第三十一話 「夜の顔①」
夜明け前になんとかホドミンの街手前の森に着いた私達は、親衛隊総出で『オントスβ』の偽装に取り掛かった。
上から偽装網を掛け、周りの風景に溶け込むように「これでもか」というくらいに、周りからかき集めた木の枝や草を網に絡みつかせて半ば埋まったような状態にした。
『デルフィナ』は街に入れない事をぶーぶー文句を言いながら、木や草に埋もれるのをなんとか享受したが、目を離した隙きに場を離れて暴れるんじゃないかと心配だ。
夜が明けるのを待って、街の外門から入れてもらったが、ゴツい鎧着たのが六人(私を含めると七人?)も現れたものだから、門番からビックリされた。
一応全員身分証持ちとなるので入れて貰えはしたが、少々不審な目で見られた事は否めない。
そのうち抜本的な対策が必要になるかもしれない。
取り敢えず酒場で会ったときに教えてもらった、『コンチェッタ』さんの経営する錬金屋に向かう。
街中は商店などが店を開ける準備でごった返していたが、やはり全高二メートルもの全身鎧の集団というのは、目立つ為か?威圧感が半端ないせいか?通る先の人は皆、怯えたように道を空けてくれる。
これは一種の羞恥プレイだろうか?
べつだんモヒカン刈りにしたり、頭の横にZ666とか入れ墨入れた集団を率いてるワケじゃないのに、周りの人の視線が痛く感じる。
実際、『コンチェッタ』さんの店に到着して扉の呼び鈴鳴らしたら、扉が開いてコンチェッタさんが顔を見せたと思ったら、即!!扉を閉められた。
……幸先が悪い……。
「コンチェッタさ~ん。私です、スターリングですよー。」
再び扉が開いてコンチェッタさんが顔をみせてくれた。
「……すっすいません、スターリングさん!なにやら凄いのが一緒にたくさん来たので一瞬、同業他社からの嫌がらせの殴り込みかと……」
「驚かせてすいません、この方達は私の友人達です。
王都に籍をおくギルド、『農業協同組合』略して『脳狂』のメンバーで、今回の件で私達に協力してくれるそうです。」
「の、のうきょう?」
「はい、農業に携わる人たち同士の連帯を深め、助け合う事を目的とした宗教法人団体……だったからな?「スターリング様、そこは公益事業法人団体ですよ……。」あ!そうだった。
まぁそういう謎の秘密結社です。
ところで、同業他社からの嫌がらせって……そんな事しょっちゅうあるんですか……?」
「いえいえ、そんなしょっちゅうはありませんから。せいぜい”一週間に一度”くらいですよ。」
いや一週間に一度って……そんなしょっちゅうとかって笑うレベルじゃ無いから……
マジ警察……いやこの世界だったら衛兵に相談するレベルだと思うが……
「しかし同業他社からの嫌がらせって、そんな事が当たり前みたいに有るんですか?」
「錬金術業界の中じゃ当たり前にありますよ?錬金術師ってプライド高いのが多いですし、そのくせ自分の技術は公表したがらない隠秘主義だし……」
どうやらなかなか陰険な世界らしい。
錬金術怖~!
