第四十三話 「鎖の国⑪」
「こちらです。
スターリング様。」
逃げ出したゴブリンを追跡していたオントスα GB型が、私達を見付けて誘導してくれた。
他に見え難い、赤外線を使うライトをこちらへ向けて、合図を送ってくれたのだ。
オントスシリーズに搭載の頭部カメラセンサーモジュールは、可視光線よりも広い範囲の波長を捕らえる事が可能な為、使用出来る合図方法だ。
目の前には巧妙に偽装されてはいるが、追跡してくれた精霊によれば、間違いなく敵の巣穴の一つらしい。
魔法まで使って隠蔽されているが、点々と続く特殊塗料の痕、そして何よりオントス搭載のカメラには、そのような小細工は通用しない。
「突入しますか?」と先行していた精霊が聞いてくる。
確かに突入するしか手が無い。
殲滅だけが目的なら、火炎放射器をブチ込んで、中を蒸し焼きにしてやればいい。
たとえ焼けなくても、酸欠で皆死ぬだろう。
だが、今回はそういうワケにもいかない。
中には囚われている人が居る可能性もあるし、なにより奴らの『原器』が存在する可能性もあるのだ。
二日前に無線に出てきた、以前『霊界通信機』の向こうに居た人物の声は、私達に重要な情報を与えてくれた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「『原器』!?」
《そう、彼らが『神々の眷属』を召喚しようとしているなら、それを持っている可能性がある。》
「『原器』って……私達には原器といえば、長さや重さとか、平面になってるかを調べる基準にする為のモノなんだが?」
《そう。
貴方達にとっては、そういった人工物を造る上での基準を測る為のモノだろうけど、彼らにとってのモノは目的が違う。
そもそも彼らにはモノを造るという文化が無い。
必要なものがあれば、奪い取ればいいからね。
彼らにとっての『原器』とは、信仰する神々に対する貢献度を量る『神器』とでも言えばいいのかな?》
「信仰を量る道具!?」
《そう、信仰心だけじゃなく、具体的には神々に捧げられる行為を、定量化する秤のようなモノと思えばいい。》
「そんなモノが……!?」
《そしてその『原器』に向けて捧げられた行為が、一定以上になればそれに応じた奇跡を、地上にもたらす事が出来る。
具体的に言えば、君たちが恐れている神々の『眷属の召喚』とかね。》
「…………。」
《私が知る限りでは、『原器』を祭壇として、その前で百人の異教徒の命を捧げれば、『神々の眷属』を召喚する事が出来た筈。
そして呼び出された眷属は、一時的だが『原器』の持ち主に従属すると言われている。》
「という事は、奴らから生贄にする為に捕まっている人々を救出するか、その『原器』とやらを奴らから取り上げればいいというワケか!?」
《御名答。
奴らが必死で人々を捕らえようとしているのは、未だ生贄にする百人に虜囚の数が足りていないって事だろうね。
まぁ他にも『原器』にはいろいろな使い方があるんだけど、いずれにせよ彼らに持たせておくのはろくな結果にはならないだろうねぇ。》
「よし、ならばその原器とやらも取り上げて、叩き壊せばいいかというワケか?」
《そんな勿体ない事はすべきじゃないねぇ。
君には『ソーフォニカ』という最強の相棒がいるだろう?
彼女にでも預けて解析して貰えば、君たちにとっては新たなる『知識』という力になると思うよ。
具体的にはどんなものか、私からは言えないけどね……。》
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その時の、謎の人物との会話を思い出す。
彼女の言葉どおりなら、単純に内部を破壊して殲滅し、終わりにするという単純なワケにはいかないのだ。
内部に入り込み調査する必要がある。
「オントスのGB型を先頭に襲撃しよう。
内部では火炎放射器と榴弾系の武器は使用禁止で。
強力な個体が出たら、大変かもしれないけど白兵戦武器で。」
「了解しました。
それではスターリング様とフィデリアは、敵の掃討が終わるまで外でお待ち下さい。」
今回の襲撃計画の中心である『ソコロ』さんがそう言い出した。
「え?
私達は中に入れないの?」
「お二人は生身ですしなにより、中にはガスなどを使ったトラップがある可能性も否定できません。
大型のOG型オントスでは中に入るのは無理でしょう。
私達が掃討を終えた後、中へ入ってゆっくり調査すればいいのです。」
ソコロさんの主張はもっともだ。
ただでさえ狭い坑道の中に入っていくのだ。
そして生身の私達が原因で、足手まといになる可能性も少なくはない。
前衛を、偵察役の二騎のGB型オントスが務め、攻略部隊のオントスが侵入していく。
やがて中から銃声のような音が二発轟いて来た!?
パーン!パーン!
「え!?」
硝煙のような匂いまで漂ってくる。
おかしい!?
