスなのだ!


 胴体前部には、半分埋め込まれた形で作業用アームも取り付けられ、水中作業も楽しく行える、真いいことづくめの機体である。


 このオントスが開発された経緯は、いろいろあるのだが、最大の理由は海底資源の採集と調査を目的としている。


 私達が拠点としている、オースウェストラン王国には地上に火山なるものは無い。


 だが、一転して目を海に向けると、沿岸からほんの数キロ先に、海底火山の噴出孔が存在するのだ。


 そこからは、地中から熱水を吹き出すチムニーと呼ばれる煙突のようなものが突き出ている。

 その場所から放出される熱水は二百~四百度に達するもので、硫化水素等の硫黄の化合物、メタン、レアアース等の貴重金属が含まれている。

 そう、それらは宝の山なのだ!


 私がこの世界に来る前からソーフォニカは、この場所に突き出たチムニーを定期的に、水の精霊達に頼んで水中ゴーレムで切り取って貰い、回収していたそうだ。


 このチムニーからは、ベリリウム、バナジウム、クロム、マンガン、ニオブ、タンタル、ビスマス、ニッケルといったレアメタルや、金、銀、銅、そして僅かだが白金すら採取可能なのだ。


 だが、チムニーが成長する度に、水中用ゴーレムに鋸を持たせギコギコやっていたのでは、あまりにも効率が悪かった。

 ゴーレムの材料である泥が海水に溶けそうになるのを、水の精霊が必死で魔力で抑えながら行うという難しいものなので、この作業に着く精霊達の間ではとっても評判が悪かったのだ。


 そこで私は以前科学関連のニュースで見たことのある、チムニー回収の方法をソーフォニカに進言してみた。

 それは、一度チムニーを根こそぎ採った後に、ドーナツ型の板を熱水の噴出孔に設置するという方法だ。


 現状、その海底火山には、年間で約四十トンのチムニーが堆積するという。

 ならば、その周りを囲うように板を置けば、その上にチムニーは堆積していく事になる。


 そこでチムニーがある程度成長したところで、板ごとチムニーを引き上げてしまえばよい。


 引き上げ終わった場所には、新しく板を設置すれば再びその場所で、チムニーが成長していくだろう。


 そこで、それらの作業を効率よく行う為に、新型の水中用ロボ……ゴホンゴホン、ゴーレム『オントスγ(ガンマ) PM型』を開発したのだ。


 開発当初は水の精霊達から、『足が遅い、鮫やシーサーペントにも負ける、デカいだけ。』等と決して評判は良く無かったが……。


 現在は光や音波を利用した『海中通話システム』。

 採光度を高め、暗い海中でも明るく視える複数の『大型カメラ・センサー』。

 音波の反響を利用し、場合によっては本体から切り離し、曳航して使える『音響センサー・ソナー』。

 そして内蔵武器として搭載されたガス圧発射式の『スピアガン』までを備え、今では水中作業のみならず、精霊達のシャレた水中散歩の道具としても活用されるようになった。


 そして今回、私がこの機体(オントス)に乗り憑き操作しているのは、もう一つの目的に適うかのテストも兼ねる予定であった。


《あそこです。》


 後ろから追いついてきたもう一機の『オントスγ(ガンマ) PM型』を駆る、水精霊の『マリソル』さんが、私に信号を送りながら海底を指差している。


 そこには、頭部だけで十メートルを超える巨大な『()』が、海底火山の熱水噴出孔近くで、さかんに何かを触手で掴んで口に運んでいた。


「……驚いた……。」


 もしこの場に、H・P・ラブクラフト様の狂信的な信者が居たら、喜びのあまり周りでタップダンスで踊り狂い、『邪神様』として崇め讃えただろう。

 狂った幾何学的な角度の暗緑色の巨石で構成された、海底都市がこの場に存在したら、さぞかし似合ったであろうが、さすがにそれまでは存在しなかった。


 チト残念である。


「デカいな……。

 あれはいったい何年くらい生きているんだ?」


《詳しくは判りませんが、最初に確認されたのは七十年程前です。

 ソーフォニカ様によると『硫化水素をエサとして有機物を合成するバクテリアと、体内で共生する事いより、あのような場所で生存出来るようになったのでは』との見解でした。》


 つまりあの『蛸』は、このような場所で生きる為に、超進化したという事なのか!?


《また、天敵の居ないこの場所で、辺り一帯に同じような形で生息する、豊富な海老や蟹をエサに、あそこまで成長したのではないかとの事です。》

 

 なるほど、アイツはこの場所でひとり、(一匹?)スローライフを楽しんでいた為、あの巨体まで膨れ上がっていたというワケか。

 なかなかけしからん奴!!


《後々の事を考えると、私達の水中作業での障害となる可能性が高いです。

 そこで、狩るべきという話が出ているのですが……。》


 たしかに、あの巨体ではスピアガンも通用しない可能性が高い。

 表面は柔らかそうなので、突き刺さりはするだろうが、全体の大きさから考えて、大したダメージを負わせられないだろう。

 それどころか、足はむこうの方が速そうなので、墨を吹き付けられて逃げられるのがオチな気がする。


 特に、逃してしまっては『()()()()()()()』のだ。


 止む無く、取り敢えずは一旦戻り、あらためて捕獲方法を考えてから出直す事にした。




 ちなみに、戻った後であの蛸に対抗する為、多数の触手を備えた新型オントスの建造を提唱したが、なぜか顔を真っ赤にした精霊達による、圧倒的多数による反対により否決され、それどころか万が一建造する事となっても、名称を『ONTOS』ではなく『HENTAI』とする事で一致した。


 良いアイデアだと思ったのに……

 何故だ!?



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