第一話 「聖者が街で殺ってきた①」
つらづらと書き連ねていくと徒然草じゃないが、冗長すぎて困る。
だがひとつここは、後々の記録としても、私が体験した事を書き連ねておかねばならないだろう。
そう、この手の話のお約束のアレだ。
いわゆる異世界召喚というヤツだ。
ある日、気が付いたら環状列石が立ち並ぶ神殿らしき建物の中、床に描かれた魔法陣の中に俺達は放り出されていた。
眼の前には俺達を召喚した連中と思わしき王様や神官、槍と鎧で武装した兵隊らしきファンタジー色満開な輩達。
そして呆気にとられた俺達の前で、格好からして王様らしき人物が
「我こそはオースウェストラン王国第13代国王……」
と名乗りを上げてる途中で頭に矢が突き立った。
あとはもう大騒ぎだ。
「「「「国王陛下ぁ!!!!!」」」
連呼する周りの取り巻き連中。
同時に、飛び交い始める怒号と悲鳴、矢と剣戟の閃き。
いきなり何故こーなった!?
取り敢えずこの状況の理由を私をこの世界に召喚したらしき者(人物?それとも神?)に説明を要求したいとこではあるが……その前に。
上記のような事態に至るまでの過程を、私の体験した記憶をたよりに、とりあえず整理してみようと思う。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
正直頭の良いとは言い難い私が、中小企業説明会で説明を受けた会社の人に言葉たくみにおだてられ、三流システムエンジニアの会社に入社してはや7年。
相次ぐ残業とバグ取りに追われ心身ともにボロボロになり、会社を辞めて療養代わりに遊びまくったその後の2年間。
このままじゃマズいと「どんなに安い給料でもいいから」と職安と数少ない友人のコネを駆使し『須藤電気工学研究所』とかいうのトコに就職出来たのが1年前。
勿論、給料は安いが所長と研究助手である俺の、気安い二人だけの職場。
生来怠け者である私にとっては望外な職場である。
ところで、この『須藤電気工学研究所』、はたして何を研究してるか?だが……
現在、世の中はあらゆるモノが『電化』の方向に進んでいる。
調理器具はガス台からIH調理器具となり、自動車はガソリン&ディーゼルはHV・PHVを経てEV、すなわち”Electric Vehicle”、通称『EV』へ。
エコや温室効果ガス問題への声が、声高く叫ばれる程に、この方向性へ進化してきたワケだ。
確かに、車一つとってみても、EVはガソリン車やディーゼル車に比べると構造が簡素で生産もしやすい。
精密部品もそれらに比べて少なく制御も容易になる。
例えば、車だったらコーナーを曲がる時、内側のタイヤと外側のタイヤは回転数に差が生じる。
その為に回転差を何らかの機構で吸収する、差動装置なるものが必要であった。
しかし、こういった装置は大きく重く、そして車を前進させるという意味では、けっして効率が良いとは言い難い。
それに対して、電動車はインホイールモーターという、タイヤが付いてるホイール自体をモーターにしちゃえば、前後左右の回転差をハンドルの切れ角に合わせて電子制御出来る。
やろうと思えば戦車のような超信地旋回や、平行移動なんてのも可能なのだ!!。
ブレーキに関しても、従来の車は『ブレーキパッド』という粉体金属を焼結したものをディスクに押し付け摩擦を利用して車を止めるしか出来なかった。
つまり運動エネルギーを摩擦による熱に変換し、放熱の形で無駄に消費する事しか出来なかったのだ。
だが電動車なら『回生ブレーキ』なるもので運動エネルギーを電力に変換して貯め込み、再利用する事も可能だ。
勿論欠点もある。
バッテリーの溜め込める電気密度と寿命、モーター本体が持ち得る重量あたりのトルク。
それらをひとつひとつの欠点を解消し、出来うる限り『安価』に量産化出来る技術の開発こそ、この研究所の研究テーマなのである。
そして現在、この研究所で主に開発中なのが『スパイラルモータ』、高推力高バックドライバビリティを実現する新時代のモーターだ。
まぁそんな横文字を並べられても、一般人にはなんのことやらサッパリ判らないだろうが、簡単に言えば、ブルドーザーやバックホウなどの、建機の類に使うのに最適だと思えば良い。
従来の建機は、ディーゼルエンジンでポンプを動かし、油圧シリンダーにオイルを送り込み、その圧力を使ってバックホウなどのアームを動かしている。
もしこれを電気の力で代用しようとした場合。
『回転式モーター』を使えばトルクが不足しがち。
『ギアードモーター』を使えば、内部のリングギアの歯の耐久性や摩耗といったウィークポイントが存在する。
『リニアモーター』を使えば、今度は出力を上げると電力損失が大きくなる。
つまりどの方法で行っても欠陥を抱える事になる。
ところが、この新しい種類のモーター、『スパイラルモータ』は、トルクが大きく、理論上機械的損失も殆ど無く、そして精密な位置決め制御も可能という真によいことずくめなモーターなのだ。
……ただひとつ、構造が複雑な為、量産が面倒な点を除けばなのだが……。
研究所では、その『スパイラルモータ』の安価な量産方法の確立と、そのモーターの優位性を示す為、デモンストレーターの『二足歩行ロボット』の開発を行ってきたのだ。
まぁそんな仕事場で所長の須藤博士とバカ話をしながら、結構楽しく仕事してたのがほんの数時間前、仕事を終え帰宅する途中のバスの中でウトウトし始めた時、事は起きた。
オレを含む、運転手以下、乗客全員が車内で光の渦に巻き込まれたように感じたと思ったら、環状列石が立ち並ぶ神殿のような場所へ、全員放り出されたのだ。
そして、冒頭に至る。
この手のネット小説を結構読み込んでる私としては、ここはテンプレ通り、召喚主である王様やら何やら名乗りを上げ状況説明をしてくれると真に助かったのであるが……
肝心の王様らしいのは頭に矢が突き刺さり流血して大惨事、そして俺達の周りには矢や石、そして炎の塊が飛び交い阿鼻叫喚な事態になっている。
粗末な剣や石斧を持った小人のような化物や、灰色の肌をした筋骨隆々な身長2メートルはありそうな化物が得物を手に、神殿に突入して大暴れ。
周りの兵士達や神官、そして召喚された皆に怪我人が絶賛続出中。
周りの兵士達や神官達が応戦する中、存在するのかも判らないこの世界の神、もしくは召喚主に対する悪口雑言な文句の羅列を、脳内で唱えながら、手近な環状列石の石の影へ私は隠れた。
だが、そこへ飛んできた炎の塊が近くに着弾。
その爆発に巻き込まれたところで私は意識を失ったのだ。
のっけからあまりにもハード過ぎる始まりかたをした、私の冒険譚がスタートを切ったワケである。
……ヤレヤレである。




