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第四十四話 「鎖の国⑫」


 私はそれまで、異世界召喚や転生などされるのは、『日本人だけ』だろうと勝手に思い込んでいた。


 理由はそれまでに出回っている、異世界召喚や転生に関する小説の類が、()()()()()異常に多かったからだ。


 それは単なる流行り(ブーム)という言葉で割り切るには、ちょっと異常な程の数値だったからである。

 これはもしかして、実際に召喚されたり、転生させられた人物が実在し、帰還後にその体験を書いた作品が、数多く存在するからでは無いか?と想像していたからでもある。


 だが、よく考えてみれば、エルフもドワーフもゴブリンやホブゴブリンも、いやこの世界に存在する全ての種族が、英国や欧州の伝説のなかに存在する種族なのだ。

 ダンミアの村を襲った一角獣(ユニコーン)にしても、古代ローマ関連の文献を紐解くと実在したという記録も存在し、その姿は一般に言われるような白い馬に角などといった美しいものではなく、(サイ)に近いものだったという。


 これらの事を鑑みると、過去に英国や欧州に異世界へ召喚か転生させられた人物が存在し、帰還後その時の事を書き残すか、口伝による伝承として残したと考える方が、自然とも思える。


 そして今回、ゴブリンの巣と思われる魔物達の拠点の中に、明らかな日本語じゃない文字が刻みつけられていたのだ。


 この事に関する私の感情は、複雑であった。


 はたしてこれは、私達日本人以外にも、異世界から召喚された人物がいて、この世界を彷徨い連中に拉致された人物が居ると考えればよいのか?


 それとも?


 最悪な展開として、よりによってその人物は魔物に転生し、その事を知り自らの境遇を憐れみ、あの文字を壁に刻んだのではないか?という事だ。


 おもえばあの文字は、床から七~八十センチ程の高さの壁に刻まれていた。


 その高さは、平均的サイズのゴブリンが、立って壁に書いたとしたら、位置的には合う。


 またここに居たゴブリンは、銃を腕に釘でに打ち付けられ、さらにそれを使用するなどと、これまでの魔物には明らかにみられなかった部分が多かった。


 調べ上げてみたがあの銃は鉄では無く、青銅で出来た粗雑な作りではあった。

 一丁が暴発して破裂したのも、それが原因であろう。


 だが、原始的とはいえ火薬と銃の生産を、おこなっていたという事実は衝撃的だ。


 もしその人物が、魔物として転生しその手の小説にあるような、前世の知識を用いた『()()()()()』を行おうとしてたなら、あまりにもピッタリとピースがハマる。


 もし、あの文字を使っていたのが()()()の人物だった仮定すれば、軍事教育や思想など叩き込まれた、生粋のゲリラ戦に長けた人物の可能性がある。

 ()()の人物だったとしても、成年を迎えているなら、徴兵を受けそれなりの軍事的な教育を受けた人物の可能性もある。


 どちらだったとしても、それが『魔に属する軍団』に取り込まれ、それなりに高い地位に就いていたとしたら、この世界での戦いを更に陰惨にする可能性も存在するのだ。


 これらが、最悪な場合でのシナリオだが、もしそうでなかったとしても……。


 既に私達が手を掛けた魔物達の中に、その人物が混じっていたという可能性も存在する。




 だとすれば、あの壁に描かれたハングルの文字、『死にたくない』の言葉は、あまりにも悲しすぎる。




 日本特有の能天気で幸せな、異世界召喚や転生モノの小説と違い、既に埋もれている悲劇かもしれない。


 そして悲しい事は……。


 たとえそれが判ったとしても、私達は手を止めるワケにもいかないという事だ。


 本日、三回目にあたる敵の誘引。


 相変わらずの、商人の馬車を人員ごと丸ごと徴発。

 マシだったのは既に噂が広まっていたのか?

 協力を要請された商人達が、やけに素直にこちらの言うことに従ってくれるようになった事。


 誘引と殲滅を続ける度に、襲ってくる敵勢力の数が、減っている気がする。


 やることはいつも同じ。


 誘い出された迂闊な敵を、圧倒的な火力で殲滅していき、逃げ腰になった敵には『ネルスポットガン』でマーキングする。


 あとは偵察役(スカウト)のGB型オントスが追跡し、敵拠点を探る。


 そして敵拠点への侵入、殲滅の繰り返し。


 捕虜なんてものは無い。


 『魔に属する軍団』の勢力は、ヒエラルキーは力によるものだけ、そして軍団に属しないものは全て食料か敵。

 即ち、全てを自らより下に見ている。


 そしてそれを追い立てる精霊達も、所詮それらを自らより低位な存在とみなし、見下している。


 お互い共有出来る価値が無ければ容赦無い、殲滅戦になるしかないのだ。


 とくに精霊達は、この戦いを娯楽として見ている要素が強い。


 実体を持たず永き時を生きる霊的存在でもある精霊達にとって、生命など『輪廻転生を繰り返すうちの一瞬でしかない』と、相手の生を軽くみているからだ。


 私はどうなんだろう?


