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第四十五話 「誘惑 」


 魔に属する軍団の、虜囚を集めていた拠点の攻略は終わった。


 だが、これから問題は山積みだ。


 いろいろと情報を握ってたと思われる、相手のリーダーらしき『魔族(インフェル)』は、味方のレールガンの狙撃で、死体の頭は綺麗サッパリ無くなってた。


 本来は生かして捕らえ、いろいろと情報を吐き出させたかったのだが、強大な魔力を持ち更に人質も抱えてる状況だったので、現場の判断で真っ先に狙撃されたとの事だった。


 まぁ他の魔物と比べれば頭も良さそうだったし、どんな逆転方法を抱えているかも判らない相手だ。

 一番の危険性を持つ脅威と考えれば、最初に狙撃という手段を取るのも止む終えまい。


 有り難い事に、予め情報を得ていた『()()』とやらは、ソイツが後生大事に抱えてたので、死体を探ったら即出てきた。

 実体は髑髏の形をした黒光りする壺のようなもので、ご丁寧にこちらの言葉で『原器(エグゼンプルァ)』と髑髏の額にしっかり書いてあった。

 そんなものを持つのも呪われそうで気味が悪いので、厳重に梱包してソーフォニカの元へ、届けて貰う事にした。


 問題は虜囚となっていた人々だ。


 その殆どが、衰弱が酷く自力では動けないような状態だった。


 理由は、彼らに与えられた食料による事情であった。

 彼ら虜囚には食料として、よりによって仲間の冒険者の死体を鍋にしたものが与えられていたのだ。

 特に、怪我をしたもの、身体の弱そうなものから間引かれ、ドンドン鍋に入れられた。

 食べるのを拒否したものには、強制的に口に入れられた。

 その為に、食べたフリなどをしてやり過ごそうとしたものも多く、そういった者達は例外なく栄養不良と脱水症状で死にかけていた。


 魔物達にとっては、共食いなどは当たり前と認識しており、彼らがそれを何故拒否するのかすら判らなかったのだろう。


 異世界ではどうだか知らないが、通常人間が同族である人の肉を食べようとした場合、催吐性がありまともでは食べるのが困難と聞いている。

 また食べたとしても、クールー病という狂牛病に似た神経変性疾患を起こす可能性がある。

 もしコレに罹患すると、振戦、痙笑、ろれつが回らなくなるといった症状がみられ、やがては身体を動かすどころか、嚥下することが困難となり死に至る。

 潜伏期間は十~十三年、発症した場合殆どが1年以内に命を落とす。


 治療法は、全く無い。


 あまりにも救われない話だ。


 このような事態までは想定していなかった私達は、医療用品など今回参加した中で、生身の肉体を持つ私とフィデリアの二人分ぐらいしか用意してはいない。

 もしこの場に、生理食塩水にカリウムやカルシウムを添加したリンゲル液や、ブドウ糖の点滴注射があれば!?と悔やんだが後の祭りだ。

 癒やしの魔法では怪我とかは治せるが、今回のような衰弱には対応出来るものでは無い。


 私と他、冒険者ギルドの認識票を持つもので、急ぎホドミンの街へ向かいギルド長へ掛け合って、救援をよこして貰ったが、助けられたという事で気が緩んだのか、戻った時には既に三人の人が亡くなっていた。

 これからの、街までの輸送途中でも、更に何人死ぬか考えたら気が重い。


 輸送自体は、ギルドから来た救援隊に任せ、私達は仲間の殆どをソーフォニカの元へ帰還させた。

 重量級を含む四十騎以上のオントスという戦力を、あまりギルドの連中には見せたく無かったからだ。


 ギルドへの説明は、私と他、フィデリアやフロレンティナ達三人が残り、ギルド長には相変わらずの国の機密をチラつかせながら、あの場に大規模な『魔に属する軍団』の拠点があった事。

 それらを、『謎の戦力』が掃討した事、そして未だあの森に、敵性兵力が残存しているかもしれない事を告げた。

 ギルド長はその事に対して驚き、高レベルな冒険者の集団による、残存する魔物達とその拠点の捜索と掃討に掛かってくれる事を約束した。


 もちろん、『謎の戦力』については、聞こうとしなかった。


 街の施療院や神殿は蜂の巣をつついたようような大騒ぎになり、搬送されてきた人々の治療に忙殺されているようだ。

 街の人々も、次々と運び込まれる虜囚となっていた人々を目に、自分たちの直ぐ目の前の森に、『魔に属する軍団』の拠点が築かれていた事にショックを受けている。


 おそらく、この事件は王国の中枢まで情報が届く事になるだろう。

 となると、暫くはこの街に来ない方が良いだろう。


 そう心に決め、街の外に向って歩きだした私達の前に、貴族令嬢のアルドンサさんが現れた。


「このたびは、この街の危機を救って頂き、ありがとうございました。」


 彼女は私達に頭を下げてくる。


「なんのことかな?

