第二十五話 「貴族屋敷から来た少女①」
「ねぇ。このポジションって何か間違ってるんじゃない?」
「それって私が上で君が下な件?」
「普通、レディ・ファーストって言葉があるんじゃないの?レディに……この扱いって普通は無いんじゃない?」
「いや、それは仕方のない事だと思うが……」
「そうなの?」
「うん。絶対!」
ダンミアの村近くの森で、私とフロレンティナの二人での言い合いの理由。
それは?
”野宿時の寝る場所のポジション”である。
私は森の中で寝る為の寝具として、ホドミンの街でハンモックを調達してきた。
なぜか?
それはホドミンの街での、宿屋での待遇が原因でもある。
ホドミンの街に到着した初日、私は冒険者会館に泊まった。
冒険者会館というのは以前にも説明したとおり、冒険者に向けた簡易宿泊所であり、食堂と酒場を兼ねている。
正直言えばドヤ街の宿と大した違いは無い。
ただあちらは、日雇い労働者向けの半スラム化した場所に過ぎないが、こちらは同じ日雇いとはいえ、バックにギルドが支援しており、冒険者に安い宿を提供してはいる。
しかしその分、稼がせた金を食堂と酒場で結局毟り取っているというワケで、『ギルドと冒険者』の関係は『鵜飼いと鵜』と変わらない。
ただしドヤ街などと違い、軽度な置き引きやスリ、喧嘩などは発生してるが、重犯罪の多発地帯ではない。
それなりには、安全な場所と言っておこう。
だが、一番安い部屋なら素泊まりで小銅貨八枚、(元の世界なら八百円っていうところか?)で泊まれるという破格さは、それなりに理由があるのだ。
ちなみに私が泊まった部屋は……。
内装はボロ、個室の鍵は壊れている、そして何よりベッドのシーツを裏返してみたら、大量の南京虫かノミらしきものが、サーっと逃げていった……。
よく考えてみたら、冒険者といえば野外での活動が多いから、森などからそういった『居候』拾ってくる事も多いのだろうし、おまけに風呂に入るという文化を持たない連中だ。
予想して然るべき事であった。
二度目にこの街で泊まったところは、素泊まりで中銅貨四枚(約四千円といったところか?)という、ほんの少し高い商人向けの宿だ。
部屋の中は、一見掃除が行き届いているように見えたが、ベッドシーツの裏の南京虫の洗礼は、まったく変わりがなかった。
…………いったい何日ごとに、シーツの洗濯や虫干しをしているのだろうか?
この世界には”衛生観念”なるものが存在しないのだろうか?
戦後すぐに、GHQが殺虫剤撒きまくった気持ちが良く判ってきた……
だから私はファンタジーなんて嫌いだ!
どちらの宿でも怖くてシーツが使えず、結局持ってきた外套をシェラフ代わりにして寝たのだが、何箇所かは虫に食われて腫れ物状態だ。
宿屋の主人に文句を言ったら、「そんなものオシッコ付けとけば治る!」と相手にもされなかった。
それどころか、「なんなら俺がオシッコ引っ掛けてやろうか?」と好色そうな顔で言われたので、痴漢対策に造っておいた秘匿武器、『雷の拳』で、股間を百三十万ボルトの電圧で痺れさせてやった。
……まった……この好色宿屋が言うような、そんな古代ローマ的な医学療法はホントに効くのだろうか?
今度来る時は、”絶対『虫避けスプレー』を開発して持ち込み、部屋内部に徹底的に吹きまくってから寝る事にしよう。”と心に誓ったが後の祭りである。
宿屋の主人は私の攻撃で失禁して果てた。
汚い……。
二度とこの宿利用するのはやめよう……。
そして私は気が付いた。
地べたで寝るから南京虫やノミ、その他ダニの類が身体に付くのではないかと。
結果私は、街でハンモックを売っている店を探し出し、以降はそれを使って寝る事に決めていたのだが、フロレンティナから”物言い”がかかった。
即ち……
そのハンモックをレディに譲れと。
それは最初から無茶な相談だ!!
フロレンティナが取り憑いている『オントスα H型』は、軽量な不燃性マグネシウム合金で出来てるとはいえ、全高で二メートルもあり重量も二百キロを超えてる。
身体も量産性を重視したせいで角ばってるし、そんな身体でハンモック使われたら、吊るした木が折れるかハンモック自体が破れるかのどちらかである。
そもそも、ほぼ全金属製のボディに、虫を気にする必要性あるのか?と説得し、なんとかハンモックを死守したが、それでもぐちぐち言われっぱなしである。
う~む。
世知辛い。
翌朝からは、薬草の採取しながら行方不明となった冒険者を探したが、薬草のほうは見つかれど、冒険者の方は痕跡一つ見つからない。
日暮れも近くなり、薬草も依頼の分量をはるかに超えるだけ集まったので、仕方なくホドミンの街へ戻る事にした。
もしかしたら、討伐に出た冒険者は、死体も残さずユニコーンに食われたのだろうか?