「あ、こんな店先に立たせたままにしちゃってごめんなさい。皆さん中へどうぞ。」
コンチェッタさんに迎えられ私達は中に入る。
店の中は、瓶やフラスコに入った薬のような物や鉱石の結晶、その他にも装飾品らしきものが大量に陳列され怪しげな光を放っている。
「……錬金屋さんって初めて入りました……。普段はどんなもので商売してるんですか?」
「そうですねぇ。依頼は貴族からとかのが多いですけど、もっぱら鍍金ですか。」
「鍍金!?」
「結構多いんですよ。自らの財力を見せつける為に、装飾品とかに鍍金するよう注文してくるのは。
女性への贈り物には金鍍金、武器とかには錫鍍金とか……。」
「……ああ、ミスリルに見せかける為ですか。」
「ええ、彼らって言っちゃ悪いですけど見栄張りでプライド高いですから。
おかげで儲けさせて貰ってますけどね」
「……なるほど……って!ここでは塩酸や硫酸も扱ってるって事ですか?」
「はい。扱ってますよ?原料の硫黄なんかは海の向こうから仕入れてますから多少割高ですけど。」
硫黄を扱ってる店がこんなとこに有るとは……
この地域って火山無いから、ゴム生産に必要な硫黄を手に入れる方法無くて困ってたんだよね。
これは是非仲良くしておかないと……
「もしかして……と思いますが硝石や硝酸は?」
「扱ってますよ。肉屋さんに定期的に卸すので。」
「……肉屋?」
「ソーセージとか干し肉作る時に、食中毒防止に使うんですよ。」
火薬の材料までもがこんなところに……しかもよりによってソーセージの材料とは……
「け、けっこう錬金屋さんって、街の皆さんの生活に密着してるんですねぇ……。」
「ええ、そうなんですよ。意外と知られてませんけど。
錬金魔法もあるので、不純物が混ざったものとかを不純物だけ取り除いたりとか、けっこう頼まれる事も多いんですよ。」
「なるほど~、錬金屋さんなんていうから鉛から金を造ったりとかでもするのかな?なんて思ってましたよ。」
「あら!鉛から金ですか、滅びた都の伝説ですね。」
「え?滅びた都ですか?」
「ええ、千年程前にヴェリタスと呼ばれる、現在より断然進んだ文明を持つ帝国があって、そこが鉛を金に変える技術を持っていたらしいという伝説ですわ。
でもそれを行おうとした時の爆発で都は消滅し、巻き上げられた土砂で太陽の光は遮られ永い冬が訪れて結局滅んでしまったという伝承です。」
「凄まじい伝承ですね……。」
「まんざらなホラ話では無いらしく、実際その帝国の都があったと言われる場所の地形は、数キロに及ぶ程くぼんでて、表土にはガラス化した石が散乱しているそうですよ。」
核爆発でもあったのだろうか?
という事は、同位体でも創ろうとして失敗したのかも……?
「まぁそんな伝承もあって、錬金術師の間では鉛から金はタブー視されてますね。
一年に一度くらいの割合で、『成功したー!』なんて噂流れるんですけど、信用する人は誰もいませんね。」
「なるほど、そんな夢のような話はありっこ無いってワケですね。」
「それにもしそんな事が出来るんなら、みな金より銀を狙います。」
「あー、ソッチの方が価値高いですもんね。」
「私達だったら更に、銅やマンガンやニッケルとかで混ぜものして、『ミスリル』にすれば更に大儲けできますから。」
「そういったもので『ミスリル』って出来てるんですか!?」
「実は……『ミスリル』って地方によって素材や混合率なんかが違うんですよ。」
「え?全部同じじゃ無いんですか?」
「『銀』が主材なのは一緒ですけど、添加する材料は微妙に違ったり分量も違うんですよ。酷いのになると青銅剣に『錫』を鍍金しただけのものをミスリルの剣だと偽って売る業者も……」
「なかなか酷い詐欺的手法ですね……。」
「まぁそこまで高いお金かけてミスリルの剣手に入れても、本当に役に立つかどうかは?なんて造ってる私達が言っちゃお終いですね。」
「そこまで言いますか?」
「だってそうでしょう?実体の無い相手やアンデッドに効くなんて話も、本当かどうか怪しい話だし、効くというんならミスリル鍍金した別の材質の剣だっていいとおもいます。
それ程頑丈な材料というわけでも無いし利点といったら鋳造しやすい事くらい。
