ヤマタノオロチ
「オトハッ!!」
俺は咄嗟にオトハへと絡みついている、リヴァイアサンの触手を斬り飛ばした。
だが他の触手と違い、オトハに絡みついている触手だけは、斬り飛ばされても勢いを落とすことなく、オトハに絡まったままとなっていた。
プシュウ……
リヴァイアサンの本体が空気が抜けたように皮だけとなり、やがて塵のように散っていった。周囲の触手の群れも同様だ。
だがオトハの周りの触手だけは。そこだけはオトハを拘束するように触手が増え続けていくのであった。
「こいつは一体……」
なぜオトハにリヴァイアサンの触手が絡みつくんだ?
「おい、みんな! オトハを助けるぞッ!」
「ええ!」「もちろんです!」「分かったよ!」
色々と疑問はあるが、まず俺達はオトハの救出を最優先する事にした。
「弧月ッ!」
「火よ、敵を燃やせ……”業火”!」
「水の精霊よ、剣となりて穿け!”氷刀”!」
剣や魔法を使って皆で触手を切り刻むのだが、ほとんど効果がない。一瞬だけ触手が消滅するが、すぐに新たな触手が伸びてきてしまうからだ。
「あああアアアァァァァッッ!!」
その直後、オトハの悲鳴が上がった。
それと同時に、辺り一面にイヤな気配が漂い始める。
「オトハッ! クソッ! 一体何が起こっているんだッ!?」
リヴァイアサンがこんな攻撃をしてくるなんてゲームではなかったぞ!
俺は相当に焦る。何とかしてオトハを助けないと。
「あ…………」
気ばかり焦り、打開策を模索している時、それは起こった。
パリーン…………
オトハの仮面が───割れた。
「!!」
オトハの仮面が割れ、その隠された素顔が明らかになった時、全てのパーツが繋がった気がした。
「え……わ、私に似てる…………?」
サキがオトハを見て狼狽えている。
無理もない。その顔は多少幼い感じではあったが、サキとよく似ていたからだ。
その鼻梁や輪郭といった顔の作りが、血筋を感じさせる程にサキとよく似ていたのだ。
つまり彼女は。彼女こそは。
「ククリ…………姫……」
俺は呆然と呟く。彼女はサキと違い、なんの魔術的防壁を持たない。
「……ぐふふ………ふふ、ふふ…………ふはははははっ!! そうか! そうだったのか! ククリ姫はそこにいたのか! 何たる僥倖! 何たる必然! 神は!私を見捨ててなかったようだな!!」
ツクグのおっさんが狂ったように嗤っている。
オトハ、いやククリ姫に巻き付いていた触手が指数関数的に数を増していき、ついにはククリ姫を中へと取り込んでしまう。
そして一瞬眼も眩むほどの光を放ったかと思うと、俺達は衝撃波で吹き飛ばされる。
「ぐ……みんな無事か!?」
「ええ、なんとかね」「こっちは大丈夫です!」
めいめい声が上がってくる。仲間達は無事か。あと狸親子も早い段階で遠くに避難してくれていたので無事そうだ。
「うわぁぁぁぁ……」
クリスが空を見上げて茫然としている。気持ちは分かる。俺も同じだ。
俺達が見上げた先には。
神話に記載されている通り、八首の頭と八つの尾を持っている、破滅の邪竜”ヤマタノオロチ”がこちらを睥睨しているのであった。
─────
「こいつは……想像以上だな」
ゲームでは中ボスクラスだったリヴァイアサンがザコ敵に見えるほど、目の前の化け物は異質だった。
受けるプレッシャーが半端じゃない。
昔戦った、風の女神ほどにはプレッシャーは強くないかもしれないが、あの時は完全体のウィンディや、強力な武器であった翡翠丸のサポートがあったのだ。
代わりに今は、強くなったサキやフェリシアといった仲間達がいるものの、流石に倒せるかと言われると正直心許ない。
「ふはははははっ! 小僧共よ、形勢逆転だなぁ。受けた恥辱は万倍にして返してくれるわ!!」
