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第四十話 「鎖の国⑧」


 街中である程度()()()()、なおかつ四人が一度に泊まれそうな宿を探したのだが、なかなか見つからなかった。


 こういった場合はその方面に詳しい人に聞くのが一番なのだが、一番頼りになる二十代ギリギリベテラン受付嬢さんが居る、ギルド受付までわざわざ戻るというのも、なんとなく面倒である。


 そこで、既に街に根を張って生活している、『コンチェッタ』さんを頼りにするのも良策であろうと、彼女の錬金屋に私達は向った。


 店の扉の呼び鈴を鳴らし、コンチェッタさんが顔を出したと思ったら、また扉を閉められた。


「コンチェッタさ~ん。

 私で~す。

 またもやスターリングで~す。」


「す、すいませんスターリングさん。また凄そうなのが来たと思っててっきり、今度は地上げ屋が嫌がらせに来たのかと……。」


 コンチェッタさんが再び扉を開けながら謝ってきた。


 コンチェッタさん……

 目が悪いならいい加減眼鏡を替えなさい。

 それから、同業他社だけじゃなく、地上げ屋にまで嫌がらせされてるなら、いいかげん衛兵に相談しなさいって……。


「地上げ屋って……このお店いったい、いくつの団体から嫌がらせされてるんですか?」


「……えーと……同業他社さんに地上げ屋さん、洗濯屋さんに牛乳屋さんと心霊学会に……あと近隣の領主貴族から愛人になれとお誘いの嫌がらせも……」


 どんだけ嫌がらせ受けてるんだよ!!


 よくそれで、店をやっていけるものである。


「えーと……同業他社さんに地上げ屋さん……それは判るとして洗濯屋さんに牛乳屋さんからって……?」


「洗濯屋さんは以前から御用聞きに来てたんですけど、ある日私に「奥さん!!とか叫んで」襲いかかってきて……

 まぁその時はエーテル吸わせて叩き出したんですけど。

 牛乳屋さんは何故か私に、よく牛乳をぶっ掛けてくるんですよ。

 好色そうな顔をして……

 もうワケ判りません!」


 なかなか妙な性癖持ちに狙われやすいようだ。


 というかこのまま此処で店続けるの、危険じゃないだろうか?


「大丈夫ですよ?

 これでも一応いろいろな護身具で武装してますからね。

 もともと私も冒険者でしたし……

 目を悪くして事実上引退したんですけど。」


「なるほど、だからこの間のギルドの捜索依頼にも、参加出来たんですね?」


「ええ、昔から毒物と吹き矢は得意中の得意で、『()()()()()()()()()()()』なんて二つ名を付けられてたんですよ。

 ……いろいろと不本意ですけど……。」


 『()()()()』……


 なかなか中二というか……濃い二つ名を付けられたんだな?

 というかそんな二つ名背負って冒険者続けるのって恥ずかしいから引退したんでは……


「目を悪くして引退なさったという事ですが、怪我か何かで?」


「……いえ、ゴブリンの巣穴に毒ガス使ったら、逆流してきて目に……」


 いや、そんな自爆の危険性高いもの使うなよ……

 ジュネーヴもハーグもこの世界には無いが、そんな()()お互い()()で使うようになったら、この世界地獄になるぞ?


 あ、しょうもないシャレ言ってしまった。


「あ、でも全く見えないというワケじゃなくて、片方の目の焦点がちょっと合い難いだけですよ。」


 ああ、それで片方『片眼鏡(モノクル)』掛けてたのか。

 いかにも錬金術師らしく見えるんで、カッコ付けかと思ってた。


「あ……、ちょっと入ってて下さい」


「え?」


 コンツェッタさんは私達の後ろに何かを見つけたのか、慌てて私達を店に引っ張り込むと、店の二階に上がり窓から外を監視しだした。


「えーと……どうしました。」


 コンツェッタさんは声のトーンを下げながら窓の外を指差した。


「ほら、あれです。

 私に愛人になれと店に嫌がらせ掛けてくる隣街の領主貴族。」


 彼女の指差す方向には、確かに身なりだけはいろいろ立派な男が、執事らしいのと歩いてくる。


「嫌なんですよね。あの男しつこくて……

 え~と体重は百五キロくらいかなぁ……?

