第二十九話 「貴族屋敷から来た少女⑤」
『オントス』という名をひもといてみれば、形而上学的に言えばギリシア語で「物事、事象」を指す言葉である。
他にも「存在価値」や「真なるもの」といった、意味ありげな、カッコ良い言葉が並ぶ。
他にも、日本語で言う「なるほど」なんて意味もある。
だが私の中では、オントスの意味は『物体』である。
必要な時、必要な場所に存在し、そして役に立つ『物体』。
たとえ年代が経ち、時代遅れと言われ、陳腐化しようとも、『価値』があり続ける『物体』
それが私の中にある理想 『Ontos』である。
当初のオントスは、身体の基幹部分を全て、四角を基本形状として作られた。
理由は量産性と、試作機特有の『どんな部品が後付けされるか判らない』ので、万が一に備えた内部容積の確保である。
仮想空間内で、パラメーターのみの存在として造られた最初の型『オントスα』は、激しい機動試験などが行われ、重心位置や稼働部品、特に摺動部の耐久性などが徹底的に最適化された。
そして実機が作られ、『思考巨人』の拠点内部での、土木作業や工作作業において使用され、実用性と汎用性が徹底的に追求された。
その結果、機体外部に『外部オプション』と呼ばれる作業や仕様に応じた部品が、任意の場所に工具無しで簡単に装着出来る『共通型外部マウントラッチ』と呼ばれる規格が取り入れられた。
それにより、さらなる稼働領域の拡大や、メンテナンス性の向上に繋がった。
機体サイズも用途に応じて、基本型三種が作られた。
ゴブリンのような俊敏性と隠密性を兼ね備えたGB型
オークやホブゴブリンと素手で渡り合えるタフネスさと人間が使用する道具も扱える器用さを併せ持つH型
重作業に向き、オーガ相手でも素手で殴り殺せるパワーと、魔法を含むあらゆる攻撃に耐える重装甲が自慢のOG型
だがこれらの機体は、基本的には人型を志向した為、それ故の精霊達にとっての操作の簡便化という利点と引き換えに、行う作業に対する最適な機体形状を持つことは叶わなかった。
勿論、オプションラッチの採用で、ある程度対応は出来るようになったが、やはり特定用途に特化した専用機の出現は、望まれていた。
そこで、それらの声を踏まえ、新たに私が開発して来たのが新型『オントスβ』シリーズである。
機体形状はついに二足歩行型の人型から脱却し、下半身はタカアシガニのような形状を持ち、長い足が八本放射状に広がっている。
上半身は人型だが、重心位置を下半身寄りに設定したため従来型オントスより細身になった。
各脚にはコンバットホイールという小型の車輪が付けられ、蟹や蜘蛛のように歩く以外にもホイールを使った高速走行も可能になった。
本来ならば、舗装されていないこの世界での荒れた道では、小型の車輪では走行抵抗が大きくなり効率が落ちるのだが、全車輪フル駆動と長い足を利用したサスペンション効果でその欠点を補った。
下半身後部には甲板と折り畳み式の手摺りが設けられ、『オントスα H型』なら六体を後部に乗せ、移動出来る。
これらの構造と形状により、クレーンのような高所への吊り下げ作業などを行うのも、低重心化と脚をいっぱいに広げ、先端の爪を地面に叩き込む事で、横転を防いで安全に作業出来るようになってる。
ただし、その用途ゆえの大型化により、全高こそ『オントスα AG型』の四メートルと変わらないが、重量や容積は一気に六倍に達した。
そんなデカブツを一気に二機も、それも実体で作らせたせいか、私の久々なる『拠点』への帰還は、製造管理を任されてる精霊達のジト目で迎えられた。
やっぱし……?
