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第二十二話 「失踪者は禿④」

 森の中は不気味に静まり返っていた。


 それは、一角獣(ユニコーン)の脅威を、森という人智の及びにくい場所が孕んだ為なのかもしれない。


 実際、鳥の鳴き声一つ聞こえもしない。


 とりあえず私達は、オントスα H型を駆る『フロレンティナ』が前衛、私が後衛の順番で森の小道を歩いていく。

 こういった場では、精霊であるフロレンティナさんの方が感覚は鋭いだろうし、万が一奇襲を受けたとしても、オントスαの身体(ボディ)なら充分耐えられるからだ。

 軽量な不燃性マグネシウム合金製のボディは、最厚部でで二十ミリを超える装甲を誇っている。


 そう簡単に貫かれたりするやわな『身体(ボディ)』とは違うのだ。


 やがて森に侵入してから三十分程経った頃、私の前で地面を探りながらも、軽い足取りで歩いていたフロレンティナが、その場に静止したかと思うと姿勢を低くした。

 そしてこちらにハンドシグナルを送ってくる。


 どうやら『姿勢を低くしてコッチへ来い』という意味らしい。


 ”非道戦士 ガンバル”視て憶えたのかなぁ?などと思いながら近寄り、彼女の指差す方向を見ると、何やら落ち葉を掻き上げてる存在がいる。

 サイズはそれ程大きくないようだ。

 小声で彼女に尋ねる。


「アレ、何?」


「多分、『角付きウサギ(ホーンラビット)』。巣穴の拡張をしてるみたいね。」


 おお、ホーンラビットか!?

 ファンタジー世界で初心者冒険者が、食料として狩る定番の奴だな……などと思いながら、二十メートル程先に居る、後足で地面を引っ掻く姿を見ておどろいた。


 想像してたのとだいぶ違う。


 私が知ってるファンタジー定番のホーンラビットは、頭にユニコーンのような角が生えた兎で、その角で冒険者を突き刺そうと襲ってくるモノだった。

 だが私の目の前に居たホーンラビットは、身体付きこそ兎の姿だが角の形は『()鹿()()()』そのもの!

 しかも、身体のサイズに比してアンバランスな程デカい!!


 他人事(?)ながらも「走るとき頭が重くて大変なんじゃないか?」と心配なレベルである。


「狩りますか?」とフロレンティナ


 たしかに食料にはなるだろう。

 現在のオントスを駆るフロレンティナと違い、私の身体は生身なので食料は必要でもある。


 ただ問題は、この場でこのような小物を狩るのに丁度よさそうな武器の持ち合わせが、悲しいが私にはない。


 剣やナイフを持って近付けば、気配を察知され逃げられるだろうし、弓矢か吹き矢が最適なんだろうが、どちらも持っていなかった。


 しょうがない……。


 ちょっと威力が過剰すぎるかも?と悩みながらも魔法の鞄から、『雷鳴の杖(トニータルァ)』を取り出す。

「音が気付かれませんように」と祈りながら、魔導タービンを回す為のワイヤーを引っ張ると、杖を角兎に向け発射準備(チャージ)完了を示すランプが付くのを待つ。


 角付き兎は辺りの空気が変わったことに気が付いたのか?しきりに首を振り周りを警戒しだした。


 発射準備(チャージ)完了のランプ点灯と同時に私は発砲する!



ドカァアアアン!!



 狙いはやや興奮した為か?角兎には当たらず、その十メートル先に生えていた数本の木に着弾!!

 真ん中にあった木は、直撃により幹が吹っ飛んで倒れ、周りの木も黒焦げになり、ブスブスと煙を吹いていた……。


 狙っていた角兎は轟音と閃光に驚き、その場を二~三周クルクルと回ったかと思えば、脱兎のごとく駆け出し逃げた。


 う~む、やはり命中精度と過剰な威力に問題があるようだ。


 どうもこの杖、目標近くに地面から生えてるモノがあったりすると、優先的に雷がそちらへ向かうようだ。

 元より正確に狙えるようなモノでも無いから悩ましい。

 敵味方が入り乱れてるような場所だと、フレンドリー・ファイアが怖くて使い物になりそうにない。


 仕方がないと、杖の過充電を防ぐ為にケーブルを引っこ抜いて、内部のタービンが止まるのを待つ。


 実はこの杖、タービンが回ったままだと、ジャイロ効果で思うように振り回しにくくなるのだ。

 この事も、実際に運用してみなければ判らなかった事だ。


 とりあえず流れ弾(流れ雷?)で火を吹いた木に、手持ちの水筒から水をかけ火を消す。

 この地方は湿度が高く、霧が良く出る程にジメジメしてるとはいえ、放置しておいても山火事にならないとは言い切れない。

 後始末は大事だろう。


 火を消したあと、先に進むと二十メートルもしないうちに、うつ伏せに倒れた冒険者らしき死体を見つけた!!

