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中編

 

――――――――――その結果が、理不尽な婚約破棄だった。


 王太子は真面目なオリヴィアを遠ざけ、その隙間に子爵令嬢のチェルシーが入り込んだ。

 チェルシーは母親が平民で、幼少期を貴族社会の外で過ごしている。

 そのせいか貴族の常識に疎く、王太子であるエドムントにも平気で話しかけていた。

 

 エドムントも最初こそ不審がっていたが、他の令嬢とは毛色の異なるチェルシーに、熱を上げのめり込んでいった。

 チェルシーの外見が、キツイ印象を与えがちな自分とは真逆の、可憐で庇護欲をそそる顔立ちをしていたのも大きいのだろうと、オリヴィアは冷静に分析していた。


 そんなオリヴィアの推測を裏付けるのが、王太子の取り巻きたちかもしれない。

 大司教の三男、将軍の息子、次期侯爵の青年に宰相の次男といった名門子息たちが、チェルシーを守るように立ちふさがっている。


 他の令嬢とは違い、感情を包み隠さず自由に振る舞うチェルシーに、彼らは入れあげているようだった。

 無垢で可憐な美少女を守る、騎士にでもなり切っているつもりなのかもしれない。

 騎士気取りのその1、大司教の息子がオリヴィアを睨みつける。

 

「オリヴィア様、あなたがチェルシーにした虐めの数々は、私たち全員が知っています。チェルシーがどれほど傷つき悩み、私たちに相談してきたか、あなたは理解できますか?」

「理解できませんし、したいとも思いませんわ」

「なんだとっ⁉」


 騎士気取りその2が叫んだ。


「血も涙も無い奴だな!! 虐めについて、謝罪する気も無いってことだろう⁉」

「謝罪を求めるなら、私が虐めを行っていたという、確かな証拠をお出しください」

「チェルシーの涙が証拠だ!! 彼女は加害者であるおまえを責めるでもなく、静かに傷つき泣いていたんだぞ!?」

「お話になりませんね。口で言うだけ、涙を流すだけなら簡単に出来ますもの」

「チェルシーが嘘をついていると言うのか⁉」

「反対にお聞きしますが、彼女が嘘をついていないという証拠はありますか?―――――――――――皆様‼」


 オリヴィアは周囲の貴族たちを見回した。


「私、オリヴィアがチェルシーを虐めていた、その現場をご覧になった方は、この場にいらっしゃいますか?」


 返ってきたのは、沈黙。

 貴族子弟が通う王立学院の舞踏会の参加者たちは、一様に黙り込んでいる。

 オリヴィアにはわかり切ったことだった。


「…………っ、こんなの茶番だ!! 公爵令嬢であるおまえをこの場で告発し、敵対できるわけがないだろう⁉」

「そ、そうだそうだ!! 第一、おまえの悪事はそれだけではないだろう⁉」


 騎士気取りその3が加勢してきた。


「チェルシーは周りの令嬢から冷たくされ、孤立していたんだ。いくら片親が平民の子爵令嬢とは言え、あの冷遇っぷりは異常だ。殿下の寵愛を受けるチェルシーに嫌がらせをするため、おまえが公爵家の権力を使い令嬢たちを操っていたに違いない!!」

「私が嫌がらせの黒幕だと言い張るのですか?」

「違うと言うなら、黒幕である犯人の名を上げてみろ!!」

「チェルシーですわ」

「はぁ!? なんでチェルシーが――――――――――へぶしっ⁉」


 騎士気取りその3の頬が、甲高い音を立て赤くなる。

 平手打ちをしたのはオリヴィア――――――ではなくて、金茶の髪を美しく結い上げた令嬢だ。

 令嬢は物足りないとばかりに、再度手を振り上げていた。


「今度こそ見損なったわ!! チェルシーチェルシーって、あなたそれしか頭に無いって言うの⁉」

「ジゼラ、落ち着いて。気持ちはわかるけど、あなたの手が痛くなってしまうわ」

「オリヴィア様……………。すみません、ありがとうございます」


 ジゼラの肩を押さえ落ち着けると、オリヴィアは騎士気取りその3へと向き直る。


「これが答えです。あなたはジゼラという婚約者がいる身にも拘わらず、チェルシーへと入れあげていました。そのせいでジゼラがどれだけ傷ついていたか、想像したことは無かったのですか?」

「………ジゼラとは互いに恋愛感情なんてない、親の決めた婚約者だ」

「そんなの、貴族ならば当然でしょう? 恋愛感情が無いからと言って、相手を蔑ろにしていいものでもありませんわ。婚約者を放置して、他の女性の取り巻きになるなど論外です」

「…………っ」

「その点に関し、チェルシーも同罪ですね。あなたに婚約者がいることは、チェルシーだって知っていたのでしょう?」


 チェルシーへと問いかけると、青くなって震えだした。


「し、知っていました。でも私、ジゼラ様を傷つけるつもりなんてなくてっ………!!」

「婚約者のいる男性に近づき親しくなっておいて、今更何を言っているのですか?」


 呆れたことだ。

 チェルシーの親しくなった男性は、一人や二人では無かった。


『私、周りの女性の方に嫌われてるみたいで、楽しくお話しできる方がいないんです』


 そんなセリフと共に、チェルシーは何人もの男性に相談や雑談を持ち掛けていた。

 男性が高位貴族の子息である以上、決まった婚約者がいる場合が多いのだ。

 そんな男性と必要以上に親しくなるチェルシーは、静かに顰蹙を買っていた。


 同年代の令嬢のほぼ全てと、まともな判断力を持つ男性は、チェルシーを嫌い遠ざけた。

 だが、チェルシーの愛らしい顔立ちに騙された残念な男性もそれなりにいて、その筆頭が王太子と騎士気取りたちだった。

 

 チェルシーが親しくしていたのは迂闊でのぼせやすい、だが実家は高位の貴族の子息たちだ。

 自らの顔と涙を使い、より良い条件の男性と恋仲になろうとしていたのだろうというのが、オリヴィアや女性陣の共通の推測だった。


「チェルシーの場合は自業自得ですわね。婚約者のいる男性と親しくなったせいで、常識を持った人間からは距離を置かれ馬鹿にされる。そうして自業自得で孤立したのに、その相談という形で男性に近づき、更に嫌われ冷遇される。卵が先か鶏か先かという言葉はありますが、チェルシーが婚約者のいる男性に無神経に近寄らなければ、周りから嫌われることも無かったのは確かです」


 オリヴィアの今述べたような言葉は、騎士気取りたちだって今まで散々聞かされていたはずである。

 だが彼らは、チェルシーの顔にあっさりと騙された、迂闊で残念な男性だ。

 周囲の人間やそれぞれの婚約者からの苦情や忠告も、チェルシーへの嫉妬だと考えまともに取り合っていなかったに違いない。


「だからこそ、冷遇の原因と犯人を求めるなら、それはチェルシーでしかありえませんわ」

「そんなっ…………!!」


 可憐な顔を曇らせるチェルシー。

 だが、オリヴィアの指摘の正しさを証明するように、周囲の貴族でチェルシーを庇う人間はいなかった。

 言葉にしてチェルシーを詰ることこそなかったが、皆一様に冷ややかな視線を向けている。


 騎士気取りたちもさすがに、自身へと向けられた非難の空気を感じ取ったらしい。

 一人また一人と、そっとチェルシーと王太子から距離を空けていく。

 今や王太子の側に残っている男性は、天才魔術師であるアスレイ一人になっていた。



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