第二十八話 「貴族屋敷から来た少女④」
「お待たせしました。リットルの叔母で『コンチェッタ』と申します。」
丁寧な挨拶と共に現れたのは、片眼鏡を掛けた落ち着いた感じのする美人女性だった。
ただ……私が想像している女性像とはチト違う、というかチョット幼く見える。
なにしろ、『リットル』さんと並ぶとどう見ても、その妹にしか見えない!?
「……ええ、と、本当に『叔母』さん?『妹』さんじゃ無くて!?」
「ええ……、まぁ彼女とは正確には血が繋がってなくて……」
「『叔母』は再婚した爺ちゃんの連れ子だったのにゃ!」
「ああ!それで若いと?」
「いやソレだけじゃないにゃ。
叔母はエルフの血が入ってるから成長が遅いにゃ。
再婚前の爺ちゃんの連れ合いがエルフで、浮気性な爺ちゃんに愛想を尽かして逃げたにゃ。
で、叔母は爺ちゃんのとこへ残って、連れ子として婆ちゃんのとこへ来たにゃ。」
なるほど……なかなか好色な爺ちゃんだったのか……。
爺許すまじ!!
「で、叔母はやっぱエルフの血を継いでるだけあって、昔から頭が良かったのにゃ。
錬金魔法もすぐ使えるようになって、家はウハウハの大繁盛だったのにゃ。
ああ、ちなみに実家は商家にゃ。」
なるほど……錬金術での生産品を実家で売って儲けてたというワケか。
で、今は独立している……と?
「母ちゃんが今の旦那と結婚した時、新婚家庭の邪魔したくないと実家から出たのにゃ。」
「なるほど、そういう事か?」
「ホントは父ちゃんが叔母に色目を使うんで逃げ出したにゃ。」
「なるほど、叔母さんが逃げ出した原因つくった父ちゃんは、後で処刑しときなさい。」
「既に実家の大事な金の卵を逃した廉で、食事の時おかずが一品減る刑を、未だに受けているにゃ。」
うんうん。
ちゃんと正義はなされたんだな。
良かった良かった。
「義兄さん、そんな刑受けてるんですか……。」
当事者……というか被害者は知らなかったらしい。
「……で、まぁ話はかわりますが、なんでも私に相談したいという事ですが?」
「あ、はい。
多分お話は姪のリットルから話は大部分聞いてると思いますが?」
「『霊界通信機』の話ですね?」
「はいそうなんですけど……詳しくお話すると長くなるのですが……」
「お伺いします。」
「未だ先の話になりますが、十一日後に冒険者ギルドではダンミアの村近くの森で、大規模な行方不明者の捜索を予定しているんです。」
「ああ、そんなのがあるんですか?」
「はい、今回のユニコーン騒動を含めてあの一帯では、今だいぶ行方不明者が出ているんです。殆ど生きているとは考えられないので、定期的な遺骨採集だと思っていただければいいです。
参加者に対する報奨も少ないですし、まぁ大規模で行うので現地での食事はギルドが用意してくれるというのが幸いですが……ただ……」
「ただ?」
「参加は強制ではないのですが、参加したという実績があればギルドの昇級審査の時に考慮され、昇級に有利になるんです。」
「ああ!なるほど!」
「私は今六年目でランクが第六級なのにゃ。
でも第五級に昇級すると、色々特典が多いので是非なりたいにゃ!」
「そういうわけで、リットルも参加をもう決めてしまい、ギルドへの申込みも済ませてしまいました。
ところが、私が例の『霊界通信機』で当日の事を伺ったところ……」
「何か『悪い事が起きる』と告げられたとか?」
「はい、その通りです。託宣……私はそう呼んでいるんですが、姪を参加させない方がよいと受けました。」
「……あー、それは……。」
「はい。ですが、既に受けた依頼を急に放棄する事になると、『ギルドでの評価が下がり、昇級審査に影響するから嫌だ』とリットルが……」
「……なるほど……でも命には代えられないでしょ?」
「そうなんですが……それで『霊界通信機』で再び『どうしたらリットルが危険な目に遭わないか?』と質問したんです。
そしたら……」
「私の名が出たと!?」
「はい!そうなんです。
託宣によれば、『新しくギルドに加入したスターリングなる人物を頼り、リットルの近くに居て貰えれば、姪は危険には遭わない』との事なんです。
リットルに聞いてみると既に面識があり、それも一度助けて貰った事があるという話でしたので、私自身も興味が湧き、姪を助けてもらったお礼と、この件をお願いしたい事もあって急遽、この場を設けてもらったわけです。」
なるほど……これは確かに不思議な話だ。
何より、その『霊界通信機』の先に居る相手というのは、私の存在を知っている事になるし、しかもこの後何が起きるのか、展開すら判っているように聞こえる。
果たして、そのような事が可能なのか?
