第三十五話 「鎖の国③」
『地竜』最初の一匹目が倒され、危機を脱したと気を抜いたところへ、今度は奴らは集団で現れた。
最初の一匹目と違い、集団でスクラムを組むように、足並みを揃えてこちらへ進んで来ようとしている。
こちらに対し、面による制圧で蹂躙する気なのか?
だとしたらこの連中、見かけと違いある程度の知性を持ってる!?
連中の動きに対し、私の親衛隊の一人は即反応した。
名前が思い出せないが、背中にでっかいボンベ背負った『オントスα』を駆る精霊の一人が、ボンベからに銀色のホースが繋がった金属製のパイプを相手に向ける!
シュヴォオオオオオオオ!!
パイプの先から炎の奔流が飛び出し、地竜達の前衛がこんがりとトーストとなり、悲鳴をあげて転がりまわる。
結果、集団としての動きがストップした。
「火炎放射器……!?
そんなもの私は造った憶えは無いんだけど……。
というかこのままでは森が火事になるぅうううう!!!!!!!
ヤメテ!ヤメテ!!」
だが、彼女の冷たい返答は……
「今は火事の事より生き残る事が先決です。
森に延焼したとしても、生き残ったあとに消化弾でもなんでもブチ込んで消せばいいんです!
優先順位をお間違えにならないで下さい!!
スターリング様!」
え?そうなの?
私、間違ってるの?
そのうちドン!ドン!ドン!と腹に響くような音が響きはじめ、次から次へと地竜達が穴だらけになりながら倒れいく!?
横を見ると同じく、まるで『重機関銃』のようなモノを抱えた、別の『オントスα』が、地竜の群れに向って撃ちまくる!!
発射速度は毎分百発程度と遅いようだが弾頭重量が重いのか、地竜達の厚い鱗にボコボコと穴が開き、地に伏して逝く……。
これも私造った憶えない武器なんですけど……
というかファンタジーの世界に、洋画『エイドリアン2』の海兵隊が持ってたような重機関銃って……
「キャァアアア!!
あっちからも来たわ!!」
声がした方向、左翼の方を振り向くとそちらからも地竜の群れが出現し、こちらに向って進んでくる。
ヤバい!
このままじゃ左翼側から蹂躙される!
そう思ったのもつかの間、左後方からバリバリと生木を裂く音と共に、巨大な蜘蛛のような下半身をした金属の塊が現れた!!
『オントスβ』二体と共に、『ソコロ』さん率いる別働隊が支援の為に突入して来たのだ!
その巨大な影に驚き、思わず座り込んでしまった冒険者数人に慌てて声を掛ける!
「落ちつけ!
それは魔獣じゃない!味方だ!!
王都にある『農業共同組合ギルド』の、害獣駆除専門部隊のゴーレムだ!!」
「ゴ、ゴーレム?のうきょう!?」
「連中からこの辺りで害獣駆除をする事を予め聞いていた!
たぶん騒ぎを聞きつけて駆けつけて来たんだ!!
それよりとばっちり受けないように、連中の影に隠れてろ!!」
とんだ嘘八百である。
だが『大量の地竜の群れに襲われる』という異常な状況が、そんな怪しい言葉でも信じて行動するしか生き延びる道が無い事を悟らせたのだろう。
みな思い思いの場所やオントスβの後ろの影に隠れ始める!
別働隊の親衛隊員三人はオントスβの背中から、戦車随伴歩兵の如く各々の武器を撃ちまくる。
ドム!ドム!ドム!と背中に乗せた親衛隊員達の持つ、重機関銃らしきものの音を響かせ、地竜の群れを駆逐しながら別働隊のオントスβは前進していく。
やがて隊員の一人がオントスβの背中から降りると、火線を抜けてこちらに向ってきた地竜へ走り出し、その頭部に向けてジャンプした!
「……マルチプル……タイタンパァアアアアア!!!!」
叫びながら左腕部に装着された杭を、地竜の頭部に叩き込み倒した『オントスα』は、そのままこちらに走り込んで来た。
別働隊隊長の『ソコロ』さんだった。
しかし『ソコロ』さん……
その武器はどうみても『パイルバ○カー』だろう?