 クスリの量は……」


 そう言いながら、コンツェッタさんはスカートの下から吹き矢を取り出し、狙いを付け出した。


「え?」


 プッ!


 小さな音がしたかと思うと、店の近くまで来てた貴族らしいのがぶっ倒れた!?


「旦那さま!?」


 驚いた執事らしいのが、慌てて主人らしいのを抱き起こそうとしたが、再び?


 プッ!


 小さな音とともに、その執事も主人の後を追うように、その場に倒れた……。


 おいおい……。


「……あー、アレいいのか?

 とくにそのまんまにしといても……?」


「ええ、いいんです。

 あのままにしておけばそのうち、自称親切な人がお礼目当てに介抱して家まで送るか、もしくは悪い人ならば、放っておけば財布から服に至るまで身ぐるみ剥いで、捨ててきてくれますから。」


「そんなものなのか!?」


「ええ、周りの家の人達はいつもの事だと判ってくれてますし、打ち込んだ毒矢もコッソリ回収しといてくれますよ?

 クスリも痺れ薬と、チョッピリ頭がハイになる薬混ぜてあるので、衛兵さんもせいぜい『酔っぱらいだな』程度にしか思いませんよ。」


 こっ、これが現代の厳しい環境に生きる、『錬金屋の()()()()()』という奴なのか!?


 これだけ嫌がらせ食らっても店を畳もうとしない、コンチェッタさんの一徹な力強さを視た!!


 見た目はカワイイ系錬金術師なのに、内側は『羊の皮を被った()()()()()』だったのだ!!

 大祖国戦争だったらレーニン勲章本気で狙えるレベルだ……。


「さて、今日の分の『(アク)』は処理しましたし、ところで用事はなんですか?スターリングさん。

 そういえば、未だ『リットル』を護って貰った件、お礼もしてませんでしたね?」


 いや、アクを処理って……料理の『アクをとってよく炒め……』じゃないんだから!

 それに今の見せられたら、お礼なんて到底要求するの無理だから……。


「お礼の件は別に良いんですが、私達四人事情があって、出来るだけ壁の厚い部屋がある宿屋に泊まりたいんですよ。

 それで情報通のコンチェッタさんなら、良いところを知ってるんじゃないかと思って。」


「あら?それでしたら、うちに泊まればいいじゃないですか。」


「はい?

 良いんですか!?」


「ええ、二階でしたら客間もありますし、ただベッドは二つしか用意出来ませんが……。」


「ああ、その件は大丈夫です。

 ハンモックもありますし、どちらかと言えばちょっと内緒の会話の方が問題なのでして……。」


「なるほど……なにやら事情があるようですね?

 でしたら、今夜は私は一階で寝るつもりなので、二階を自由にお使い下さい。」


 アッという間に話が通ってしまった……。

 いいのだろうか?

 まぁ元はと言えば、彼女の所有する『霊界通信機』に端を発っした件ではあるのだが……。


「スターリング様、ここはお言葉に甘えましょう。」


 『エロイサ』を詐称している精霊(本当の方の名前が思い出せない。)が声を細めて言ってきた。


「それに万が一の時、事情を知られるような事態になっても、彼女でしたら協力してくれるでしょう。

 むしろそれ以外の人間で、事情を知る者を増やすべきではありませんし……。」


 そう言われれば、確かにそうだ。


 先程の、『隣街領主貴族狙撃事件』だって、我々を信頼しているから見せてくれたワケだし、ここは我々も彼女を信頼すべきかもしれない。


「それではすいません。今夜上の部屋をお借りします。」


「はい。どうぞ気兼ねなくお泊り下さい。」


「「「「ありがとうございます!」」」」




 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 その晩、二階窓際の部屋に集まった私達は、無線機を取り出し『ソーフォニカ』と、偵察に出た『ソコロ』さんを交えての会議を行った。


