リヴァイアサン
皆さん体調管理はしっかりしましょうね。
「くそっ! あの女を早く矢で射殺せ!」
術式で強化されている俺の聴覚に、敵指揮官の絶叫が届く。
「おー、凄い物騒な事言っとるなぁ〜。そういう子にはちょっとお仕置きやでぇ〜。……”土砂津波”!」
それを近くにいたメアリーにそっと教えてやると、メアリーはにこりと笑って強力な土魔法を炸裂させていた。
軽い感じのメアリーの口調とは裏腹に、土魔法によって生成されたエゲツない規模の土砂の津波は、容赦なく敵の大部隊へと打ち付けられていた。
「ぐわぁぁぁっ!」「避ける場所がねぇ!」「ちくしょうッ!」
砂の津波に押し流された敵の軍勢は、強制的に中央の前線が大規模に後退していき、代わりに左右両翼から騎兵を中心とした機動戦力が突出する形となっていた。
「クソ! 敵はたった数名のガキだ! 騎兵で左右両翼から挟み撃ちにしてやる!」
中央が大混乱であるにもかかわらず、左右両翼に展開している騎兵の皆さんはまだまだ士気が高いみたいだな。
凄い勢いで、左右からこちらを包囲殲滅するために突進してくる敵の騎兵部隊。
「たまには私も活躍するのですよ! いでよ、”闇迷路作成”ッ!!」
そんな敵の左翼へと向かって、リーゼは大規模な闇魔法を展開する。
すると敵左翼の軍勢がなぜか急激に進路を横に曲げていき、敵右翼の部隊へとそのままの勢いでぶつかっていった。
「うぉぉぉぉっ! ガキ共死ね死ねぇっ!」「ふざけるな、俺達は友軍だぞッ!」「そんな見え透いた嘘をつくなッ!」
敵軍は阿鼻叫喚だ。混乱し、正気の者と正気でない者が混ざってまさに地獄絵図のような状況だな。
「ギャオオオオオオッ!!」
おっと軍の連中ばかり観戦している場合じゃなかった。そういやリヴァイアサンがいたのだったか。
リヴァイアサンは巨大な翼をはためかせ、空高くに舞い上がると、大きく顎門を開けて吹雪のブレスを見舞ってくる。
竜の全力のブレスだ。通常の魔力障壁では中々防ぐのが難しい代物だが、俺達には無用の心配だった。
「光よ、禍しき魔を退けッ! ”光旗乃大盾”ッ!!」
クリスが竜の真正面に立ち、光の盾を構えるクリス。その刹那、竜の強力なブレスが盾にぶち当たる。
巨城の城壁ですら竜のブレスの前には無用の長物と化すものだが、クリスの掲げている黄金の盾はビクともせず、全てを完全に防ぎ切っていた。
そして間髪入れず、フェリシアの声が後方から聞こえてきた。
「焔の暴風よ、彼のものの翼を断ち切れッ! ”炎蛇断烈”ッ!!」
フェリシアの手に持つ巨大な斬馬刀から、極超高温の魔法の刀身が伸びて、竜の翼へと到達する。
「ギエェェェェッ!」
その凶悪な焔は、リヴァイアサンの大きくて堅い翼の根本を包みこむように嬲り、翼を強制的にもぎ取っていた。
そして翼を喪ったリヴァイアサンは不様に地べたへと叩き落され、這いつくばるようにノロノロと動くのだった。
「よーし、私も頑張っちゃいますよご主人様っ! ……氷よ、彼のものを停止せしめよ。”絶対凍結”!」
サキの声が戦場に高らかと響き渡る。
げげっ。”絶対凍結”って水系統魔法の最高難易度レベルの大魔法じゃねぇか。以前使えないとか言っていたんだが、この1年でいつの間にか習得していたんだなぁ。
例えゲームでは中ボスクラスだったリヴァイアサンといえども、”絶対凍結”を喰らってはしばらくはまともに動くこともできない。
俺はウィンディとの接続を最大レベルにし、その受け取った力を全て刀身に篭める。
魔法の刀はウィンディの風の魔力を強く帯びていき、妖しい翡翠の輝きが増していく。