そもそも『マルチプルタイタンパー』って線路の砕石を付き固める機械だぞ?
というか、誰があんなロマン武器造ったんだ?
そういえば彼女、最近アニメの『装甲歩兵ボケナス』にハマってたっけ?
また私が持ち込んだアニメに洗脳された犠牲者が一人……。
「遅くなりましたスターリング様!
これより奴らを殲滅して参ります!!」
そう言うと『ソコロ』さんはオントスβに向けて手信号で合図を送る。
それを受けてオントスβは背中に取り付けられた十六個の穴が開いた箱を、地竜が一番集結してる場所へ向けた。
あっ!アレはヤバイ!!
「みんなー!デカい攻撃がいく!!
全員耳を塞いで伏せてろぉおおおお!!」
大声で叫ぶ私!
そして、一瞬遅れて恐るべき破壊の奔流が、地竜の群れに向けて放たれた!
オントスβの背中の箱からほんの数秒の間に、『雷撃魔法』と『炎の爆裂球体』の魔法が交互に十六連射され、弾着地点はアッという間に地獄と化した。
弾着場所に居た地竜の群れは、原型こそなんとかとどめてるが表皮は裂傷と焼け焦げて変色し、周辺に立っていた樹木共々なぎ倒され、煙が立ち上るなか無残な屍をさらしている。
なんたる悲惨なる戦場だ……。
攻撃を終えたあとのデッドウェイトとして、発射機がオントスβの背中から投棄される音を聞いて、我に返った私は自らが開発した兵器の威力に恐怖した。
もともとこの兵器『暴風』は、使い捨ての瞬間制圧兵器として開発したものだ。
魔力を過剰充填させた魔石を粉にし、『雷撃魔法』と『炎の爆裂球体』それぞれの魔法陣が描かれた羊皮紙に包んだものを十六個、穴の開いた木製の箱へ仕込んだものだ。
仕込まれた十六個の包みには、魔力を送り込めるチューブがそれぞれに取り付けられている。
点火器代わりのチューブを介して高圧の魔力を、僅かな時間差をおいて一瞬づつ送り込む仕掛けで、十六個の魔法が殆ど斉射に近い発射速度で連射される。
勿論、魔法陣と魔石は一瞬で燃え尽きる為に使い捨てとなる。
しかし、詠唱によるタイムラグも無く威力も、羊皮紙に包んだ魔石の粉の量で調整出来るなど、使い勝手は、従来の魔法使いによる呪文の詠唱よりも遥かに向上している。
たとえ相手に『障壁』の魔法を唱えられるものが居ても、極性を変えて十六連射される魔法の前に、その防護力は紙くずと化すだろう。
「……我ながら恐ろしいものを造ってしまった……。」
もしあれが逆に、私らに向けて発射されたとしたら……?
考えただけでも恐ろしい。
この技術は絶対秘匿しなきゃダメだわ……と初めて思った。
地竜の側は、この強大な破壊力の前にさすがに”勝てない”事を悟ったらしく、こちらに背を向けて撤退していく。
私は『ソコロ』さんに指示する。
「『オントスβ』一体と共に連中を追撃して、奴らの出撃場所を探り出してくれ。
情報を手に入れたら速攻で離脱して、知らせてくれればいい。
頼んだよ!」
「了解です!
あとはおまかせ下さい。」
「あ、もちろん留守番は『デルフィナ』の方ね!」
「ショボーン!!」
デルフィナの駆る『オントスβ』がその場で転けた。
当たり前である。
こっから先は隠密行動なのに、『デルフィナ』に任せたら『任務失敗』の文字しか頭に浮かんでこない。
むしろ嬉々として突撃しそうだ。
指示を受けたソコロさん達三人は早速、オントスβの一体の背中に取り付き、地竜の追跡を開始する。
戦闘が終わり、疲労の顔を浮かべ集結し始めた冒険者達の顔を見て、「もう頃合いだな」とギルド側責任者の『アルバ』さんに意見具申する。
「『アルバ』さん、これは異常事態です。
今回は一旦撤収してギルドに戻り、ギルド長なりの指示を仰ぎませんか?