私個人を狙った『罠』というなら、それにしては話が荒唐無稽すぎるし、けれど異世界だからこそ、そういった事がありえるような気がしないでもない。
”保留”としてもいいのだが、何より断るには私自身の興味を引き過ぎだ。
それに罠だとしても、私には『ソーフォニカ』という強大なチートが付いている。
もし罠に掛かって死ぬ事になったとしても、ソーフォニカの力なら私の魂を回収し、新たな身体を造って復活させるのも簡単な事なのだ。
これ以上のチートなど無い。
「判りました。その件お受けしましょう。」
「ええ、良いんですか!?有難うございます!!」
「はい、美人の頼みですから受けないわけにもいかないでしょう。
それに何より……」
「何より?」
「貴方自身が頼みに来れば『了承して貰える。』と、その『霊界通信機』の中の人は答えたんじゃないですか?」
「……はい……。その通りです……。」
やっぱりそうだったか。
おそらく相手は私の性格も全て、把握しているのだろう。
こんな興味が湧く話を、私が放っておくワケが無いと知っているのだ。
ただ、この件引き受けるのなら、どうせなら万全を期したい。
「それでこの件なんですけど、私も準備があるんでそのため暫くこの街を離れます。」
「そうですか?」
「はい、でもその依頼の一日前までには、必ず帰ってきますから安心して下さい。
そういった事でも頼りになりそうな仲間が居ますので、そこへ色々とお願いしに言ってきます。
だから大船に乗ったつもりで居て下さい。」
「ありがとうございます!」「ありがと~にゃ!」
「……あと、その件が終わった後日でいいですから、その『霊界通信機』の構造について、色々教えて頂けませんか?
その手の話が好きな仲間が居るんですよ。」
「ええ、お安い御用ですよ。」
「それでは、私も早速用意しに出掛けますんで。」
そう言うと、私とフロレンティナの二人は、その場をお暇した。
ギルドに寄って例の『遺骨採取』の依頼を受ける旨を、いつものベテラン受付嬢に伝えると、「まだそんな依頼、気にして受ける事ないわよ?」と言いながらも、手続きをしてくれた。
ギルドから出た後で一旦街の門から外に出て、目立たない場所で無線機を出しこれ迄の経緯を、ソーフォニカに説明した。
《『霊界通信機』ですか?》
「ああ、造った当人はそう言ってる。」
《でもそれオカシイですよねぇ。色々と……。》
「というと?」
《まず、死者と話せるという件です。この世界で死んだ者の魂は、私のようなこの世界において『非常識な存在』が付いていない限り、神の使いに回収され輪廻の輪に入れられてしまうんです。
幽霊という存在は、確かにこの世界にも存在しますけどそれは魂本体ではなく、向こうの世界で言う『幽体』に近いもので、いうなれば想いが強く残った妄執だけの存在みたいなものです。肉体が滅んだら暫くすれば雲霧消散します。
想いが強ければ消えるまでの期間が長くなるとはいえ、まともに話が出来るような理性をもった相手では無いんです。
それどころか意思すら持ってません。
ただ生前をマネてる存在だと思ってもらってもけっこうです。》
「なるほど、到底会話が成立するような相手では無いんだな?」
《そうです。人間の本体はあくまでも魂であり、それ以外は付属物にしかすぎません。
ですから、会話してるとなれば、相手は魂をもった相手という事になります。
死者ではありえないのです。》
「そうなのか……。」
《あと何もかも把握しているように見える件もおかしいです。》
「そこは『アカシック・レコード』でも読み取ってるんではないか?」
《ご主人様の希望を削ぐようで悪いですが、そのようなものは存在しません。》
「無いのか!?このファンタジー世界においても!?」
《そもそも、不確定性原理という学問が生まれた時点で、そのような存在はありえません。
確かにマクロ的視点で見た場合の、ある程度の集団の行動の予測というのは可能でしょうが、個々の個人相手にした確実な予測なんてものは、ほぼ不可能です。》
