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虜囚

今回はサキ視点からスタートです。

「──ん……ここは?」


 私が目を覚ました場所は、石畳が敷き詰められた薄暗い部屋の中だった。


 身体は固く拘束され、満足に動かせるのは頭部だけだ。


 苦労しながら周囲を眺めてみる。

 三面は石壁で覆われており、明り取りの窓には太い鉄格子が嵌っている。素手での脱出は難しそうだ。

 最後の1面は通路に面しているが、こちらも太い鉄格子が格子状に列んでおり、窓と同じく女性の腕力でなんとかなりそうもない。


 私はため息をついて、今度は魔術を発動させようと意識を集中させてみる。


「……やっぱりダメか」


 けれども魔力を集める都度、指に填められた呪いの道具の影響で、魔力が拡散する感じとなり、強力な魔法を使えそうもない。


 私は再びため息をついてしまう。 


「はぁ……やっと起きたのかい」


 通路から急に射し込んできた灯りに、私は咄嗟に目を細める。


 薄暗い通路に、フードを被った男が現れた。


 私はキッ、と相手を睨みつけ、折れそうになる自分を叱咤する。


「例えこんな辱めを受けたとしても、私は決してあなた方に屈しはしませんよ!」


 拘束された身ではあるが、私はご主人様の誇りある専属奴隷。決して他者に屈してなるものか。


「はぁ……辱めって何なのさ。大体、きみがあの場であんなに暴れなかったなら、ここまで雁字搦めにしてきみを拘束なんてしなかったと思うよ」


 顔だけ外に出た簀巻き状態の私を見て、フードの奥でため息をつく男。


「たまたま僕がその場に居たから、きみをほぼ無傷で無力化する事ができたけれども、もし僕があの場に居なかったなら、下手をすると彼らはきみの捕縛を諦められて、今頃力づくで無力化していたかもしれない。少しくらい僕に感謝しても良いんじゃないかなぁ」


 その男の言葉で私は転移直後の事を思い出した。


 転移させられた先は、敵陣のど真ん中であり、目の前に中年のおっさんがいたんだったっけ。


 何かごちゃごちゃと私に言っていたけれど、私は一刻も早くご主人様の下に帰るべく、慣れない動きにくいドレスを(ひるがえ)して懸命に戦ったのを覚えている。


 不意を打って、口上を述べていた中年の男を素手でボコり、そいつを人質にして4、5人の敵を倒した所までは良かったのだけれども、やはり魔法が上手く使えない状況だったため膠着状態に陥り……そしてこいつが現れたんだったっけ。


「──あなた、あの時私を気絶させた男ね! 最低! あなたみたいな人を最低男って言うんですよ! バーカ、バーカ!」


 私は思いつく罵声をバシバシと男に叩きつける。ちょっとすっきり。


「勘弁してくれよ。僕は今回は師匠に言われて観戦だけをしておく予定だったのに、無駄な仕事を増やしたのはきみの方じゃないか。

 ……頼むから予定と違う行動をあまりしないでくれよな」


 私はこの目の前の男がどうしても好きになれなかった。多分、髪の色が藍色だったのが大変良くない。


 あのご主人様にまとわりつく、クリス(羽虫)を思い出してしまったからかもしれない。


「まぁ、いいや。頼むからこれ以上は揉め事を起こさずに静かにしていてくれよな。予定通りに行かないと師匠が本当に機嫌悪くなるんだからさぁ」


「あなたの予定なんて、私は知ったこっちゃありませんね!」


「──まぁ、どちらにしろきみは”竜の巫女”だからね。好むと好まざるとにかかわらず、きっとあれに見いだされてしまうはずさ」


「?」


 目の前の気に入らない男が私には良くわからない事を言っている。


「あと、きみのご主人様が今暴れまわっていて、ツクグの拠点をどんどん潰しているみたいだけど、流石にここには辿り着けないと思うよ。

 ……以前に女官がこっそりと調べたらしいけど、きみには奴隷の証たる奴隷紋がないんだってね。皮肉な話だけれど、奴隷の逃亡を阻止する奴隷紋がもしもきみの身に施されていたのならば、こんなに上手くきみを拉致できなかっただろうにねぇ。