熊だったら、食べ残しの死体を埋めて隠しておくという習性が有るという話を聞いたが、ユニコーンも後で食べるつもりで、遺体をどこかに隠しているんだろうか?
だとしても、もう日にちも経ちすぎている。
正直、状態の酷い遺体を視るのも嫌なので、森での”エルフの死体拾い”は諦めよう!という方向に、心が傾いてる。
「ようは死体じゃなくても、なんとか遺伝情報である細胞が手に入れれば、良いんだよなぁ……」
なんとか方法は無いものか?
髪の毛からでも遺伝情報の抽出はおこなえるとソーフォニカは言っていたが、街に床屋の類は無いのだろうか?
エルフの客が入ったあと、店主に金握らせて……
などと妄想しながら街道を歩いてたら、前方でなにやら騒ぎが起きている。
値段の高そうな馬車が止められ、護衛と盗賊らしき集団が、チャンチャンバラバラの切り合いの真っ最中だった。
街までホンの二~三キロという、いうなれば外門から目と鼻の先で、よくやるなぁ!と感心したが、正直薬草採取で疲れてた私は、関わり合いになりたくない気持ちでいっぱいだった。
豪奢で、いかにも金の掛かった造りでありそうな馬車である事から考えて、乗っているのは貴族かなんかだろう。
だとすれば護衛にしても、盗賊にやられる程度じゃない筈だ。
そう心に決め込んで、騒動が終わるのを待つ事を考えてたのだが、意外な事に顔を隠した盗賊連中は強く、護衛の方が崩れだした。
「ありぁ?」
おまけに、馬車の御者らしいのが御者台から引き摺り落とされ、盗賊らしいのが中に入っていく。
ついには中から女性の悲鳴が聞こえだした。
ああ、これはなんだな……。
この手の異世界系ネット小説のお約束だ……テンプレだ。
貴族のお嬢様が乗った馬車を、盗賊か魔物から助ける……。
なんつーベタな展開なんだ……。
そう、私の頭は疲労から既に、現実逃避モードに入っていたのだ。
だが、馬車の中から未だ幼さが残る容姿の、十四~五歳に見える娘が盗賊達に、馬車から担ぎ出されたところで、とうとう私の頭もプッツンきた。
あー!もうウザくてどーでもいいぃいいいいいい!!
鞄から『雷鳴の杖』取り出し、ワイヤーを引っ張り起動させると、面倒だとばかりにそのへん一帯に雷の雨を降らした!
ズドォオオオオオオオン!!
降り注いだ落雷の轟音と閃光に、巻き込まれた者を除いて皆一様に驚き、こちらに注目した。
「てめぇらぁ。命が惜しかったら、その場に平伏して金よこせぇええええええ!!」
どうやらその時の私は、興奮しすぎてセリフを盛大に間違えていたらしい。
十分後には、連続的な落雷で煙くすぶる惨状と屍累々な状態で倒れている盗賊達。
そして、なんとか生き延びた盗賊達が平伏して「なにとぞ命ばかりはお助けください……。」とお金を差し出す姿が残された。
なぜか?攫われそうになってた貴族の娘っぽいのと、護衛までが平伏してお金を差し出してる。
面倒なので、盗賊は全部縛り上げてその場に放置、貴族の娘とその護衛も、怪我の手当(なんと!フロレンティナさんが癒やしの魔法を使ってた!)をしてその場に放置した。
勿論、”差し出されたお金”を貰ってく……なんて事はしなかった。
その場に置いてホドミンの街へ向かい、門番の兵士に「貴族の馬車が街道で襲われてる」事を伝え、そのまんま街へ入っていった。
冒険者ギルドに入り、ごった返す受付カウンターで順番待ちをし、無事依頼達成の報告と採取した薬草の引き渡しを行った。
依頼達成の賞金は金貨一枚……元の世界でいったら一万円といったところか?
労力のわりに見合わない、絶対赤字だと思いながらも、今回稼いだお金を大事にポケットに仕舞い込んだ。
その後、ギルド会館で安酒と味は微妙だがボリュームは多い食事を平らげ、(フロレンティナさんは飲み食い出来ないので気の毒だったが)安い宿を探して寝床を確保した。
因みに、宿泊費は中銅貨一枚と小銅貨八枚。
ベッドはフロレンティナさんに使わせて、私は天井の梁と柱でハンモックを釣って寝た。
その晩は珍しくも、虫に悩まされずに私は眠る事が出来た。