「ここに首を置いていけ化け物! ──奥義、九鬼烈衝ッ!!」
俺は一瞬でリヴァイアサンに肉薄し、超高速の居合の斬撃を瞬時に九回喰らわせる。
「GUAAAAAAAAAAッ!!!」
上空へ逃げるための翼もなく、サキの”絶対凍結”によって回復も防御の魔法も使えないリヴァイアサンでは、俺の奥義に抗する事はできず、瞬時にただの肉塊へとその身を無様に変えていた。
俺達のチームは、あっという間にリヴァイアサンを屠り、それを見た敵の軍も慌てて白旗を振って降伏を申し出てきたのだった。
─────
「ふう…………さて」
俺はシャキーンと鍔鳴りを響かせて剣を鞘へとしまうと、腰を抜かしているツクグへとゆっくりと近づいていく。
軍は沈黙し、頼みのリヴァイアサンも目の前でただの肉塊に変わってしまっていた。
ツクグにはもう打つ手はないだろう。
「た……助けてくれ」
掠れた声で俺の慈悲に縋ろうとするツクグ。
「それを決めるのは俺じゃない。……サキ。こいつの処遇は、お前が決めろ」
ざっざっざっ。
サキは無表情な眼差しで俺の横を無言で通り過ぎ、腰を抜かして尻餅をついているツクグの前に立つ。
「あなたには相当お世話になりましたねぇ」
そしてサキは空中に、水魔法で小さな氷の短剣を数多く浮かべた。
その光景を見てツクグは顔面蒼白だ。両手を組んで、祈るようにサキを見上げている。
サキは一瞬目を瞑り、見開いたときには氷のような冷たい眼差しを浮かべてツクグを見下ろし、指揮者がタクトを揮うように、その腕をツクグへと向けて振り下ろした。
ガガガガガガガッ!!
強烈な炸裂音が辺り一面に鳴り響く。ツクグの周囲はその強烈な氷の衝撃で、土煙が派手に舞っている
しばらく何も見えない状況だったが、徐々に土煙は薄れていき、ようやくその姿が見えてきた。
「「「おおおおおおおお……」」」
そしてどよめく投降したツクグの兵士達。
「あわ……あわわわわ……」
へたりこんでいるツクグの周りに縫いつくように刺さっている氷の短剣の群れ。
「……ふんっ。今の私は機嫌が良いですからこれくらいで赦してあげます。
もっとも、これから叛逆者として長い取り調べと獄中暮らしが待っているかとは思いますが、そこらへんは知ったことではありませんね」
そう言うとくるりと踵を返し、俺の方を向くサキ。そして間髪入れずにいきなり俺へと飛びついてくる。
「ご主人様ぁ〜。私とっても怖かったので慰めてください〜♪」
さっきまでの真面目な雰囲気が嘘だったかのように、甘えた声でこちらに撓垂れ掛かってくるサキ。
俺はため息をつく。
「おいサキ。まだ片付いてないんだか───」
その瞬間。俺は剣を抜いて何かの触手を斬り捨てる。
ぼとり。
「わぁぁぁぁッ!」「きゃあぁぁぁッ!」「な、何だこれ!?」
無数の触手が蜘蛛の糸のように、あたり一面に伸びている。その震源地は───死体となっているリヴァイアサンだった。
幸い、この触手は斬ればすぐに勢いを無くす程度の代物で、驚かされはしたものの大した脅威ではなかった。
仲間達も自分に絡みついてきた触手を早急に切り落とし、こちらへと合流してくる。
「急にびっくりしたな。みんなは……ああ、無事か。……あとは狸親子とオトハの安否だけれど──」
戦いに巻き込まれないように、少し遠くに避難させていたのが裏目に出てしまったな。
だがまぁ、触手に拘束はされても威力は弱いので問題はないだろう。
さて、さっさと3人を助け出してやるか。そう思い、俺は後ろを振り返る。
そして俺はそれを見てしまった。
他と比類する事ができないほどの規模で、その触手群がオトハに絡みついているのを。