ツクグのおっさんがはしゃいでいるが、あいつ分かっているのだろうか。
「さぁ、ヤマタノオロチよ! 俺の命令を聞け! ……まずはあの───」
グチャ。
ほーら言わんこっちゃない。見事ヤマタノオロチにガン無視されたおっさんは、ヤマタノオロチに見向きもされずに踏み潰され、そのままその質量にプレスされてミンチとなっていた。
「おい、兵士ども! 死にたくなかったらさっさとここから逃げろ!」
俺の一声で、固まってどうすればいいのかよく分かっていなかったフレトの兵士達が我先にと逃げ出していった。
「「GYAOOOOOHHッ!!!!」」
ヤマタノオロチのそれぞれの首が吼える。
そしてその首達が逃げ出していく兵士達に襲いかかろうとしていた。
「あかん! ”土城壁”や!!」
咄嗟にメアリーが土魔法でヤマタノオロチと兵士達の間に障壁を張るが、ほとんど一顧だにされず突破されてしまう。
だが注意を逸らすことには成功したみたいだ。
ヤマタノオロチが進路を変えて、こちらへと迫ってくる。
「通用すればいいのですが……”闇拘束”!」
リーゼが拘束の術式を飛ばしている。だがすぐに力業で粉砕されてしまった。
「うわぁ〜ダメでしたぁ……」
「リーゼは後ろに下がってなさい。私が斬ってみせるわ」
そういうとフェリシアが斬馬刀を構えてヤマタノオロチの正面から斬りかかる。
「せいッ!!」
ザシュッ……バキンッ!
”獄炎”の炎魔法で強化された斬馬刀は、完璧な弧を描いてヤマタノオロチの首の一つに降ろされた。
しかしそれでも首を切断するまでには至らず、しかも刀身まで折れてしまったのだった。
「リヴァイアサンよりもだいぶ硬いわね、アレ。あ〜あ、お気に入りの刀だったのになぁ」
危なげなくヤマタノオロチからの反撃を華麗に回避しながら戻ってきたフェリシア。だが、武器が折られてしまったのは痛い。
「「GURURRRR!!」」
そして威嚇するようにこちらを見下ろしているヤマタノオロチ。
気がつけば、めり込んでいた斬馬刀の刀身は地面に落ち、すでに傷口がなくなっているのだった。
「回復も早いですね。とりあえず距離を取りましょうか。……”永久凍柩”!
さぁ、ご主人様。今のうちに」
サキが凍結系の最上位呪文を唱え、一時的にヤマタノオロチを拘束する。
俺達はその僅かな間に、すたこらさっさとヤマタノオロチから距離をとった。
バキン。
うわ、もうヤマタノオロチの拘束が解除されちまったのかよ。まさに怪獣だな、アレ。
「……ご主人様。勝算はありますか?」
サキが小声でこちらに聞いてくる。
「ん〜……何とか外殻をこじ開けて、取り込まれたククリ姫と直接接触できればなんとかなるとは思うんだが…………あの回復力だとそれも難しいな」
俺がうーむと攻略方法について悩んでいた時、誰かが声をかけてきた。
《ヤマタノオロチと戦わんと欲する人間達よ》
「ん、フェリシアなんか言ったか?」
「え、わたしじゃないわよ」
《貴様らの目は節穴か。我はその上よ》
「へ?」
気がつくとフェリシアの頭の上には、朱色の毛並が美しいニワトリのような鳥が光り輝いて鎮座していた。
「……ヒノちゃんが大きくなって喋っている?」
フェリシアも困惑気味だ。
《我は神鳥フェニックス。他にもヒノカグツチと呼ばれたり様々な異名を持つが、今は横に置いておこう》
そう言うとヒノは、羽根を大きく拡げ、高らかに宣言する。
《人間の戦士達よ。この世の安寧のため我と共に、復活したヤマタノオロチを討滅してほしい》
みんなは一斉に俺の方を見る。
俺はしばし瞑目し、ヒノに答えた。
「イヤだね」
実は魔法には英語名もあったりするのですが(闇拘束→ダークネス・バインドとか)、いちいちルビをふるのが面倒なんでつけてなかったりします。




