第三十六話 「鎖の国④」
ダンミアの村へ、敗残兵の群れのごとく向かう、私達の足取りは重かった。
決して大量の冒険者が死んだとかそういうワケではない。
皆、あれだけの地竜の群れの前では、無力だという事を感じ入っていたからだ。
実質、私達ですらも、途中からソコロさん率いる別働隊が間に合わなかったら、正直ヤバかった。
現れた敵性戦力も、当初の私の予想を遥かに上回ってた。
私自身が、現れる敵もせいぜいオークやゴブリン、トロール程度だろうと舐めて掛かっていたのは否めない。
それでも、なんとか立ち回れたのは、明らかに親衛隊員が持ってきていた、『私が造った物ではない武器』のおかげだ。
おそらくソーフォニカが、万が一の事態を危惧して持たせたものなんだろう。
道すがら、親衛隊員から持ってきた武器をどんな物か見せて貰った。
先ず『重機関銃』モドキ。
これは明らかに火薬を使うようなモノではない、『コイルガン』の一種だと判明した。
発射原理自体は。
① 本体に据え付けられた魔導タービンを廻し、発生した電力は銃身下に据え付けられたコンデンサーに溜め込まれ、魔力はタービンの回転と薬室(?)内部に刻み込まれた『回転の魔法陣』の作動に使用される。
② 弾倉から薬室内に送り込まれた弾丸を、薬室に刻み込まれた『回転の魔法陣』により回転させ、中空に保持する。
③ コンデンサー内に溜め込まれた電荷を、サイリスタを用いて瞬間的に放電させ、電磁石の磁力で薬室内部で回転する弾丸を銃身内部へ引き込む。
④ 弾丸が銃身内の、電磁石の位置を通過する直前、その電磁石のスイッチを切断し、更に先にある電磁石を今度は作動させ、弾丸を銃身内で更に加速させる。
⑤ 上記④の動作を銃身内で繰り返させ、最終的には超音速で弾丸を射出する。
というものである事が判ったのだ。
興味深い事は、弾丸の形状が元の世界の弾丸のような椎の実型では無く、涙滴型に近い流線型をしている事だろう。
これは火薬式の火砲と違い、後ろからガス圧で押す必要が無い事と、空気抵抗を減らして弾道特性を良くする為だと思われた。
弾丸自体は前半分と後ろ半分で材質が違っていて、前半分は鍛造で作られたと思われる鋼鉄、後ろ半分はマグネシウム合金で出来ている。
これはおそらく、前半分の鋼鉄部分で目標とする相手の硬い皮膜や鱗などを突き破り、後ろ半分部分は体内で割れながら横転する事により、筋肉や内蔵をズタズタにする為と考えられる。
ジュネーブ条約真っ青である……。
ソーフォニカもよくこんな非人道的な武器、思いついたなぁ……。
……いや、ヒントは繋がれてる俺の脳内データベースからか?
ベルギーの拳銃メーカーが使う弾丸で、こんなのがたしかあった気がするし……
弾丸の重量は目分量だが多分百グラムそこそこで大分重い。
弾倉はドラムマガジンを横に二つ繋げたような、サドル型ドラムマガジンが使用され、装弾数はなんと百二十五発!
おそらく薬莢のを必要としない恩恵で、見た目より大量の弾丸が込められるのだろう。
正直、私を超えるソーフォニカの発想に、自信を無くしそうだ……。
見事、私の持つ現代科学の発想と、この世界における魔法科学を融合させている。
火薬を使わず機関銃を再現するとは恐れ入った。
もう一人の隊員からも、『火炎放射器』モドキも見せて貰った。
こちらは魔力などに依存しない、元の世界の火炎放射器とほぼ構造もおんなじである。
背中に背負ったボンベは、アルミ製の容器に鋼線を巻きつけ補強したもので、中には高圧の空気が充填されてる。
腕で保持する銃に当たる部分のタンクには、生ゴムとガソリン、マグネシウム粉の混合液が入っていて、背中のタンクから放出される空気の圧力で、先程の混合液が半ば気化しながら銃身から放出される。
その時に、銃身先端に付けられた圧電素子による着火装置で、混合液に火が着き放射されるという仕掛けである。
怖いのは、ガソリンにより溶けた生ゴムやマグネシウムが燃えながら相手に張り付き、炎上させるという点で、こうなると消化は難しく水を掛けてもなかなか消えないらしい。
現代のナパーム弾ほどでは無いが、充分に危険過ぎる兵器である。
原料のガソリンは、ソーフォニカが海水から抽出した水素と二酸化炭素から、錬金術により合成したというので、無茶苦茶驚いた!。
正直そんな事で出来るのなら、ぜひ元の世界でこの技術を広く知らしめて欲しい!とマジで思った。
錬金術凄すぎる……。
ただ欠点は……。
タンク内の燃焼液より先に、背中に背負ったタンク内の高圧空気のほうが消費が激しい。
その為しょっちゅうタンク内の空気を補充の為に加圧しなきゃならない事。
危険防止の為に連続放射時間は二十秒程度に抑えなければならない事。
因みに、設備がない野戦でのタンクの加圧方法は、いわゆる自転車の空気入れみたいなのを、必死で漕いで充填するそうで……
「後で充填手伝って。」と言われたのが泣けた……。
まさか異世界来て、自転車のパンク修理みたいな事やらされるとは思わなかった。