『のうきょう』の連中も地竜の追跡の為、ここを離れるようですし……
正直残りの連中じゃ再度同じ規模の地竜に襲われたら、ひとたまりもありませんよ?」
「そ、そうね、ところでさっき言ってた『のうきょう』って……?」
「王都に籍を置くギルドで農業に従事する人々を支援する団体ですよ。
本来は農地開拓とかが主たる仕事らしいんですけど、乞われて害獣駆除なんかも行ってるんですよ。
ほら、このゴーレムなんか本来は畑を耕す目的で作られた奴なんですよ。」
残された『オントスβ』を指差し、これまた適当な嘘八百を並べ立てる。
農作業用と言われてデルフィナは少しご機嫌斜めのようだが、無視だ。
「そ、そんな連中居る事、私は知らなかったんだけど……
よくスターリング君は詳しく知ってるわねぇ……?」
「これでも私、マリアネラさんと一緒に王都で兵役ついてましたから。
その時に、何度か一緒に仕事をする機会があったんですよ。」
「そ、そうなの?
そういえば貴方と一緒に居る三人、気のせいかおんなじ全身鎧使ってるわよねぇ?」
「あれは王都では流行りのメーカーの製品なんですよ。
勿論、『のうきょう』でも使われてるという事で、信頼出来るんでおんなじのを皆で買ったんです。
そんな事より、はやめに撤収しましょう。
負傷者も出ているようですし。」
そう、重傷者こそ居ないが、負傷者は出ているのである。
といっても、地竜に直接やられたとかでは無く、殆どは逃げる途中木の切り株を踏み抜いたとか、転んで怪我をしたとか、偵察を担っていた冒険者が木から落ちたとかその程度であるのだが……。
「そうね、でも状況を知らせる為にも、証拠を持っていかないと……」
「そうですね。
そこらで転がってる地竜の屍体の一部を持って変えるという事で、いいんじゃないですか?」
結局、私の意見は取り入れられ、負傷者の手当と同時に地竜の屍体の一部を回収する事になった。
リーテシアさんは、倒された地竜をメジャーのようなもので全長を調べ、スケッチを始めた。
どうやら大きい個体で、頭から尻尾の先までの全長は十二メートルにも達していたらしい。
とんでもないバケモノだ……。
体重も四トンを大幅に超えるので、当初は屍体まるごとは無理という事で、頭部だけを回収していく予定としていた。
だが、首を落とそうにも鱗と革が厚く、力自慢な冒険者が戦斧を振るっても落ちそうにない。
とうとう見るに見かねた親衛隊員の一人が、対ゾンビ用に私が開発したチェーンソーを持ち出し、首を落とすのを手伝ってあげていた。
しかし、斧ですら手を焼く地竜の鱗を、ガガガガガと派手な音をたてる妙な機械で、血まみれになりながら切断していく姿に、周りの冒険者はドン引き。
更に、「わざわざ首だけにしなくても、「『オントスβ』搭載のクレーン使えば丸ごと運べるんじゃね?」と作業が終わる頃になって、私がつい口を滑らせてしまった。
結果、首を落とすのを手伝った全員にジト目で見つめられ、回収するのは一匹丸ごと+首一つに増える事を妥協せざるおえなくなった。
更に負傷者の中で脚を怪我した者も、背中に乗せて運ぶ事にしたので、『デルフィナ』からは「重い~!重量配分が~!バランスががが!」と文句も出たが、当然の事ながら黙殺する。
二時間も掛かって全ての準備を終え、取り敢えず『炊き出し部隊』が待つダンミアの村へ進路を向けた時には皆、疲労困憊で悲壮な顔をしていた。
しかし、私達を待つダンミアの村もじつはこの時、大変な事態に陥っている事を、この時点では誰も気付かなかったのだ。




