第二十七話 「貴族屋敷から来た少女③」
猫獣人の冒険者『リットル』さんに連れて来て貰った酒場は、やや大ぶりでその場に相応しくらいには、客でごった返してみえた。
「このお店は、料理の味が自慢にゃ、親父~、取り敢えずエール三つ!あと肴は”今日のお勧め”で頼むにゃ!」
調理場から頭に握り鉢巻した禿頭の男が、顔を上げて笑顔を向けて「わかった!」の合図を送ってくれる。
店の看板娘らしき短めのスカートを穿いたエプロン姿の女性が、杯にタップリと注がれたエールを運んで来てくれた。
「乾杯」の合図と共に、一気に喉へ注ぎ込む。
味は、やや酸っぱみがあるが悪くは無い。
欲を言えば、一応冷えたはいたが、もっと凍るようなキンキンなのを飲みたかったなというくらいだ。
おそらく井戸水か何かで樽を、冷やしてはいるのだろうが、さすがに元の世界の冷蔵庫レベルでは無かった。
後からきた”肴”は焼き鳥のようだったが、聞いたらその実体は”鳩!”だった。
街を囲む城壁の上の影などで夜間寝ている為、素手でも簡単に捕まるので、街の門番達がチョットした小遣い稼ぎに安く売りにくるそうだ。
いわゆる役人ならではのチョットした余禄らしいが、いちいち咎める奴が居る程世知辛くは無いらしい。
それとも門番の給与が元から安いからと、最初から見逃されてる要素なのかもしれない。
他にも、馬の後ろ足を燻製にしたハムや、角兎の香草焼き、あとワインで長く煮込まれた猪肉のシチューなんてのも現れた。
味については、元の世界と比べる事自体が間違ってるし、この世界の料理としては、美味しい方になるんじゃないだろうか?
まぁオークやゴブリンが、食卓に並ばなかっただけマシかもしれない。
ちなみに一応聞いてみたが、「オークやゴブリンを食べる!?そんな気持ち悪いモノ食べる奴いないよ!」と言っていたので、オーク肉を豚肉代わりに食べるなんていうのは、日本的ファンタジーの間違った常識らしい。
そもそもこの世界のオークは、下から生える牙こそ存在するがブタ鼻なんてものはない。
肌の色も灰色で、到底食欲をそそる色ではないだろう。
酒が入ってお互い口が滑らかになると、話がはずんで色々な役にたちそうな話も聞けた。
たとえば私が散々苦労した、宿のベッドでのノミや南京虫対策の話だ。
なんでも冒険者達はお互い、どの宿屋ではノミや南京虫が出るか、情報を共有してるのだそうな。
そしてその類が少ない部屋の共通な特徴というのは、部屋にヤモリや小さい蜥蜴が目につくほど、住み着いているという。
どうやらそれらは、部屋の中のそれらを糧として生きているかららしい。
ただそんな事を知らない粗忽者の冒険者が、気味悪がって部屋からヤモリや蜥蜴を追い払ったりすると、また元の木阿弥になるそうな。
他にも、安いギルド会館の部屋に長期間、どうしても泊まらなきゃならない場合とかは、縁の深い皿に酒を注いでその真中に、弱めの『明かり』の魔法を唱えて部屋に放置して置くと、翌朝には皿の酒の中に、大量の南京虫やノミの死骸が溺れて浮いているという。
ちなみに『明かり』の光の色が青だと、より効果が高いらしい。
なるほど、そんな退治方法もあるんだなと、目からあらためて鱗が落ちた。
ただし……
今現在もモフ耳に蚤がたかってる彼女の証言なので、効果の程は”アレ”なのかもしれない。
「ところでスターリンにゃ、私がここに誘ったワケなんだけどにゃ、連れ帰って貰ったお礼以外にも、実は理由があるにゃ。」
「ほうほう?それは何かな?あと私の名前はスターリングだからね!リットルちゃん。」
「ところでにゃ、スターリンもヘンに思ってるじゃろ?私がにゃんでユニコーン出てる危険地域でキノコ採ってたのかにゃって?」
うん、その事は気になっていた。
”危機意識が薄い”にしても、ベテラン受付嬢さんの話を信じるなら、彼女は六年もの長きに渡り冒険者を続けてきたベテランという事だし、キノコ採取専門とはいえ、家が建つ程に儲けているのだ。
迂闊な冒険者では、これだけの成果をあげられるとは思えない。
まぁ人の名前を未だに間違え続ける程度には迂闊だけどな。
「実はにゃ~秘密があってにゃ。」
ふんふん?
「話は長くなるがにゃ、私の場合は頼りになる叔母がいてにゃ?そのおかげにゃん。」
「叔母さん?一緒にパーティ組んでるとか?」
「いやいや違うにゃ、そもそも叔母の本業は錬金術師……て事になってるにゃ。」
「”ことになってる”……というと?」
「……でその実は、叔母は心霊術研究家でもあるんにゃ」
ええええ!!!!
「心霊術って……あの降霊術とかやるアレですか?」
「そうそう、それにゃ!正確には本人は『心霊工学士』を名乗っているにゃ。」
『心霊工学士』……それはさすがに初めて聞く職業だ。
ファンタジー系小説の中でも聞いた事がない!
