第二十三話 「裏街の女」
「神殿への喜捨をお願いできませんかぁ?」
私の袖をローブ姿の女性が掴んでいる。
それもなかなか力強い手だ。
「ぜひとも、私どもミナゴローシ教会へ!」
「なんですかその名前!?どこの邪教なんですか!?」
というかそんなオトロしい宗教団体お断りである。
「いや、違いました!つい心の声が……ホ、ホントはミーナ・ゴローズ教会です!」
ミーナ・ゴローズか……なんかゴスロリっぽい名前だな
なんかアンナ・ミラーズの親戚みたいだが、そこからどーしたらそんな物騒な名前になるのだろうか?
まぁそれはおいとくとしても、宗教関係で声を掛けてくる奴に関わるのはロクなことじゃないと、私の中では既に決っている。
「申し訳ありませんが、これでも私、ニコラ・テスラ教の狂信的……違った熱狂的な信徒なのです。
他の宗教に鞍替えする気はありません!」
「ニコラ・テスラ?そんな神様いましたっけ?」
「ええ、もちろん居ます。
他にも異端としてエジソン教や、テスラ・モーターなる神の名前だけ利用し、私の年収より高いお布施を要求してガラクタのような馬車を押し付けてくる強欲派閥も存在します。」
「そ、それは……なぜ馬車を押し付けてくるのかよくわかりませんが、なかなか非道な邪教集団のようですね……」
「そうです!彼らこそ宗教裁判に掛け、異端審問官による拷問のうえ、火炙りにするべき存在です!
話は長くなりましたが、それではこれにて。」
「は……はぁ、お忙しいところ有難うございました……。」
ふっふっふっ、チョロい!
「……って、そんな事で誤魔化されるワケないでしょー!!」
即行で再び捕まってしまった。
というかなぜにがめつい?この神官さん……神官さん?
「ああ!!」
「はい!!なんでしょうか!?」
「たしか……貴方は神官さん!」
「はい?たしかに私は神官ですけど……?それが何か?」
「……いやそうじゃなくて……。」
そうだった。
あの時と今の私の姿は大幅に違っているんだっけ。
ちゃんと説明しないと……
「一年くらい前に、背中に『聖体』背負った兵士逃してくれたでしょ!?」
「ええ、たしかそんな事が……たしかスターリンさんとかいう兵士を……」
相変わらず私の名前を『粛清ハラショー』なヒトと間違えてるのか……
「私、その時の兵士の弟です。名前をスターリングと申します。」
まぁ忘れているならこれでいいだろう。
兄=スターリン 弟=現在の私=スターリングにしておけば、無問題!!
「ええ!?そうなの!?でも弟って……胸あるし……」
「これは大胸筋です!!鍛えてますから!!それより、神官さんがなぜこんな場所で托鉢なんかを?
元の神殿はどうしちゃったんですか?」
「……えぇえええええええええええん(涙)」神官さんは泣き出してしまった。
よほどなにか溜め込んでいたのだろうか……?
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……実は、神殿を取り上げられてしまったのです。」
「「ええ!?」」
「えーと、この逞しそうな全身鎧な方は?」
「あんまり気にしないでください。兵隊時代の元上司で『マリアネラ』さんと言います。」
「そうでしたか……ん?『マリアネラ』?どっかで聞いたような……?」
「ああっ、そんな事より神殿取り上げられた経緯の続きを……!」
「そうでした。あの日、”貴方のお兄様と、魂を神の生贄に捧げられたあげく、身体を『聖体』にされてしまった恋人との愛の逃避行”をお助けした次の日のこと……」
え?……私とあのエルフさんの仲って、そういった目で見られていたのか?
