竜の巫女
レビューありがとうございます!
嬉しかったので更新前倒し。でもその分チェックが杜撰なので、そこはまぁ、お目こぼしを。
「長い、長い道のりだった」
私の目の前にいる中年のおっさんが、感慨深そうに呟いている。
男の名前はツクグ。先日、私がグーパンチで人質にしたおっさんの正体は、なんと敵の首魁だったのです。
「サキ姫。フレト=イラトの皇族の血を受け継ぎし者よ。
ククリ姫の行方が杳として知れない今、ただ一人の竜の巫女に連なる血脈よ」
今の私の格好は、白無垢の絹でできた質素な薄衣姿だった。
しかも、お清めと称して水の中に事前に入らされてしまっており、水に濡れた肌と薄い衣服が密着し、私の身体のラインがしっかりと浮き出てしまっているのだ。
はっきり言ってセクハラだと思うのだけれども、どうも目の前の中年男の眼には好色な色が欠片も浮かんでいない。
浮かんでいるのは狂的な信仰者の眼。
「そんなに皇族の女が欲しかったのならば、藩王かその息子に女をあてがって、新しく産ませればよかったんじゃないですか!」
私の言葉に対して、ツクグは薄く笑う。
「くくく、当然藩王に提案したとも。だが藩王は我々への協力を拒んだ。だから現在は監禁させてもらっているよ。
そして我々が擁している皇子。アレは駄目だ。……なぜならあやつには皇族の血なんて一滴も入っていないのだからな」
藩王は幽閉されている、と。そして皇子に皇家の血が入っていないと言うことは……
「ククク、察してくれたか。アレは俺と藩王の第一后との間に産まれた不義の子だ。
だから真なる皇家の血を唯一引いているククリ姫を探し出したかったのだが、もう時間切れだ。仕方があるまい、私はもう諦めたよ」
この男、始めから国を乗っ取るつもりだったのね。
「今日から新しいフレトの時代が始まる。貴様を贄とし、神話の魔竜 《ヤマタノオロチ》を現世に呼び出す。そしてその力を背景にして、ミモミケの獣王を倒し、他国を侵略し、俺は世界の覇王となるのだッ!!」
アホみたいに哄笑するツクグ。こいつ分かっているのかしら。ヤマタノオロチとはミモミケでも有名な、海底に眠る”海魔竜”リヴァイアサンの封印される前の本体と聞いたことがある。
けれども、それはイラトやフレトでも子供だけが信じている、お伽話という扱いだ。
正直、この男は誰かに騙されているんじゃないかと思うのだけれど。
「いいや、ヤマタノオロチの話は本当さ」
まるで私の心を読んだかのように、フードの男が私に声をかけてくる。
「僕の師匠の話だと、ヤマタノオロチは実在したってさ。
8つの属性を持つ首と8つの尻尾を持つ怪物で、無限の再生力を持っているけど、女神によって別の次元へと身体の大部分が封印されたせいで、今では8つの首の1体分しかこちら側の世界に顕現できないみたいだね。
んで、どういう理屈か知らないけど、竜の巫女を媒体にすると、喪われたその残り7つの頭をこちら側の世界へと送り込めるみたいだねぇ」
饒舌に語るフード男に対して、私は不信感を覚えてしまう。
「……あなた方はそんな神話を本当に信じているのですか?」
「信じる、信じないじゃないのさ。師匠はいつでも本当の事しか僕に言わない。そういう契約なのさ」
私はちょっと混乱してしまう。彼の言い分は正直私を納得させるものではなかったけれども、嘘をついている感じでもない。
「……それを真実と仮定した上での話ですが、そんな貴重な情報を敵である私にペラペラと喋って良かったのですか?」
私の言葉に対して、フードの男はひどく心外だと言わんばかりの声音で応える。
「だってこの話はすでにツクグ側にしてあるんだよ。だったら君たちにも話しておくのが公平なんじゃないかなぁ?
それに僕は別にツクグの味方ってわけじゃないよ。師匠の言伝で多少の便宜は図ってやったけどさ」
私は目をぱちくりとしてしまう。このフードの男の意図が、私にはさっぱり分からない。
「じゃあ、僕はそろそろ行くよ。本来の仕事が残っているからね」
そう言うとツクグ達に何も言わず、フードの男はこの場所から去っていく。
「──まぁ、君たちには期待しているよ。運命を変える力。それが本当にあるのかどうかを僕に見せてくれ」
最後まで名乗らなかった男が、ボソリと小声で何事かを呟く。でもやはり、私には意味が良く分からなかった。
─────
「──クソ。ここまでに魔力を少し使い過ぎたかな……」
フレトの山中へと伸びている朱い糸を頼りに、俺達は一路上空を進んでいく。
フレトの首都からだいぶ離れた山中を俺達は飛行していた。
先程までは明るかった上空には、今では薄暗い暗雲が立ち込めている。
ここいらの土地は、ゲーム時代に”海魔竜”リヴァイアサンが眠る地として有名だった場所だ。
”海魔竜”リヴァイアサン。
以前、過去世界にて対戦した、”暴食蟲”デスサンドウァームと並ぶ強力なモンスターだ。
ゲーム設定では水属性の巨竜であり、中々の強さを誇る中ボスクラスの敵だったと記憶している。
……けれども、現状の俺達の戦力を考えれば、例えリヴァイアサンが相手でもそこまで苦戦するとも思えない。
明らかにサキとフェリシアの両ゲームヒロインは、ゲーム時代と比較しても明確に強くなっている。
また、ゲーム主人公であるクリスもメキメキと実力を伸ばしており、サキ達に迫る勢いだ。
更に他のゲームヒロインであるリーゼとメアリーも、十分に戦力計算となるだろう。
ここまで戦力を集めたんだ。サキを拉致した敵の目的は未だに不明だが、多少のイレギュラーが起こってもサキさえ無事に救出できれば問題はあるまい。
このとき俺は気が急いており、あまり冷静な状態ではなかった。
「──リヴァイアサンってフレトのお伽話ではヤマタノオロチって言うんですよ。そして──」
……だからオトハちゃんの貴重な話なんて、何も聞こえていなかった。
「! あれは、何ッ!?」
クリスが突然叫ぶ。俺は急いで指差す先に目を凝らす。巨大な暗雲の先に、遠目でも分かるほど巨大な何かが蠢いていた。
「急ぐぞッ!!」
俺は魔力を更に注ぎ込み、速度を上げる。
「あれは……サキッ!!」
遠目だが間違いない。白い見慣れぬ服を着させられているが、あれは間違いなくサキだ。
そして俺は目撃してしまう。
サキの眼前には、巨大な大蛇にも見える黒い巨竜が鎮座していた。
「──”海魔竜”……リヴァイアサンッ!!」
間に合え、間に合え!
そう念じながら俺達はサキに接近していく。だが無情にも、その距離は遠く果てなく。
「────」
サキがこちらをちらりと見て何かを呟いた。
「サキィィィィッッ!!」
そしてその刹那、サキの身はリヴァイアサンの巨大な顎門の中へと消えて行ってしまったのであった。