「なるほど……ハリ・セルダンでもそりゃ不可能だよなぁ」
《そうですね、数学的手法で心理歴史学を駆使しても無理でしょう。
ただ……前のご主人様の話では確かに一度死んだ人間は、未来予測に近い多数の情報を得られる事があるとは言ってましたが……》
「そんな事がありえるのか?」
《はい、旧ソビエト科学アカデミーではその研究が行われ、一旦ひとを臨死状態を体験させ、生き返らせると高い確率で本来知り得ない情報を得ている事が、実験により報告されてます。ただし理由については解する糸口すら見つからなかったそうです。》
「ソビエト科学アカデミー!?なんでそんな事、前のご主人様って知ってるんだ……?それにそんなもん何で研究してたんだ!?」
《始まった当初は軍事の為研究されてたそうですが、後のロシアでは国家による株式市場の予測に利用されてたそうです。》
「社会主義国家の力、怖!!」
《ですがそのケースにしても、死んだ人間から情報を得ているのではなく、生の世界へ戻ってきたものから情報を得ているわけです。よって『霊界通信機』なるもので死者から情報を得ているワケでもありません。
それに未来予測や予知は、その結果を他人に知らせてしまえばその結果に行き着くパラメーターを自ら変更させてしまっている事になります。つまり自ら存在を否定してしまうようなものです》
「そうだな……。」
《ただ、それらが予知や予測ではなく、予め『霊界通信機』を介して相談を受けた場合、それに回答した内容に応じて、そのような結果になるように人為的に仕込むことは、可能かもしれません。》
「つまり、『霊界通信機』の向こうに居る相手は、相談者に対する壮大な詐欺をおこなっているかもと?」
《はい、そもそもその『霊界通信機』本当に死者の世界と繋がっているのでしょうか?電波や磁界を利用して通信するモノでしたなら、我々でもそれに繋がる『無線機』を作り上げ、交信する事も出来ます。
その『霊界通信機』の構造というのが判らないので確実な事はいえませんが、相手の側も『霊界通信機』の動作原理を判っているのなら、自らにとって都合の良い情報を、彼女達に仕込む事も可能という事です。ならば……》
「彼女達も利用されてる可能性があるって事か……」
《はい。しかも相手は少なくとも、貴方の事を知っている存在という事になりますが……。》
「う~ん……。
まぁいいか……。
何者かの罠ならそれを噛み破れば良いことだし、それだけの力は私達は持ってる筈だよねぇ?『ソーフォニカ』?」
《そうですね。
それなりの準備を予めしておいたら、という『前提条件』が付きますが。》
「ならその前提条件を当日までに揃えておこうか?急な話になるけど『オントスβ』をいよいよ実体を組み立てたいと思ってるんだけど?」
《はい?いよいよ例の新型機の投入ですか?》
「ああ、出来れば当日までに二体欲しい。操縦者……というか被験者は『デルフィナ』達な!」
《ええ、当人達はきっと泣いて喜ぶでしょう。》
たしかに、アレみたら泣きそうだな。
操縦……というか操作も今までとは全然違うから、当人達には苦労して貰おう。
「あと私専用の『オントスα OG型』の試作機も、準備して欲しいんだけど……。」
《判りました。ご主人さまがこちらに到着する頃には、組み立て自体は終わってるようにしておきますね。製造管理現場の精霊達が泣くかもしれませんけど(笑)》
「そこはなんとか機嫌とっといてくれ。」
《判りました。士気の盛り上げ会でも予定しておきますね。》
「頼んだ。」
交信が終わり無線機をしまうと私達は再び街に戻り、元の『拠点』方面に行く馬車を探した。
幸いトリレガの村方面に、魚の干物などを買付にいく商人の馬車があったので、護衛を引き受けを条件に、乗せてもらう事にした。
どうやら商人の間では、私の雷魔法の事は話題になっていたらしく、快く引き受けてもらえた。
さぁ!私の秘密兵器の引き出しを、開きに行くとするか!!