「シーキューシーキュー こちらホワイトルック どうぞ?」


《は~い、こちらソーフォニカ放送局。

 今日も楽しいDJ(ディージェイ)始めるよ~。》


 いや、あきらかに違うだろ……。

 DJ(ディージェイ)って何?

 お前はいったいどの方向へ向って頭が走ってるんだ?


《はい、こちら『ソコロ』、地竜達の集結地点の偵察に成功。

 スターリング様!

 この件、どうやら根が深そうですよ。

 どうぞ!》


「よくやったぞ『ソコロ』さん!

 で、根が深そうというのはどんな件なの?

 どうぞ!」


《詳しくは、偵察中の映像と音声を、記録装置に録画出来ました。

 そちらと集合した時、それについては視ていただいた方が良いと思われます。

 あと敵性戦力については、どうやら地竜だけじゃなく、ゴブリン、ホブゴブリン、オークといった、『()()()()()()()』の混成部隊が約二百、更に指揮官と思われるダークエルフ一名を確認。

 地竜の残りは四体です。

 どうぞ!》


 え!?


「ダークエルフって『()()()()()()()』に加盟しているのか!?

 どうぞ!」


《こちらソーフォニカですが、私の知る限りダークエルフは基本的に中立を保っています。それはダークエルフによく似た『魔族(インフェル)』と言われる種族じゃないでしょうか?》 


「『魔族(インフェル)』?

 初めて聞く種族だがどういった種族なのか?

 どうぞ!」


《外見はダークエルフに似ていますが、身体構造や保有魔力に違いがあります。

 基本的には、身体能力は獣人なみに高く、魔力の行使能力も現有種族の中で最も高いです。

 知能も高く、過去何度も『魔王』を輩出して来た為、似ているダークエルフがとばっちりを受けて、差別の原因ともなったハタ迷惑な種族です。》


 魔王!?


「この世界、魔王なんて存在するの?

 どうぞ!」


《存在します。

 人族(ヒューム)の神々が勇者を他世界から召喚するように、彼らの信仰する神々も、自分たちにとって都合の良い存在を召喚し、力を与える事があります。

 それが『魔王』です。》


 マジかよ!?


 まてよ?

 そんな連中が、生贄を集めているという事は……


「ソーフォニカ、そいつらが多数生贄を集めて、何らかの召喚を行う可能性というのはあるか?

 どうぞ!」


《考えられる件ですが、人族(ヒューム)》の神々による勇者召喚と異なり、敵方である種族の生命や魂を生贄にする事から考えると、魔王召喚では無く、彼らの『()()()()()』を召喚しようとしていると思われます。》


「『神々の眷属』とは!?

どうぞ!」


《神々は、ゲーム盤であるこの世界に対して、直接の手出しをする事は出来ません。

 それは彼ら自身が取り決めたルールに抵触しますから。

 ですが、勇者召喚や魔王召喚と同じく、自らの加護を信者に与えたり、自らの『()()』を送り出したりはすることが出来ます。

 勿論それらは、長い間地上に留まる事は出来ませんが、短い時間でしたら顕現し力を振るう事が出来ます。

 そうなればいわば天災と一緒です。

 たとえ短い時間であっても、街の一つや二つ灰燼と化すことも可能でしょう。

 そうなれば対抗出来るのは、それこそ最高レベルの加護を受けた勇者ぐらいです。

 それでも元の世界に送り返すのがせいぜいです。》


 なんつーこったい!


 ようするに奴らは、それを大量破壊兵器として利用しようとしているって事か?