 頭に突き出た耳と尻尾がある事から、どうやら猫獣人の女性のものらしい。


 無線機を取り出し本拠に居る筈の『ソーフォニカ』に電波を送る。


「シーキューシーキュー チェックメイトキングツー こちらホワイトルック どうぞ!!」


「はい! こちらソーフォニカ、ホワイトカラーなスターリンさんどうぞ?」


「いや、どー考えてもやらされてる事はブルーカラーだろ? それよりエルフでは無いが、遺伝情報源になりそうな死体を発見、相手は猫獣人の女性だが回収の必要性ありや?どーぞ」


「少々お待ち下さい~。現在他の精霊達と協議中。」


 暫く、交信が途絶えた。


 今頃は他の連中と協議してる最中なのであろう。

 その間、遺体に手をあわせて”南無阿弥陀仏”を唱え、近くに生えてた花を頭の上に飾った。

 この世界でお経唱えても宗教違うから意味ないのでは?とあとになって気が付いたが、こちらでの一般的な弔いなどというモノは判らないので仕方がない。


 そのうちソーフォニカからの無線が届く。


「すいませんスターリンさん。猫獣人は毛並みと尻尾の手入れと、ノミ取りが面倒なので、『却下』との精霊達の総意です。」


 毛並みと尻尾の手入れとノミ取りが大変か……


 モフモフを否定するとは、なかなか贅沢な精霊達である。


 まぁよく見たら死体にもいくらかノミらしきものがハネていたので、その指摘もまんざら間違いではないのかもしれない。


 このまま死体を放置して虫の餌にするのも気の毒なので、止む無くフロレンティナさんに抱えて貰い、ホドミンの街の冒険者ギルドまで、そのまま持っていく事にした。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 ギルドに到着すると丁度受付に、出掛ける時に助言を求めたベテランらしき受付嬢が居たので、「出先で冒険者の死体を見つけ戻ってきた」旨をつげ、遺体を見せた。


「嗚呼!リットルさん!!」


「お知り合いですか?」


「……ええ、普段私が担当する事も多い、この道六年のベテラン冒険者です……。」


「お気の毒です……」


 場を湿ったような、昏い雰囲気がつつんだ。

 すすり泣きながら受付嬢さんは、顔見知りの変わり果てた姿をみながら語りだす。


「この娘はねぇ、とても鼻が良くて高級キノコ採取のクエに良く出てたんです。稼ぎも良くて、この間も家を買ったとか自慢してたばかりなのに……」


 キノコ採取専門か……

 家を買える程だったくらいだから、さぞ腕も良かったんだろう。


 周りの人の悲しむ姿みて、”死体拾い”目的で森に入る自分があさましく感じて居たたまれなくなってきた。


「……彼女の遺体はどこで?」


「ダンミアの村の北の森で……」あっ!


 受付嬢さんが般若の顔をしている!


「あんなにも言ったのに!あの森へ入ったんですかぁああくぁあ!!??」


 しまった!!藪から蛇出したぁ!!


「いや、すいません。忠告は聞いてたんですけど人が入らない分、薬草採取しやすいかもと……」


「おだまりなさい!!もしそうなら採取出来た薬草はどうしたというの!?」


「しっ……死体見つけて興奮しすぎて忘れました!!」


 顔を真っ赤にした受付嬢が、とうとう頭から湯気吹いた!





「嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼!うるさいニャァ嗚呼嗚呼嗚呼!!!!」




「「「「「「「「「「「「え!?」」」」」」」」」」」」


 ギルド内に居る皆全員の注目する前で、死んでた筈の猫獣人から声が発せられ、しかもムックリ起き上がった。



「「「「「「「「「「「ゾンビ?」」」」」」」」」」



「……違うにゃ……うるさくて眠れないにゃ」


 そう一言つぶやくと、猫獣人はひっくり返り、再び眠ろうとしていた。


 受付嬢が抱き上げ、「リットルちゃん、あなた死んでたんじゃないの!?」とガクガク揺り起こそうとしている。

 そういえば私も、最初っから死体見つけるつもりでいたせいか?心臓の鼓動確認していなかった気もする。


「いや……キノコの匂い探して、鼻を地面おしつけてたら、近くにいきなり雷が落ちてドカーンと……」


 え?


「……それで身体が痺れて気が遠くなったニャ。」




「じゃあ私達はこのへんで!!」


 事情を察した私達は、即行でギルドから逃げ出した。




 そのまま街の中央広場までやっとの思い逃げた私たちは、そこでどうにかヒト心地ついた。


「まさか、角兎狙った流れ弾の被害者だったとは……」


「暫くあの『()』使用出来ませんね?」


 いやフロレンティナさん、こういった時、追討ちを掛けるのは止めて欲しいのだが。

 まぁ全面的に私が悪いのは認めるけどね!!


「とりあえず宿にしているギルド会館に戻ろうか?」


「私ギルド登録してないから彼処へ泊まる事できませんよ?」


 そういえばそうだった。

 猫獣人の死体(?)抱えて街へ入った時も、軍の認識票使ったんだっけ……


「取り敢えず別のとこに宿をとるか、金にはそれ程困ってないし……」


 元は召喚場所に死んでた兵隊や魔物の持ってたのかき集めたやつだけどな。


 そのまま宿街へ向かおうとした時、「ちょっとお嬢ちゃん」と呼び止める声がして、私の袖をローブ姿の女性が掴んだ。


「神殿への喜捨をお願いできませんかぁ?」


 気のせいかこの声……どっかで聞いたような気が……



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