第三十二話 「夜の顔②」
夜中遅くに来た私を、コンチェッタさんは快く迎えてくれた。
周りの家の殆どが、灯りもなく辺りが静まり返った中での訪問は、非日常的でこの先私が行う事に対する否定的な疑問を感じさせる。
だが、行わないわけにはいかないのだ。
今回の件、私が気が付いた事、疑問に感じた事全てを、『霊界通信機』を通して向こう側に居る人物に問わねばならないのだ。
その結果がどんな事になるのかなど、正直全く想像がつかない。
『霊界通信機』がある二階の部屋へ招き入れられた私は、予めコンチェッタさんにレクチャーされた通り、用意して来た賤貨と塩水を機器の中にある壺へ入れ、時間が経つのを待った。
やがて段々と機器内部から光と僅かな熱が漏れ出し、フェージングと思われるような変調音が聞こえだす。
あとは私が機器外部に設けられたダイヤルを廻していき、ノイズが出ない場所を探す。
時折、ノイズ以外の音を発するダイヤルの位置を見つける度に、私の思い描いていた推理の一つが、間違っていない事を確かめながら、やがて殆どノイズが発生しないダイヤル位置を見つけた!
そこで、『霊界通信機』の送信ボタンを押しながら、マイク兼スピーカーの役割を果たすラッパ状のものに、声を掛けた。
「CQ CQ this is Sterling over.!」
果たしてこんな呼ぼ掛けで応えてくれるのか?判らないが取り敢えずいろんな呼びかけを試してみる。
「シーキューシーキュー チェックメイトキングツー こちらホワイトルック どうぞ!」
やっぱ無理か……それとも、本来の周波数にズレがあるのか言い方が悪いのか……
「こちらスターリング! シルバーゴースト どうぞ!」
《はい、聞こえていますよ》
女性の声で返事が応答があった!!本当にあったんだ!!
落ち着いて言葉を選び返答する。
「貴方が、『コンチェッタさん』と普段は話す方ですか?」
《ええ、そうよ。そして貴方はスターリングさんね。》
……色々と聞きたい事はあるのだが、気が急いては駄目だ。
相手の心を解きほぐすよう、まず相手に私の事を信用させなければならない。
「きれいで素敵な声ですね。声に優しさがある。きっと貴方は素敵な人なんですね。是非お会いしたいくらいだ。」
《あら?有難う。女性の扱いに慣れてらっしゃるのですね。》
あちゃ……ナンパ目的と勘違いされたか?
「いえいえ、これでも耳は肥えてるほうでしてね。話をすれば大体どんな方なのか判るんですよ、私。それじゃ先ず年齢を当ててみせましょうか?十七~八?それとも二十歳?」
《女性に年齢を聞くのはルール違反とういものじゃなくて?》
「あはは、すいません。それじゃ生まれた星座なんかを教えてください。」
《星座?》
「生まれた日付でそれぞれ違うんですよ。貴方の生まれた月と日は?」
《四月の二十五日だったかなぁ……もう永い事昔なんで半分忘れかけてるわ。》
「四月ですか?その日にちだったら『牡牛座』ですね。あなた周りに人が集まってくるタイプでしょ?とくに初対面の人から話しかけられることも多いとか?」
《ええそうね(笑)、いまもその真っ最中ですし。》
「これは一本取られたなぁ!でも牡牛座って穏やかで落ち着いた雰囲気の人が多いからまんざら外れてはいないでしょ?」
《さぁ?どうだかしら?》
「その笑う声も素敵だなぁ、是非会ってデートしたいです。」
《あら?多分私貴方より年上よ?》
「そんな事些細な事です。この間自称七百五十六歳の方とも地底でデートしたくらいです。その時なんか怖いオジサン達と鬼ごっこや水泳したりして楽しんだくらいですよ。」
《まぁウフフ。》
よし……だいぶ相手の警戒心が溶けてきた筈。
そろそろ核心となる質問を……
《面白い方ね。でもそんなに私におべっか使わなくてもいいのよ?
私には貴方に『借り』も有るんだし、応えられる範囲でなら答えてあげるわ。》
だめだ……やっぱ一筋縄ではいかない相手だった……。
「……ええと……それでは質問です。なんで私の事を知っているんですか?」
《視えるからよ。》
「視えるから?」
《そう、私は閉じ込められていて、ただ外の世界を眺めることしか出来ないの。
力も無いしね。
でも外の世界だけを視る事が出来てその中に貴方が居たというだけの事なの。》
どういう事なんだ?
閉じ込められていた視ることだけが出来るって……
「それは未来を予知したりも出来るというのですか?」
《まさか。
でも視ることは出来るっていったでしょ?どこに誰かがいてお互いの方角に歩いていて距離さえ判っていれば大体何分後に遭遇するかぐらいは想像はつくでしょ?
それと同じようなものよ。》
なるほど……だからアレは予知ではないと。
つまり状況を視る事が出来るからそのデータに基づいて予測は出来るという事なのか?
ただ、『視ることは出来る』というのはどういう事なんだ?