 あの森から近い街といえば、この『ホドミン』の街か『コンウォール』の街のどちらかか?


 街の防備と戦力を、『()()』に破壊させ、あとは残りの戦力で蹂躙する!


 最低戦力で最高の結果を出す方法だ。


 おそらく、その指揮官らしき『魔族(インフェル)』が考えたのだろう。


「ソーフォニカ。

 もし、ソレが顕現したとして、我々の現有戦力で倒す事は出来るか?」


《現在の、という条件であれば、出来ないことはありませんが、正直戦力としてはギリギリです。

 正直に言えば、その『眷属』が暴れて力を使い果たし、元の世界へ戻るのを待ってから敵性戦力を殲滅する方がベターだとも思えます。

 ここで『魔に属する軍団』の神々の気を惹き、人族(ヒューム)側の神々に味方するような介入は、お勧め出来ません。

 彼らの身勝手さは貴方が身をもって知っている筈ですし、また、彼らの宗教は他種族に対しても排他的で差別意識が強いです。

 よい例が、貴方が召喚された時に、エルフの兵士が生贄に選ばれたという事。


 つまり、人族(ヒューム)の国の為ならば、他種族である亜人や獣人など幾らでも犠牲にして良いというのが、彼らの常識であるからです!》


 え!?


《あの聖体にされたエルフの兵士の脳内から記憶を、私は読み出しました。


 彼女は、仲間の命と引き換えに生贄にされるのを承諾したのです。


 もともと、王立第三軍団第五中隊は、彼らの中では消耗品扱いの亜人や獣人、そしてそれらとの混血を集めた部隊です。

 それらの仲間の命と引き換えに、彼女は生贄になる事を要求され止む無く……あとは貴方の知っている通りです。》




 そ……そんな……。




《我々は未だ発展途上です。

 ですが近い将来、彼ら神々と殴り合える力を持てる事は確実です。

 今はそのような事態になっても、静観すべきだと進言します。


 また、貴方のヒューマニズムを満足させたいなら、貴方の知っている人員だけでも、我々の手で救出する事は出来ると思います。》




 ソーフォニカの判断は冷徹だが正解だ。




 確かに、あの二つの街の住民について、私が知っている人々は数える程にも少ないのだ。

 いうなればTVの向こうの外国の人々と殆どかわりがない。

 そんな人々全てを、『命を掛けて救おう』などという士気は私に有るだろうか?


 確かに愛すべき人々はいる。


 ならそれら程度の人々を、救う程度で満足すべきじゃないのか?


 ソーフォニカの言葉に、私の胸にポッカリと穴が開いてしまった……。


 ああ、そうだ、私はこの世界で何をしたいんだろう……?


 動機すらも判らなくなってきた……。




《迷うくらいなら全部すくっちゃえばいいのよ。》




 え?




 ソーフォニカでも、ソコロでもない声が無線機から響き渡った。


 それは紛れもない、霊界通信機から聞こえてきた声だった。


「なっなんで!?」


《忘れたの?

 あの『霊界通信機』とか言ってる機械も、貴方達が使ってる無線機も、周波数は違えども変調方式は同じAM。

 つまり、こちらも周波数を貴方達と同じにすれば、傍受し放題。

 おまけに夜だから、E層による電離層反射も良好状態よ。》


 そう言えばそうだ。

 こちらが周波数変更を水晶交換なんて面倒な方式でおこなってるから、エアバリコンとかの周波数可変の事をすっかり忘れていた……。


「で、聞きたい。全てを救うって、どうすればいいんだ?」


《そんなの簡単じゃない。

 まず前提条件を貴方達は忘れているから。

 貴方達がさっき言ってたのは、あくまでも『神々の眷属』と戦う事になった場合でしょ?》


「そうだが……。」




《ならば簡単。

 彼らに『神々の眷属』を召喚させなければ……、つまり召喚出来ないようにしちゃえば良いんじゃない?》



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