仮想空間の訓練場へ『約束通り、ご褒美の新型オントス授与を行う』の甘言に騙され、迂闊にもやって来た『デルフィナ』一派は、その機体を見せられ唖然としている。
「「「「えええええええ!?」」」」
「どうだ?新型機だぞ?カッコ良いだろ?」
「「「「どこがー!!??」」」」
速攻で何人か逃げ出そうとするが、徹夜明けの目が血走った製造管理部門の精霊達に捕まり有無を言わさず縛り上げられてる。
「お前達には、早速この機体に取り憑き、三日間で自由に動かせるように慣れて貰う!」
「「「「ええええええええ!!!!」」」」
「無理ですよ!脚が八本ある機体なんて!どうやって動かしたらいいのか感覚的に判りません!!」
「大丈夫だ!慣れだ!慣れればやがて快感になる!!(なにが?)」
「いや意味判らないですよー!!というかスターリン様来た当初と口調も性格も変わってません!?」
それは私も自覚している。
どうやら肉体が若返った(というか交換した?)せいで精神が肉体に引っ張られてるのかもしれない。
でも良いのだ。
お前らが私の名前を省略して呼ぶ限り、名前に相応しく君臨してあげよう。
『者共働け、私はスターリン』。
ただし、計画は全て『五カ年計画』ではなく『五日間計画』な。
「ガタガタ言ってると木の本数数えにシベリアへの転属許可証を出すぞ!シベリアってどこか知らないけどな。」と製造管理部門を任せてる美人精霊の『アマリア』さんが援護射撃をしてくれる。
というかそのネタ何処で習ったんだよ?
これで『自己批判』云々言い始めたら、ホントに紅い鎌と鎚がよく似合う集団になりそうだ。
取り敢えずデルフィナ達を皆で強制的に、新型の『オントスβ』に取り憑かせ機動訓練を行わせる。
コンバットホイールを使った機動は(極一部に「股裂ィ!」とか叫んで尻もちを着いてる奴もいるが)それ程問題ない。
だが八本脚を使って歩く訓練は難航した。
脚と脚同士をブツケたり絡ませたりと、なかなか賑やかなで微笑ましい訓練風景となっていた。
おまけにそこへ、普段は拠点内の保守や土木作業やらに携わる、ガテン系精霊達が訓練に『オントスα H型』土木仕様で参戦し、『オントスβ』の背中に乗せて機動する訓練に協力までしてくれた。
時おり「あんたらが外で自分勝手に暴れまわってるせいで、手が足りなくて私達が頑張ってるのよ!判ってる!?」などと怒声がとんだりしているので、どうやら『デルフィナ』一派はそこら中で怨みを買ってるようだ。
おかげで私自身が訓練の指導をしなくても、周りの親切な『製造管理部門&施設・土木部門』が後を引き継いでくれたので、その間に『ソーフォニカ』に現在の拠点施設の拡充についてや、更に必要とされる新装備についての話し合いをおこなった。
もっとも話し合いといっても、ソーフォニカが本気になれば、多少なムチャ言っても『実現』させてしまう力があるので、もっぱら私が「こういった設備が欲しい、こんなのを開発して欲しい」とか一方的に頼んでいる状態に近い。
たぶん長きに渡り、力を抑えられ与えられる命令すら存在しなかった彼女にとって、その反動もあって出来る事を自重無しでやり始めた気もする。
事実、拠点の地下にはいつの間にか、以前に「時間がかかり過ぎる」という理由で構想止まりになっていた筈の『メタン』の生産と液化の為の設備まで出来ていた!
そして性格にかんしても、完全にはっちゃけた。
初めて遭った当初のどこか抑えられ、よく訓練された執事というイメージから、アバターを女性にした事もあってイケイケ系のお姉さまに変貌しつつある。
これからの計画に関しては、私自身の新装備(『雷鳴の杖』はやっぱり使いづらい。)の開発や、『オントスα』系用の新しいオプション装備、あと未だ構想すら描いてないが、次世代オントスとなる予定の『オントスγ』シリーズ用に使用される部品の開発である。
そしてそれに伴う専用量産設備の拡充。
これが完成すれば、今まで一体々手作業じみた方法で生産していたオントスも、自動化された設備で簡便に出来ていく事になるだろう。(材料の方が足らなくならないのかな?)
「そういえばご主人様、現在訓練中の新型『オントス』ですが、名称はどういたしますか?」
ソーフォニカが聞いてきた。
そういえば正式名称は未だ伝えてなかった。
それまでのやり取りではたんに『オントスβ』とだけ呼んでいたが、後々に作られるであろう派生型の事も考え、形式名も決めなければなるまい。
実は、私の中ではすでに決まっていた。
「新型オントスの名称は『オントスβ AC型』、アラクネー相手に素手で対抗出来る事を目標にしたので”AC型”だよ。」