延焼防止の名目で『この武器は絶対廃止にしよう』と、ソーフォニカに進言する事を固く誓った。
逆に、威力が有り過ぎて問題なのは、十六連魔法ランチャー『暴風』だ。
瞬間的に広範囲を制圧出来るのは確かに利点だが、『広範囲に渡って竜なみに硬い目標が集結している』なんて事態が、そうそう起きる事ではないような気がする。
今回は確かにそういった事態に遭遇したが、そうそう有る事じゃないと信じたいし、明らかに過剰火力だ。
それに、この威力に目を付けた権力者や、いろいろな勢力から狙われる気もする。
情報秘匿の為にも、これからはこの武器に関しては使用を控え、ソーフォニカの造った『重機関銃』を基幹武器として、全隊員に携行させようか?
火力を集中すれば、竜のような相手でも充分対応出来る気もするし……。
そんな事を考えながらも、ダンミアの村の前へ到着した。
だが、おかしい。
村からは炊事の煙一つ上がっていないし、ところどころが荒らされたように見える。
何より、空堀前に作られた落とし穴がいくつか、本来は隠されている筈なのに、今は露出している。
まさか……?
ギルド側責任者の『アルバ』さんに、「様子がおかしいので村に入る前に偵察を出した方がいい」と進言し、偵察役として私の他三人で志願する事を話した。
勿論、三人というのは親衛隊三人組だ。
私と組んでいる三人の強さは、地竜相手の戦闘で証明されてるせいか、反対も無くアルバさんの承認も得られたので、それぞれ得物を手に、先ず落とし穴から調べ始めたのだが……。
「案の定だ……。」
露出した落とし穴には、それぞれ地竜が引っ掛かって出ようと藻掻いていていた。
たしかこの落とし穴は、五メートルもの深さで掘った筈だ。
側面の壁や底は土魔法で固められ、容易に崩れぬよう皆で作ったのを憶えている。
崩して逃げようとしたのだろうが、それは困難だろう。
落とされてた地竜は、見つけ次第片っ端から『重機関銃』での頭部への銃撃でトドメを刺し、『火炎放射器』で焼いていった。
空堀内で彷徨っていたのは、堀の底の水が未だ残っていたので、焼くのは諦めトドメを刺すにとどめた。
ダンミアの村の門に入ると、入り口近くの落とし穴にも二匹が引っ掛かり、出ようと暴れてる最中だった。
更に、村の中にも三匹程が闊歩し、村の中心に私達が作った半球状のシェルターの周りを、探るように彷徨いている。
村に人の気配が無いのは、皆あのシェルターに避難しているからだろう。
助け出すにしても、落とし穴に落ちてる二匹は後回しにするとしても、あの三匹を倒さねばならない。
確実性を期すため、私達は一旦村の外で待つ、皆の元へ戻り、『アルバ』さん他、皆に状況を説明した。
「村の中に五匹もいるのか……?」
アルバさんも驚いている。
周りの冒険者達も顔面蒼白だ。
「あそこにはギルドの炊き出し部隊もいる。
それに令嬢の『アルドンサ』さんも居る。
そのまま帰るわけにもいかないだろう……。」
オイオイ、がめつい神官の『ベルナルダ』さんも居ること忘れてる。
「村の中心にあるシェルターは、作った時の壁の厚さは五メートルもあります。
村に人の気配や死体が無かった事を考えると、多分そこに避難して無事だと思われます。
助けるしか無いでしょうね。」
「しかし現状戦力じゃあ一度に五匹相手はつらいぞ。
いくら君たちが居るっていってもなぁ……。」
「ええ、でもうち二匹は落とし穴に掛かってますし、中の三匹の気を引きたくなくて止めは刺さなかっただけで、今の所は無力化されてます。
だから残りの三匹の事だけ相手にすればいいわけです。
そこで……」
私は一つの作戦を提示した。
といっても大したことではない。
現状、地竜の死体を運ぶのに使っている、『のうきょう』から借りてる名目になってるゴーレム『オントスβ』を、戦力に加えて欲しいという事だけだ。
あの巨体なら、少なくとも充分抑えにはなるし、その間になんとか火力で押し切れる。
人員は言い出しっぺの私達四人でやるという事で許可を求めたが、当初は危険という事で渋っていたアルバさんも、それ以外に方法は無さそうという事と、立て籠もっている人員の救出を急ぎたいためか、止む無く許可を出してくれた。
オントスβに積まれていた地竜の死体を下し、自由に動けるようになり喜ぶ『オントスβ』に作戦を伝えながら、私達は再び村の門に向かう。
村の門の前、二匹の地竜が引っ掛かってる落とし穴の前で、私達は停止する。
そして私は魔法の鞄から、今まで使う機会が無かった、ロマン武器の一つを取り出す。
二本のグリップと肩当てが付いた円筒状のそいつは、後ろにハンドルが設けられており、私はそのハンドルをきっちり二十四回廻した。
廻し終えるとカチリという音と共に、グリップに設けられた指四本分の長さの引き金が、前へ僅かに移動する。
最後に、円筒を肩にのせ二本のグリップをしっかり握ると、周りの仲間に目で合図した。
ドン!ドン!ドン!ドン!