私達が携帯している武器に、火薬を使用したモノは実は無い。
理由は、万が一それらが流出し、この世界に悪い意味での、影響を与える事に配慮したからだ。
今までにも、召喚者や転生者が火薬を広めようとした事はあった。
だが、魔法があるゆえに、その利便性から火薬を利用した武器が広まることは無かった。
例えば銃を造ろうと考えたとしても、千五百度もの高温に達する高炉が無ければ、材料の鉄を精錬したり鋳造する事も出来ないし、知識として反射炉の存在を知っていたとしても、実際に造るのは難しいからだ。
ましてや、それを実際に造った事のある人間が、召喚されたり転生したりする可能性は、皆無だろう。
たたら製鉄に近い小規模な鋼の製造や、鍛冶による鍛造による鉄器はごく少数存在するが、それで作れるのは火縄銃レベルがせいぜいである。
それでは全天候性は持たせられないし、有効射程も百メートルそこそこだ。
その程度の距離なら三百メートル近い射程と、蜜蝋をボルト先端に塗り胸甲すら貫通するクロスボウの方が、よほど使い勝手がいい。
だが火薬を使った武器は構造は簡単だ。
それまで無かったとしても、現物が発見されたらそれを研究し模倣しようとする者が、現れないとは限らない。
だが、この世界の科学レベルなら、コンデンサーやサイリスタ等、製造に高度な技術がいるコイルガンやレールガンなど、流出したとしても模倣するのは不可能に近いだろう。
到底量産化など、出来るものではない。
だからこそ私達はそれらを主力武器としている。
だが、今そこにある坑道から、あきらかに火薬を使われたと思われる、銃声が轟いたのだ!?
やがて中からは、聞き慣れた重機関銃や疾風の杖の連射音。
雷鳴の斧による爆砕音や剣戟の音が響いてきた。
やがて音は、五分と立たないうちに静かになり、中から装甲表面にいくらか傷がついたソコロさんが出てきて、掃討を終えた事を告げた。
私は早速、先程の疑問をソコロさんにぶつける。
「さっき中から銃声のような音がしたんだが、一体なにが!?」
「ええ、その件も含めていろいろ報告したい事もあります。
取り敢えず中へお入り下さい。」
ソコロさんに促され、私とフィデリアはライトを使い、中を歩いていく。
『灯り』の魔法陣と魔石を内部に仕込んだ、マグネシウム合金製の懐中電灯のようなものだが、前部にシャッターが付けられ、必要に応じて即灯りを消したり付けたり出来るようになっている。
詠唱の必要もないので使い勝手が良い。
「あれです。」
ソコロさんが指差した先には、十数匹程のゴブリンの死体があったが、そのうちの二体が変だった。
明らかに人工物とみられる物体が『釘』で、ゴブリンの腕部に、『打ち付けられて』いた。
うち一つは、内部からの圧力からか、破損していたが、明らかに銃の一種と思われた!!
「なんだこりゃ!?
生体に釘で強引に打ち付けてあるなんて……なんつー非人道的な……。
しかも、これはマッチロック式の単発銃?
なんだってこんなものが!?」
「前衛の偵察班のオントスGBが、発見された時にこれで撃たれました。
一発は胸部装甲に当たったそうですが、柔らかい鉛玉だった為、潰れて弾けて被害は無いそうです。
もう一発は、相手の銃自体が暴発したのか?破裂して飛んで来なかったそうです。」
ゴブリンが銃を使う……。
しかも、暴発の危険性は承知してたのか?
恐怖から銃を手放せないよう、腕に釘で打ち込み固定してあるなんて……。
到底今までの魔物のやり方じゃないぞ!?
「それからこちらをごらんください。」
ソコロさんが、とある壁に案内する。
「今までは、私達の知る限りでは、ゴブリンは文字というものを利用する事はありませんでした。
彼らは記録するという事を知らない野蛮な種族と思われてましたし、道具は他から奪うもの、食料も多種族から奪うか共食いすらも当たり前の、まともな文化なんて持たないものと私達も信じていました。
ですがこれは……?」
ソコロさんが指し示す場所を視た私は、愕然とした。
たしかにそこには文字らしきものが描かれている。
しかもこの文字には、私は見覚えがあった。
以前私は、務めていた中小企業が生産していた、携帯電話生産用ロボットを据え付ける台座を、韓国の某企業へ売却し、工場への設置の為に上司と共に出張させられた事があったのだ。
この手の精密機械は、現地で設置する場所が水平か、ちゃんと平面が出ているか、また使用する電源に余計なノイズは乗らないか等、全部調べ上げ修正の上設置しなければならない。
長期の出張となる為、会社からの命令で現地の言語、ハングルを強制的に講習を受けさせられ憶えさせられたのだ。
そしてそこには、そのまさかの文字、それもハングルでこう書かれていたのだ。
『死にたくない』と。