 たんに私は何者かに襲われた魔物達の拠点で、偶然虜囚になっていた人々を見つけただけだよ。


「あと他にも、私の実家が他の貴族との間で抱えてるゴタゴタも、解決してくれたようですね。

 ギルド長を間に立てたりして……。」


「さぁ?何のことだか判らないなぁ。」


「私だって貴族の端くれです。

 一年程前、国王陛下が勇者召喚の儀を行い、四十人程の異世界人を確保したという話は、風の噂で聞いています。

 貴方は、その一人じゃないですか?」


「ならそれは別口だな。

 見ての通り、私はエルフの血を継いでいるんだ。

 そんなのとは関係ないよ。」


「では転生ですか?

 あなたも、日本から転生したんじゃありませんか?」


「…………。」


「普通の人なら、私の話など夢物語だと否定するんですけど、貴方だけは言いましたよね?

 『この世界だという()()()()のタイトルは何というのでしょう?』ってね。

 この世界、ゲーム自体存在しない筈なのに。」


「……それに答える事は出来ません。

 こちらもいろいろと秘密を抱えてますから。」


「私と一緒に、学園に通うというのも無理ですか?

 それなりに報酬だって用意出来るのに?」




「すいません。

 その件については、保留にさせて下さい。

 私にはまだやることが山積みになってるんです。」




 そう、本当に山積みになっているのだ。


 これから暫くすれば、ソーフォニカの力で、精霊達も肉体を持つようになっていくだろう。

 そうなれば、今度はそれらに対する食糧生産の事とかで大変なのだ。


 まさかとは思うが、現在ソーフォニカの元へ集う精霊達全員が、身体を求めるとしたら、江戸時代での換算法で言えば一人あたり年間三俵、つまり百八十キロの米を用意しなければならない。(この世界に米があると仮定しての話だが)

 それから概算したら、精霊一人あたり、約三百坪の面積の田んぼが必要になる計算だ。

 それだけの土地を開梱したとしても、その土地の領主やら国王だかの目についたら、取り上げられるか税を要求されるだろう。

 この辺りの農民は五公五民に近いくらい税を取られてるというので、それを考えると更に倍の土地を開梱しなきゃならない。

 考えただけでも憂鬱だ。


 農業用オントスの開発を進めなきゃならないかもしれない。

 それともいっそ王国から独立する事を考えるか?


 独立?


 そんな事を言い出したら、オントスを一つ目に改造している連中が、嬉々として「立てよ国民!!」とか言い出して、独立戦争を始めそうで怖い。

 この世界宇宙植民地(スペースコロニー)は無いが、ソーフォニカの力を借りて『隕石落とし』ぐらいはやりかねない気がする。

 それとも毒ガスか?

 市内に毒ガスをばら撒く気か!?


「どうかしましたか?

 スターリング様?」


「いや、なんでもありません。」


 思わず怖い事を考えてしまった。


 だが、精霊達は人々の事を軽くみていそうで、私という重しが無くなったら本気でやりそうで怖いんだよなぁ。

 ソーフォニカに言って皆の気を引き締めて貰わなきゃ。


「それでは、私達は帰る事にします。

 いろいろと騒がしくなったので、暫くは此処へ来る事も無いでしょう。」


「帰るって何処へ!?」


「さあ、それは秘密です。」


 私はそう答えて彼女と別れた。

 長らく、陰惨な事件に巻き込まれはしたが、取り敢えずは私に出来る事は終わった。


 さぁ帰ろう。

 これからも、共に歩む仲間達と共に、自らの為の楽園を築く為に。

 そして何より、待ちくたびれている私達の最高の頭脳『ソーフォニカ』のもとへ。


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