「魂を失ってしまったとはいえせめて恋人の『身体』だけでも守ろうと、逃避行を続けるスターリンさんの美しい愛に打たれた私は、二人を助けた事に一片の後悔もなく、教区長に呼び出され釈明を求められましたが……」
いや、そんな美しい理由じゃなく、あんたの勢いに脅かされ逃げ出したんだが……
「二人の愛ある事情を訴えるも無情にも、教区長は私の『神殿付き功二級神官』としての地位を剥奪。おまけに『修行の為』と称し、あの『コンウォール神殿』から追い出されました……嗚呼あ(涙)」
「……そ、それは兄の為、大変申し訳ありませんでした……(汗)。」
「いえいーんです。
どーせその前から、あの教区長には目を付けられてましたから……。遅かれ早かれの違いです……うっうっうっ」
「というと?」
「もともと、あの神殿は私が責任者として任ぜられてからは、献金の額も多くなりドル箱的な存在になってました。そこへもってきてあの教区長が、神殿を自分の弟に任せたいと上層部にずっと上奏してきたのです。」
「「そんな横暴な!?」」
「仕方ないのです。その教区長の弟というのが、とある商人の元で働いていたのですが不義理を働き首になった人物なのです。」
「いや、そんな人物をどうして?」
「実はその弟という人物が商人の元にいた時、教会に対するあきらかな利益誘導を行っていたんです。
その事の口止めとしても、教会としては多少は良い地位を与えないわけにはいかないというワケで……」
「それで神官さんの『神殿』が狙われたのか……というか神官さん、よくあの神殿で献金を多く集められたね!?」
「ええ、わたくし神から与えられた『癒やし』の『ギフト』がありましたし、それに昼間は託児所を兼ねたり文字や算術の教室を開いたりと、信者の獲得に力をいれていたんですよぉ……よよよ(涙)」
「『癒やしのギフト』!?それって怪我や病気治せたりするアレかい!?」
「はい、でもそんな珍しいモノじゃありませんよ? 修道院とかで神への祈り三年程続けてたら二人に一人は身につくギフトですからね。というか逆に貰えない人は信仰心が足りないんじゃないかと私は思ってたりするんですけど。
それにくだんの教区長も、その弟もそのギフト貰えてませんし。言っちゃいけないんですけど、教団上層部になるほど『ギフト』貰えてる人が少ないという現実も……」
なんだか嫌な話聞いてしまった……。
いわゆる政治力という問題なんだな。
銀行から天下りして来た奴に会社を乗っ取られるのなんかと同じだ。
だいたい、『癒やしのギフト』持ってない奴が施療院から冠婚葬祭かねてる神殿の長となっても何の役に立つというんだろう。
おそらくコンウォールの神殿は、今頃メチャクチャになってるに違いない。
「……で、そんなワケで。
現在はこの街の神殿で下っ端として居候させて貰ってるしだいで……。」
一時は神殿の長までいった人物が、下っ端で居候……悲しすぎて涙が出そうだ。
「冒険者ギルドへも出張神官として出張る事もあるんですけどね。
先程も冒険者の遺体が持ち込まれたからと弔い頼まれて行ってきたんですけど……」
え?
「ギルド行ったら、実はその冒険者死んでなかったからとキャンセルされ、このままお金も持ち帰れなかったら……神殿での立場が辛いんですぅううううう!!」
そこまで私のせいなのかよ!!!!
「嗚呼、いっそこの身を花街で売ってお金を……、ちなみにギリギリ、アラサーじゃない年齢=彼氏いない歴の処女って幾らで売れると思いますぅ?」
「あー判った!判ったから!喜捨してやるよ!!どんとこぉぃいいい!!」
「きゃあああ!!素敵ぃいいい!!抱いてぇえええ!!」
止む無く私は財布を鞄から取り出し、銀貨を十枚ほど彼女の手に落としてやった……。
受け取った彼女は「毎度ありぃいいい!」と喜びいさみ、献金箱抱えて去っていった。
はぁ……なんて日だ……今日は……。
「随分と気前良いのねぇスターリンちゃんは?」
「いいんですよ、それに以前にも怪我直して貰ったりとお世話になってますからねぇ。
それにたかが銀貨程度ですし……」
「銀貨程度?」
「ええ、金貨渡したわけじゃないし……」
「……スターリンちゃん、それなにか勘違いしてるよ?」
「え?」
それから私はフロレンティナさんに、この世界……というかこの地方の貨幣価値を叩き込まれた。
貨幣価値は、下から順に
賤貨、小銅貨、中銅貨、大銅貨、金貨、銀貨の順……
つまり、金貨より銀貨の方が、価値が高いのだ!!
何故、そんな元の世界とは逆転減少が起きているかというと、この地方わりと金山は多いのだが、銀山は少ない。
しかも金は鉛よりも重くて柔らかく、装飾的な価値はあるが実用的な価値はあまりない。
それに対して銀は、毒殺防止の為にカトラリーや杯に使われたり、実体の無いアンデッドに対する有効と言われているミスリルの材料にと、実用的な価値が高く引く手あまたな材料なのだ。
大体独身男性一人が一月暮らすのに必要な額が、銀貨一枚くらいと言われてるので、その事から逆算すると元の世界での十万~二十万円くらいに、匹敵するらしい。
もし、最大値の二十万円くらいと仮定したとすると、私が神官さんに渡した金額はなんと二百万円!!
そりゃあ神官さん喜ぶ筈である。
今更追い掛けて取り返そうにも、足の速い彼女は既に視界から消えていた。
そういえば以前にも、神殿で喜捨を求められたとき、銀貨渡したらニッコリしてたよなぁ……
呆然とする私を後目に、ホドミンの街の夜は、さらに深くへと更けていくのだった。