「コンチェッタさんに姪の危機を教えて、名指しで私を指定したのは何故なの?」
《それはあの時点にあの近くで、状況を打破出来る人物が私の知る限り貴方しか居なかったからよ》
「という事は私の正体も知っているというの?」
《ええ、貴方がこの世界に召喚された時からね。》
召喚された時から!?という事は、私が召喚者だという事も知っているという事なのか!?
「私の事を知っているという事は、私じゃなければ『リットル』さんを守りきれない程の、『大きな事態』がこれから起きるという事なのか?」
暫く返答に時間が掛かった。
そうやらビンゴだったようだ。
《……ええ、その通りよ。
リットルちゃんだけじゃない。
その日集まる冒険者やギルドの人たち、近隣に住む村人達みんなが巻き込まれる可能性があるの。
でも私には……今はなんの力もない。
だから貴方に縋ったわ。》
やはりそうなのか……。
つまり縋るだけの力を持つ存在だから、しつこく『コンチェッタ』さんに私と接触するよう助言したのか……。
《……あともう一つ貴方に話す事があるわ。》
「それは?」
《今回の捜索が行われる地域で行方不明になった人々だけど、大部分が生きているわ。》
「ええ!?」
《ただ、現在のうちはだけど、今回の捜索が原因で彼らの命が失われるのが早まるかもしれないの。》
「それは何故だ!?」
《貴方が召喚された時の事を思い出してみて。》
私が召喚?たしか私が召喚された時は、エルフの女兵士さんが生贄になり……生贄!!
たしか生贄を神々に捧げるときは目的といえば『異世界からの勇者召喚』か『神々の眷属を呼び出し』!!
「……て事は彼らは生贄として誰かに捕まってるって事か?何らかの目的の為に?」
《…………》
無言という事は『肯定』ととらえていいのだろうか?
だとすれば、根本的な解決策はリットルさんの護衛だけじゃなく、その囚われてる人たちの解放という事になる。
となると、私の予定は全て見直さなきゃならないかもしれない……。
ソーフォニカと再度連絡を取らないと……
《スターリングさん、最後に貴方に一つ伝言があります。》
「……なんですか?」
《貴方が抱えてる『聖体』は、もう好きにしていい。と持ち主からの伝言です。》
え!?
それ以降は、いくら呼びかけても返事が無かった。
『霊界通信機』を介して今回話をした人物が、あの『身体』の持ち主から伝言を預かったというのであれば、やはりこの機械は『死者の世界』と繋がっていたのだろうか?
いや、そんな事はありえない。
私は無線機を取り出してソーフォニカと交信する。
「シーキューシーキュー チェックメイトキングツー こちらホワイトルック どうぞ」
《はいこちらソーフォニカ、ご主人の言った通りでした。
『彼女』との交信はこちらでも傍受出来ました。
周波数は多少変調もありますが、中波帯を使用しほぼ810KHz、変調方式はAM
これでこの『霊界通信機』の正体は、ゲルマニウムと原始的とはいえ増幅に真空管を使った一種の通信機である事が証明されましたね。》
「ああ、上に乗ってる銅線で作られた蜘蛛の巣状のコイルが、スパイダーコイル・アンテナそっくりだって気付いたからね。
というかあんな細い銅線どうやって絶縁体覆ったんだろう?
エナメル線やホルマル線なんて手に入るとは思えないんだが……
やっぱ錬金術師恐るべしだな。」
《夜間にだけ交信できる件も、夜間発生するE層による電離層反射を利用した、遠距離交信だからなんでしょうね。あとご主人が予想してた『元の世界からのラジオ放送』らしき電波も、微弱ながら受信しました。おそらく電波が届くような空間の繋がりが発生している為と思われます。》
「やっぱしか……単なる交信だけじゃなく音楽が受信出来たという話から予想してたんだけどね……」
《なんらかの要因により、この世界とご主人様がいた世界の繋がりが維持されているという事ですね。残念ながら正確な方位については、もっと指向性が高いアンテナを作って用いる必要がありますが……》
いろんな事が判明して来たが、だが未だ解けてない謎がある。
まず、私があの『霊界通信機』で交信した相手とは何者なんだろう?
今回のことで、相手も電波を用いてこちらと交信していた事が判明しているが、だとしたら何処から通信機を調達したのか?
また、もし『出来たのなら』と前提条件が加わるが、どうやって『コンチェッタ』さんの意識に、『霊界通信機』の製造方法を送り込む事が出来たのか?
謎がますます謎を呼ぶ状態だ。
しかし、この事は後回しにせざるおえないだろう。
もし、あの『彼女』が言った事が事実であるならば、明日には行われる『不明者の捜索』は、参加者にとって大変危険が伴う可能性があるという事だ。
楽観主義で始まった今回の冒険は、多数の命を抱える事になるかもという、難しい局面を迎える事になった。
再び親衛隊と会合を開き対応を検討しなおさなきゃなるまい。
この先の事を考えると、胃が痛くなりそうだ。