 きみの主人の優しさが、裏目に出ちゃった感じなのかなぁ?」


 この目の前のフード男がご主人様を語るのが、大変に不快だった。


「……知ったふうな事を言わないでください。私とご主人様の間には、愛という確かな絆があります。だから絶対にご主人様は私のところまで来てくれますよ!」


 こいつは私の心の中に持っている、死の閻魔帳に記載確定だ。絶対にいつか、ぶっ殺してやる。


「奴隷紋という魔術的な繋がりがないのに絆?何を言っているのさ、きみは。

 愛なんてそんな抽象的な絆で、何とかなるもんじゃないよ」


「愛の力を信じないあなたには……無理な話でしょうね」


「はぁぁぁ……。フレトの言葉で言う禅問答ってヤツかい?……まぁ、いいや。しばらく暴れないでいてくれよ」


 そう言ってフードの男は去っていった。


「ご主人様……。私の愛を感じてください」


 私は目を瞑って星に祈った。簀巻き状態のままなんでこのあとトイレどうしよう、とちょっと考えてしまったのは内緒だ。


─────


「くそ! 一体ツクグの野郎は、サキをどこに連れて行きやがったんだ!」


 俺は今潰したばかりのツクグ派の拠点を横目に眺めながら嘆息する。


 完全に油断していた。


 サキは本当に強い娘だ。心も身体も。

 でもやはり、無敵ってわけじゃない。

 俺はサキが死亡フラグだからという名目で、少し距離を取りすぎていたのかもしれない。


 せめてゲームどおりに奴隷紋の一つでもサキに刻んでおけば……後悔だけが浮かんでくる。


「アルベルト!サキは見つかったかしら!?」


 フェリシアが合流してくる。


「いや、空振りだった!そっちはどうだった?」


 苦い顔で首を振るフェリシア。それだけで答えがわかってしまった。


「マフィアの人海戦術に期待していたんだが、ダメだったか……」


「おーい、アルくーん!」


 この声はクリスか。


「クリス、そっちはどうだった?」


「手がかりなしだったよ。──ただ、このタイミングで魔獣達が何物かに怯えているように、急に暴れ初めているみたい。関連があるか分からないけど一応伝えておくね」


「サンキュー、クリス」


 おそらく何かしらの関係は、多分ある。一体ツクグの奴はサキを拉致して何をするつもりなんだ?


「ウィンディさん、あなたは一体何をしているのですか?」


 遠くでリーゼが不思議そうにウィンディに問うている。


 さっきからウィンディの様子がちょっとおかしい。


 安楽椅子探偵のような姿をとって、大きなサイズの虫眼鏡を持って、キョロキョロとしていたからだ。


「どうした、ウィンディ。退屈になったから新しい遊びを始めたのか?」


 俺はちょっとした気分転換にウィンディへと話しかける。煮詰まった頭を解すためにも意識してリラックスする事は重要だ。


「ぶぅぅぅぅ〜ちがわいッ! どうもずっと気になっておった事があってのぉ。なんじゃか時々うっすらと朱い線が見えて……なにか強力な呪詛で隠蔽されておる感じでのぉ〜」


 そう言ってまたブツブツ呟くウィンディ。


 どうやら時々見えるという呪いの線が気になってしょうが無いみたいだな。


「だったら俺が何とかしてやる。ちょっと精霊眼を貸してくれ」


「了解じゃ」


 俺は使い魔のウィンディと視界を共有する。俺の脳にズキリと痛みが走った後、それ(・・)が見えてきた。

 そこにある事が分かっていてもほとんど線が見えない。強力な隠蔽術式だ。


 だが問題はない。たとえ微かでも、見えてさえいれば、俺の魔術で確実に見えるようにできる。


「”完全解呪”!! ……さぁ、隠されていた存在よ。俺にその姿をさら……んゲッ!」


「な、何じゃ、これは!?」


 強力な隠蔽の術式の奥深くには、彼方より伸びている蜘蛛の糸のような朱色の糸が、びっしりと隠されていた。


 そしてその怨念のような朱色の糸が指し示す先は。


 ぐるぐると俺の身体へと巻き付いているのだった。


「アルベルト? 一体何が見えているのよ?」


 困惑気味にフェリシアが俺に質問してくる。クリスも良く分かってなさそうだ。


 どうやら、この朱い糸。俺とウィンディにしか見えていないようだ。



「こ、これは一体……ん、微かにだが、この糸からサキの魔力の気配があるぞ!?」


「え! サキの気配!?」


 俺とフェリシアは互いに顔を見合わせる。


 サキの魔力の気配がする糸。

 おそらく、サキが何かしらの手段で俺と連絡を取ろうと考え、このような方法をとったのではなかろうか。


 他に頼るべき(よすが)はないんだ。だったら一か八か、これに賭けてみる価値は十分にある。


「なぁ、アルベルトくん。狸親子とオトハちゃんどうするん?」


 メアリーが俺に3人の扱いについて聞いてくる。本音を言えば3人は置いていきたいのだが、もしもツクグ派に攫われたら面倒だ。申し訳ないが一緒に行ってもらうことにした。


 方針は決まった。一つ頷くと俺達全員はサキを救出するべく、先が見えぬその糸のもう片方の終端へと急ぐのであった。

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