第十四話 「協力組織⑤」
私はあの海辺の街中に作られた、白い家屋のオープンテラスで、冷たいジュース片手にPCでCADを使い、図面を引いていた。
時折、この街で知り合いになった女性などから通りすがりに挨拶を掛けられる事もある。
彼女らはこの街の住民ではあるが、人間では無い。
その殆どは、この『架空の街』を創り、管理運営している擬似生体コンピューター、通称『思考巨人』。ソーフォニカの使役する『精霊』達だ。
女性が多いのは、その殆どが生命を育むと言われる『地の精霊』だからだそうで、そして彼女らは、この巨大な脳のような疑似生体コンピューターに間借りしてるような存在でもある。
そもそも、この生体コンピューター、その外見の巨大さに相応しく記憶領域も壮大だ。
だが、一方でその中身は殆ど使い切れて居ないというのが現状だ。
そこで、その未使用領域を、PCのHDの如く、パーティションを切り彼女らや私のように魂を定着させ利用させてもらっているのだ。
思考巨人が、自らの事を『私達』と複数形で呼ぶのはそれが理由だ。
おかげで私達は、この思考巨人が創った仮想世界を五感で味わう事が出来るという、究極のヴァーチャル体験を楽しめるワケだ。
もはや元の世界のMMOは裸足で逃げ出すレベルである。
だが、この仮想世界は、物理的限界が無いおかげで、多彩な楽しみが味わえるが、欠点もある。
それは、新しき情報という『刺激』が、長らく入って来なかった事だ。
この世界では、多彩な衣食住やに遊びや文化が楽しめるが、それはこの生体コンピューターの、元の御主人の記憶から抽出されたもので、その人亡き後、安全プログラムにより外部との接触や観測を極端に制限された『ソーフォニカ』は、新たなる刺激、つまり食や文化などの新しい情報を手に入れる事が出来なかったのだ。
その為、既にこの仮想世界に存在する文化を堪能し尽くした住民達、すなわち精霊達は、新たな刺激を求めこの『思考巨人』のもとから次から次へと去っていった。
ソーフォニカが、新たなる主人として『私』を求めたのは、それが最大の理由である。
新たなる主人の命令ならば、前の主人に施された安全プログラムを解除し、広範囲にわたっての外部の観測が出来、そして新たなる主人である私の記憶の中のデータから、新たなる娯楽や知識が手に入る。
これらがあれば、彼女の元から去ろうとする精霊は減り、既に去っていった精霊達も戻ってくる可能性もあるのだ。
特に、稼働を続けるのに多数のゴーレムが必要な『思考巨人』にとって、ゴーレムに取り憑き動かしてくれる精霊の存在は、必要不可欠なものだったのだ。
永きに渡り年月を生きる精霊達を使役するには、対価として自らを『退屈させない』何かが必要だということで、それがソーフォニカの与える『娯楽』であったという事なのだろう。
おかげで私と彼女らの関係は、有り難い事にウィンウィンと言える。
周りには、目の保養になる美女達(人間じゃないけどな!)
それに仮想世界にも創ってもらえたPCのおかげで、元の世界では出来なかった、ノンビリとした個人的な研究開発の数々……ふっふっふっと笑いが堪えられない。
「何の図面を引いてらっしゃるのですか?」
いきなり後ろから覗き込んで来た影に驚かされた。
栗色の髪に、真鍮色の眼鏡を掛けた秘書風姿の美女。
これが『ソーフォニカ』の、この世界での新しい『分身キャラ』だ。
どうもこの姿になったのは、私の記憶から好みを分析した結果らしい。
実体である巨大脳な姿を見てしまった後では、イマイチ萌えられないのが悲しいトコである。
「ああ、これか?前の仕事場で考えてた妄想の一つ、二足歩行ロボットって奴さ。」
「前の仕事場というと、あの『スパイラルモータ』の?」
「そう。このスパイラルモータを使えば、可動部が大きい全高四メートル程度の、全金属製二足歩行ロボットが出来る筈だったんだ。それで改めて図面を引いて遊んでたってワケ」
「なるほど……可動子と固定子がらせん形状をしていて、固定子にネオジム磁石を使ってるのね……。ゴーレムと違い魔力では無く電力だけで駆動する仕掛けなのですね?」
「そう、電力は機体各部に設けられた発電用マイクロガスタービンから供給され、余剰電力は背部に設けられた二機のフライホイール蓄電機に、回転力の形で蓄電され、緊急出力としても利用される。」
「なるほど……その蓄電機はジャイロ効果による機体の安定にも役立ているということですか……。」
「……よ、よくそこまで判るねぇ?」
図面を見ただけでそこまで判るとは……さすが異世界のスーパーコンピュータ、侮れん!
「フレームや本体の材質は何を?」
「やっぱ鉄かなぁ……値段安いし。妄想の中だけなら本来マグネシウム合金使いたかったんだよね。」
「マグネシウム合金……?」
「マグネシウム合金って比剛性・比強度ともに高いという利点があるんだけど、燃えやすいって事で利用しにくかったんだよ。でも熊本大だかが不燃性高強度マグネシウム合金の開発に成功したとかでプレスリリースやったんだよね。それだったら……なんて妄想してたワケなんだよ。重い薄肉の鉄板使うより軽くて厚肉のマグネシウム板のほうが頑丈そうだし。やっぱ新素材使いたいって男のロマンんでしょー!」
あ、『ソーフォニカ』様が黙ってしまった。
趣味に走り出すと言葉が止まらないのは私の欠点だった。
気を付けないと……。
「ご主人様!!」
「ハイ!?」
うわっとビックリした……!
「この技術を利用して、ゴーレムを造ってみませんか!?」
なんですとー!!!!
どうやらソーフォニカと私は、予想外なとこで気が合うのかもしれない……。