「そもそも叔母は腕の良い錬金術師でもあるのじゃが、趣味としてにゃが占いにも手を出していたのにゃ、ところがある日……」
「ある日?」
「友達の親父さんが死んだそうにゃのにゃが、その友達から『親父の遺産の在り処が知りたい』と相談を持ちかけられたにゃ、で、当初は占いを色々駆使してみたが捗々しい結果が出ない。」
「まぁそりゃ当然だな。」
「ところが!近所に降霊会などを行う、心霊関係のソサエティーを開催している、エルフ族の『ピラル』さんという女性が住んでいてにゃ」
「……うんうん?」
「ある日、何気なく家の前でその人と会い、立ち話で世間話はじめてなにげにその話をしてしまったそうにゃ、そしたら『降霊術でその人のお父さん呼び出してみましょうか?』とその人言いだしたそうにゃ。」
「……で、実際にその降霊会は行われたのか?あと親父さんの霊ってのも出たのか?」
「結果的には、出たらしいにゃ。」
「出た……らしい?」
「たしかにその日、降霊会で不思議な事が起こった事は確からしいのにゃが、肝心のお父さんの声というのが、その友達本人にしか聞こえなかったそうにゃ。」
「へ~?……でも聞こえたんだ。
で、遺産問題は解決したの?」
「親父さんの霊が、色々な権利書の類を商業ギルドの貸し金庫や、友人に預けてた事を話してくれたとかで、無事解決したそうにゃ。」
そんな事が本当にありえるのか?
そもそも、その声が当事者本人にしか聞こえなかったというのも変な気がする……。
「で、それ以来叔母は心霊関連に急にのめり込みだしたにゃ」
「まぁそんなの見せられたら、のめり込むのも無理ないかな……?」
「いや、違うにゃ。
叔母が何故のめり込む事になったかというと、霊の声が友人には聞こえて自分には聞こえなかったからにゃ」
「え?」
「そもそも、誰でも交信出来るようならその降霊術にある程度信憑性がありえるけど、他人には交信内容を聞く事が出来ないというのでは、客観性がないから信用出来ない。というのが叔母の持論にゃ」
「……まぁ言われてみればそうだな。その友達が『ピラル』さんとやらと組んで、叔母さんをそのソサエティに引っ張り込む為にお芝居をした……なんて可能性もあり得るだろうし……」
「そこにゃ!それで叔母さんは自分の錬金術の知識を利用して、死んだ人と話せる機械『霊界通信機』なるものを開発したにゃ。」
えええええええ!!なんだそりゃ!?
しかもよりによって、我がニコラ・テスラ教徒と敵対する最強の邪神!『エジソン』も晩年開発していたという『霊界通信機』をだと!?
異世界においても我が神を愚弄するのか!?
邪神『エジソン』!!
「……で……それ本当に死んだ人と交信出来るのか!?」
「……う~ん……、それが判らないにゃ。」
「へ?」
「実のところ、『なにか』と交信出来るようになった事は確かなのにゃ。ただし、特定の誰か……と交信出来るわけじゃないのにゃ」
「……つまり、アレか?知り合いの死んだ人とかと交信出来たワケじゃないし、交信出来た相手も誰かは判別する事が出来ない、よって本当に死者と交信出来ているかは判らないと?」
「そのとおりにゃ。」
なるほど……たしかにそれは面白い話だ。
相手が死者かどうか判らないが、応えてくれる相手が居ることは確かという点も興味深い。
「……で、話は長くなったがにゃ、私がめったに危険な目に遭わない理由、それがその『霊界通信機』のおかげあのにゃ。」
なっなんだってー!?
「例えば、私が出掛ける前に、『どの方面に行けば高級キノコに出会える?』とか『どの方面行けば危険な目に遭わない?』とか予め叔母に相談すると……」
ふむふむ。
「叔母が『霊界通信機』起動して、誰かは判らないけど交信出来た相手にその事を話して、応ってきた答えの通り行動すると、大抵その通りになる。」
「ええええ!?そんな馬鹿な!!
アレ?でも俺に連れ帰られた時は……」
「あの日はこちらの質問ミスだったにゃ。『霊界通信機』の向こう側の相手に、『どの方面行ったらユニコーンに遭遇しないか?』と質問しちゃったからにゃ。
実際かえってきた答えは『ユニコーンはその日の夕方までには退治されるから心配無い。』だったし実際その通りになったそうだからにゃ。
……まぁ『どの方面行ったら”落雷”に遭わないか?』とまでは相談してないし……」
なるほど、そう考えるとソレまで”的外れな答えはされたことが無い。”というワケか……。
しかし不思議な話だなぁ……
「で、ここからが本題なのにゃ。」
え?
いままでの壮大な前フリ?
「実は、その『叔母』が今日此処へやって来る事になっているにゃ。」
「……え?そりゃまたなんで?」
「なんでも、その叔母がスターリンに相談したい事があるにゃ」
「しつこいようだが私の名はスターリングだ。
あと、もしかしてだがその叔母さんとやらが私に会う件も、『霊界通信機』からの指示なのか?」
「ご明察なのにゃ。」
なるほど、そういうワケか。
彼女が強引に私を連れ出した理由も判るし、一応”元三流”が付くとはいえ、技術者としては、『霊界通信機』なんてロマンチシズムの塊だ。
興味が湧かない筈がない。
私達はそのまんま、その霊界通信機に関わるエピソードなどの話を交えながら、彼女の『叔母』なる人物の来るのをまつことになった。
彼女の話しの上手さもあり、聞かされるエピソードは全てが興味深く、面白かった。
やがて、後ろからコロコロとした「待ちましたか?」という親しみを含んだ女性の声が聞こえるまで、”待つ”という時間の事を忘れてる程だったのだ。