村の中心部に彷徨う、地竜の一匹に『重機関銃』の射撃が開始された。
距離がやや遠くて、有効打に欠けるようだが連中の気は引けた。
地竜どもは三匹、一列になり飛び込んで来る!
ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!
連続的に射撃される重機関銃の火線に捉えられ、先頭の一匹が倒れた!
だが後続は尚も突進を続ける。
ジュヴォオオオオオオォオオ!
距離三十メートルを切ったところで、今度は『火炎放射器』が放たれ二匹目を焼き転がした!
三匹目は、仲間をやられた憎しみの目を向け、こちらへの突進を更に加速する!
「いまだ!『デルフィナ』!」
「はいなぁあ!!」
ボシュッ!ボシュッ!
私の合図に答え『オントスβ』の腕部から二発の白い物体が放たれた!
それは回転しながら広がり、網となって突進してきた地竜を包む!
網に手足を絡め取られた地竜は、一時的にその場に静止してしまう。
「止めだぁあああ!」
私は円筒に取り付けられたグリップの引き金を、思いっきり引いた!
円筒の先から、銀色の物体が飛び出し地竜の胸に突き刺ささり爆発した!
ズドォオオオオオン!
胸に大きな穴を開け、吹っ飛んだ地竜はそのまま仰向けに倒れ、断末魔の悲鳴すらあげずに動かなくなった。
胸に開いた穴は背中まで貫通し、周辺には肉片が後ろに向って撒き散らされていた。
「……やった……当たった……。」
じつは正直自信は無かった。
この武器、『私製PIAT対戦車榴弾』とでも言うべきシロモノは、やはり私が作ったロマン武器の一つ。
発射はなんと、九十キロの反発力を持つスプリングで行うというトンデモなもので、コッキング状態でスプリングを保持するシアーに掛かる力はムチャ強く、当然その状態を解放する引き金も異常に重い。
指四本を使ってやっと引ける引き金の重さゆえ、遠距離の命中率は極めて悪い。
その代わり、発射されるマグネシウム製の軽量弾頭には、やはり魔力を過剰充填した魔石の粉を、『爆裂魔法』の魔法陣が描かれた羊皮紙で包んで内蔵してあり、更に弾頭の内側には爆発の圧力が一方向に向かう魔法陣が描かれてある。
それらにより複合効果で、魔法によるモンロー効果を再現したシロモノなのだ。
しかもその構造ゆえ、本物の成形炸薬弾に比べて軽量に出来ている為に、初速もオリジナルよりは早く、射程も向上している。
命中しちゃんと弾頭が作動さえすれば、地竜どころか本物の竜ですら一発で死にかねない、トンデモな武器なのだ。
正直、作った当初はあきらかな欠陥武器だななどと思っていたが、魔法の鞄の容量が空いていた部分に、せっかく作ったのだからと、持ってきたのが功を奏した。
デルフィナは、「私の適切な援護のおかげだな!」と調子づいてるが、今日だけは認めてやろう!
「本当によくやってくれた!!」
もうその場にいた皆全員で笑いあった!
もう、あとは罠に掛かった二匹に止めを刺して、村の外に待つ皆へ報告するだけなのだが、みな何故か笑いがなかなか止まらずその場を動けず、いつまでも戻ってこない私達を心配して様子を見に来たアルバさんにメッチャ怒られたのだった。
ちと調子に乗りすぎたようだ……。てへ