不経済極まりないですね。」
「そう言われると……たしかにそうですね。」
コンチェッタさんはなかなか話好きなのか、錬金屋ならではの面白い裏話をしてくれる。
「そうだ!実は、お伺いしてた『霊界通信機』、ぜひとも私どもにも質問させて頂きたくて来たんですよ。」
「そうなんですか?でも残念ですがあの機械って、夜間しか相手に繋がらないんですよ。」
「夜間だけですか?」
「ほら?もともと幽霊って夜間に出るものでしょう?それが原因じゃないかって思っているんですけど……一応本体はこちらにあります。」
店の二階に置いてあるという事なので、そこへ案内して貰った。
意外だったが大きさは小さめの樽くらいのもので、上には銅線で造った蜘蛛の巣のような物が付けられており、下からは何本かのコードのようなものが伸びていた。
真鍮で出来たラッパの状のものも、上の部分からも突き出ており、古い蓄音機のようにも見えなくはない。
「起動する時はこの中にある四つの壺に、それぞれ銅の塊と塩水を入れて、三十分程待つと使えるようになるんです。私はもっぱら賤貨を入れて使ったりしてるんですけど……」
なるほど……スイッチ入れれば直ぐに使えるという物でもないのか……
「内部構造は、こんな感じです。」
彼女は木製のパネルを開けて中を見せてくれた。
内部構造は、意外とシンプルだ。
というか……コレって……。
「コンチェッタさん、この下から伸びているコードって、これ先の方は地面に埋めてあるんじゃありません?」
「!ええ!その通りです!正確には銅で出来た棒に繋げて床下の地面に刺してあるんですけど……」
「……よかったら、この機械の設計図って見せて貰えませんか?」
「設計図ですか?……それがそのう……実は、無いんです……。」
設計図が無い?盗まれたとか?何か意味があるのだろうか。
「いえ、それが……それ予め設計図を描いて造ったものじゃないんです。」
「……え?」
「実は、寝ている最中になにやら頭に作り方が浮かんできて……その度に飛び起きてその通りに組み立てるのを繰り返してたら……」
「これが出来上がったと……。」
「はい。その通りです……。」
それでこんなものが出来上がってしまうのか……
まるで啓示ではないか?
「出来上がった時は、私自身信じられませんでした。
完成した時は夜明け前くらいでしたけどハッキリ人の声も聞こえるし……そうだ!日によっては音楽が聞こえる事も有るんですよ!」
「音楽が!?」
「楽器が何使ってるのかは判らないんですけど……あれが天上の音楽なんですかね?
今まで聞いたことがない曲だったんですよ!
すごく美しい旋律で……」
音楽まで聞こえた!?
それに夜間しか通じない?
それって……もし私の想像どおりだとしたら……。
「成程……、これは大変興味あるものを見せて頂けました。
有難うございます。
ところで、例のギルドの主催する捜索日まで、未だ時間がありましたようねぇ?」
「はい、明後日の朝ですよね?」
「申し訳ありませんが、今夜この『霊界通信機』使わせて貰ってもいいですかね?一番交信しやすい時間は何時頃なんですか?」
「それは構いませんが……一応日が落ちれば交信自体は出来ますが、一番感度が良いと感じたのは夜中の二時頃ぐらいですね……。」
よりによって丑三つ時かい!?
「そんな遅くじゃ……失礼ですねぇ、じゃあ日が落ちた頃で……」
「いえ!構いません。夜の二時頃でしたら普段から私も起きてる事多いですし、姪に危機が迫ってるかもしれないんです。
是非二時頃いらっしゃってください!」
強い口調で言われてしまった……。
若い男が深夜に女性の家を尋ねるというのも、夜這いみたいで失礼な気も……と、今私の身体って女だっけ?だから安心されてる?
「判りました。
それじゃあ今晩二時頃訪ねますので、宜しくお願いします。」
「はい!お待ちしています。」
その場は今夜の約束をして立ち去る事にした。
この六人の泊まる宿を決めねばならないし、それになにより……
ソーフォニカと情報のやり取りをしたかった。
私が気が付いた、『霊界通信機』の数々の謎と、その正体を。