 たしかに、『ソーフォニカ』という存在が居れば、身体の交換を繰り返し、精霊達の如き永きに渡る生を生きる事は可能だろう。


 だが?


 なら何故?私の前のソーフォニカの主人だったという人物は、現在は彼女の前に居ないのだろう?


 それが異様に気になった。


 思えば彼女も、前の主人の事をあまり喋ろうとはしないのだ。


 そんな事を考えながらも、冷徹に指示を下す私のもとにいるオントス達の集団は、冷酷な集団に私からもみえる。


 最初は巻き込まれ生き残る為、そしてソーフォニカという強力な後ろ盾を得て増長し、あとは自らの我儘でこの集団を動かしてるようにも思えるのだ。


 大義名分?

 そんなものは存在しない。

 行方不明者の捜索?

 顔も知らないような連中の為に、この世界の新参者たる私が、どれだけ本気になれるのか?


 ただ、あの霊界通信機の後ろにいる人物に、興味があるから動いているようなものだ。


 もとの世界に帰りたいのか?

 あの霊界通信機からは、元の世界からのラジオ放送が流てきていた。

 即ち、この世界と元の世界の間では、電波が行き来する事が出来る何らかの繋がりが、今現在も維持されているという事。


 だが、元の世界へ戻ったとしても、現在程の充実した時を過ごせるだろうか?


 ソーフォニカという相棒を捨てて?


 自問自答を続ける私を置き去りに、七つめの魔物達の拠点に対する攻略が始まった。


 相変わらずの私とフィデリアは、敵の潜む坑道前でOG型オントスの中で待機する事になる。


 いくつもの拠点攻略を経てきたせいか、味方のオントス達の手際も良くなっていると感じる。


 あれから、銃などの火薬を使った兵器による反撃は全くみられない。

 やはりアレは、あの拠点に居たゴブリン達だけが特異だったのだろうか?


 坑道からは相変わらずの、重機関銃(コイルガン)狙撃銃(レールガン)の銃撃音。

 白兵戦と見られる、剣戟の音。


 ただ今回はいつもと違い、銃撃や剣戟が鳴り止むのに、長い時間を要した。

 それどころか、いつもなら殆ど生じない、損傷をおびたオントスが修復の為に、何度か坑道を出入りするのが視えた。


 これは今までと違い、ヤバいのか?


 OG型オントスの操縦席(コクピット)の中、緊張のあまり汗ばむ手で操縦桿を握り続ける私の腕を、フィデリアがそっと握り、「大丈夫ですよ。」と声を掛けてくれた。

 同じ操縦席(コクピット)に居るフィデリアに心配を掛ける程、私は酷い顔をしていたらしい。

 一緒に居る彼女が生身である事が、今程ありがたかった事はない。


 そうか、私は何かに縋りたかったのかもしれないな。


 と気付く事が出来たからだ。

 ソーフォニカは私と比べて、隔絶した存在だ。

 その強大な能力から私は彼女に対して、自ら仲間意識を持つ事を知らず知らずのうちに、拒否していたのかもしれない。

 彼女が無線ではっちゃけるのも、その事を知ってワザと私に対して、自ら『()()()()()』では無い事を、アピールしていたのかもしれない。


 だとしたら私はなんて『道化(ピエロ)』なんだろう?


 それだけ実は周りから気を使われて……。

 そして一人自問自答して、危うく自縄自縛を繰り返すとこだったかもしれない。


 やがて坑道から響いてくる、銃声や剣戟の音が、目に見えて減っていき、やがては沈黙した。


 坑道の中から、攻撃隊長の『ソコロ』さんが飛び出し、珍しく興奮した声で私に語りかけてきた。


「坑道内の完全占拠に成功!!

 やりましたよ!!

 スターリング様!!

 見に来て下さい!!」


 ソコロさんに促され坑道に入ると、ところどころに魔物の屍体が転がっていたが、その奥深くには……。


「ありがとうぉお!!」「助かったぁあ!!」と口々に感謝の言葉を上げる、たくさんの虜囚となっていた人々の姿だった!!


 ああ、そうか。

 私はあまりにも世の中を斜に見過ぎていたんだな。


 周りには誇らしげに、傷だらけの機体に武器を掲げ、喜ぶ精霊達の姿があった。


 そうだ、人間ある程度は『身勝手で我儘』にならなきゃ、生きてはいけないし喜びも得られないんだな。

 たとえ偽善者と言われようと、元の世界にいた人に犠牲が出ていようとも、今ここにいる人々が救われたのだ。




 それで良いじゃないか!?




 私は神では無い。

 全てを救おうなどと、奢れる事など出来やしないのだ。




 救出された人々や精霊達の喜ぶ姿に見惚れながら、私は坑道の奥深くへさらなる調査の為に向かった。


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